#5 朱莉
テストの後は、すぐに下校となった。大半の生徒は部活動に所属しているので、おのおの部室に向かっていたが、大半ではない朱莉には関係のない話だった。それは蓮灘薫と、転校してきたばかりの木村美羽にも言えることで、朱莉が薫の友人で、薫の監視に美羽がついたとなれば、必然的に帰り道は三人一緒になる。
一人だけ自転車所有の朱莉は、自転車を押しながら歩き、残る二人は並んで前を歩く。これは三人並ぶと通りすがりざまに通行人の方々の邪魔になるから、という理由だった。
「監視って、学校だけ?」
「さぁね。必要なら外出中もするかも」
どうやら美羽は、事実上ストーキングをするらしい。所詮他人事なので、特に深い感情は湧かないが、可哀想に、と少しだけ同情してみる。
「ふーん。まぁいいや……あとさ、前に委員会のヤツらが来た時思ったんだけどさ、全員スーツってなくない? あれじゃ目立って仕方ないと思うんだよね」
「それはホラ、情報員はファッションセンスが無くて自覚のある人が多いから、無難に済ませようとするんでしょう」
朱莉は、二人の会話を盗み聞きしつつ、それぞれ二人の表情を伺っていた。
「無難じゃないと思うけどね、アレ。ま、言っても聞かないだろうけど」
「そんなことないわよ。貴重な委員会の外の人の意見だもの。言うだけ言ってみるわ」
「どうだか」
薫は、いつもの不貞腐れたような、ぶすっとした表情だった。大して美羽は薄機嫌の良さそうな表情をしている。二人の違いは、薫は話の内容に応じて、少ないながらも表情に変化があるのに対し、美羽のそれは、変化は大きいが、それは無機的な点だろう。まるで聞いたり、発した言葉に対して、論理的に応じているだけのように……。
「どうかしたの?」
ふと視線が合って、朱莉はギクっとする。まるでこちらの真意を読み透かしているように思えたのだ。
「あ、いや、なんでも……」
「なんでもないの? さっきから、ずっと私のこと見てるじゃない」
表情は笑顔を保っているし、口調も柔らかなのに、なぜか責められている気分になる。美羽の言葉や表情の仮面から、僅かな毒が染み出しているように感じられて……。
「いや、ごめんなさい。その……」
ん? と小首を傾げる仕草すら、こちらの真意を引き出そうと、誘引しようとしている気がした。
「いや、その……なんで木村さんって、そんなに……怖いの?」
「はぁ?」
当然、美羽は当惑を示した。その仕草は、今までの物とは少し違うものに見えた。美羽の隣の薫が、怪訝そうに朱莉の様子を伺っている。
「いや、その……ずっと笑ってるしさ……」
「え、そう? うん。自覚はなかったけど、そうなのかもね。でも、なんで笑ってるのが怖いの? 私は蓮灘さんと話してて、私が言うことに対する反応が、大体予想のとおりだから愉しかった、ってだけなんだけど」
「本人の前で、そういう失礼なこと言わないでくれる?」
単細胞って言われてるみたいじゃないか、と薫が反論した。
「そうだなぁ……あの、ピエロみたいに見えて、怖かったのかも……」
子供の頃、遊園地で風船を配っていたピエロを見て、言い知れない恐怖感を抱いたのを思い出す。考えてみると、あの感覚に近かったのかもしれない。
「なるほどね。それだと仕方がないわよね。人の態度を見て抱く感想なんて、人それぞれで違うものだし」
許してもらえて、朱莉は安心する。下手に嘘をつかずに正直に言っておいて良かった。
「いや、鳩間さん。コレが相手なら、あながち間違った感想じゃないと思うよ」
「いいとこなんだから、あなたは黙ってなさいよ」
睨み合いながら、薫と美羽は互いに毒を吐く。どうやらこの二人の相性は、あまり良くないらしい。
「あ、そうだ」
何か思いついたらしく、唐突に朱莉の表情が変わる。
「ねぇ、鳩間さん。下の名前なんて言うの?」
「え? 朱莉だけど?」
「じゃあ朱莉って呼んでもいいかしら? っていうか呼んじゃうね!」
美羽の態度が豹変する。黙って見ていた薫が、堪りかねて呟く。
「なんで突然、馴れ馴れしくなるのよ」
「なんか一々突っ掛かってくるわね。いいじゃない。あなたにとっては他人事でしょう?」
二人の視線が交錯する。突然に空気が緊張して、朱莉はドギマギしたが、少しすると、薫のほうから自然に視線を外して、一人だけ曲がり角で進行方向を変える。
「あれ、どうしたの?」
朱莉は、薫とたまに一緒に帰路につく事があるが、こんな所で方向を変えた事はない。前例のない予想外の展開にうろたえる。
「別に。ちょっと用があるってだけ」
どうやら、機嫌が悪いようだ。確かな事は言えないが、美羽のことが気に入らないのかもしれない。
「あらそ。じゃあ行こう朱莉」
踊るような軽快さで背後に回りこんだ美羽が、朱莉の背中をプッシュする。曲がり角を進んで行く背中は振り返らない。
「え、あ、また明日ね、蓮灘さん!」
美羽に押されて曲がり角を通り過ぎながら、ひらひらと彼女の手が揺れたのを、朱莉は視界の後ろの方で収めた。




