#4 薫
薫の昼寝という名の一時的現実逃避は、二人がここで食べると言い出したので終わりを告げた。他の教室に移動しても良かったが、転校生の木村美羽が黙っていないと予想されるので、諦めた。二人は簡単に自己紹介を済ませた。美羽は既に朱莉の事は知っていたようで、自分が裁定委員会の情報員である事を早々に明かした。おそらく、裁定委員会の情報員――糸島周五郎あたりから、名前を聞かされていたのだろう。
「じゃあ、木村さんに、あんまり人が寄ってこなかったのも、追求者の人たちの……解創の影響なの?」
朱莉が、黄緑色のプラスティックの箸で、器用にプチトマトを摘んだ。
「ええ。解創っていうのは、簡潔にいうと『自分の願いを現実に叶える』技術なんだけど、この現実が自分でなく他人だった場合、極端に難度は上がる……いや、影響力が下がるの」
「どうして?」
「解創はあくまで現実を変化させるもの。けれど他人は、無機なものじゃない。彼ら自身も個人個人で願いを持ってる。彼らの願いに沿うような解創を使うのなら効きやすいけど、沿わない解創であれば、彼らの願いにかき消されてしまうの」
「つまり人間を対象にした解創が為された場合、基本的に、外から来る他人の願いよりも、内側から湧いて来る本人の願いの方が優先されるってことなの?」
「ええ。より対象となる人間の……魂とでも呼ぶべき物に近いのは、その本人だからね。まぁ、全く効かないというワケでもないけど、多少の影響を与えるだけに留まるわ」
実に単純明快な話だ。朱莉がいると、分かりやすく言い直してくれるので退屈しない……ふと、どこぞの追求者を思い出して、舌打ちしたくなる。アイツの話は朱莉も解釈に時間が掛かるので、つまらないったら、ありゃしない。
「これは角川さんから聞いた話なんだけど……あ、角川さんっていうのは、蓮灘さんと知り合いの追求者の人なんだけど……」
どこぞの追求者の名前が出てきた。
「ええ。知ってるわ。で、なに?」
「追求者の人たちって、自分自身に解創が宿らないように、道具を依り代にするんだよね? だったら、木村さんが人払いに使ってる道具は何なの?」
「ああ。……まぁ、私の場合は正確に言うと『視線避け』なんだけど」
言って、美羽は自分が掛けている眼鏡を指差した。
「眼鏡? それって、見え易くするための道具でしょ?」
さっきの話と違うじゃん、という思いが、言外に込められていた。
「追求者の目的は自由の追求。道具を依り代とするのは、さっき鳩間さんが言ったとおり、自分自身に解創を宿さないようにという、あくまで消極的な理由なの。つまり万人に使えるような道具にする理由はなく、自分の解創が宿りさえすればいい。似たような願いでも、その細部は……個人個人の主観、昇華される形で変わってくる。そして願いの形は、そのまま道具の形に直結する。つまり『火を点ける』解創を、杖で作る追求者もいれば、油で作る追求者もいるということよ。私の場合、眼鏡は視線を避けるとか、変装とか、そういう印象があるから、眼鏡を『人払い』に使ってる」
「ふーん。なんか、そういうトコはアバウトなんだね」
ふと、薫は思い出す。それは以前対峙した、野崎洋子という三流の追求者のことだった。
彼女は幽体離脱の亜種『身体の力を及ぼす』という解創を使っていた。純粋な腕力や脚力といったもので人を打撃するだけでなく、声帯の振動など、繊細な力も精度の高い技術であった。
だが、あれを使うときに、彼女が何か道具を使っていた覚えがない――。
「どうかしたの?」
平静に美羽が言った。自分の事かと思って顔を上げたが、話しかけているのは朱莉だった。朱莉は、不思議そうな顔をしていた。
「あ……いやね、裁定委員会とか、追求者って人って、もっと堅い人なのかと思ってたから、色々教えてくれたのが、少し意外だなって……」
そうね、と美羽は首肯する。
「確かに、そういう追求者はいるわ。秘密主義的な人たち。でも追求者の絶対的人数……裁定委員会が把握できる人数が減少しつつある今、解創に興味を持ってくれる若者の存在は欠かせないのよ」
だったら、解創の概念を一般に広めてしまえばいいじゃないか――と薫は一瞬思うが、首を横に振る。彼らが欲している人間は、追求者という狭い社会に適合できる人間であって、解創という技術を奪っていく人間ではないのだ。
「それに、あなたが解創を知ろうと思った切っ掛けって、ご友人の事を知りたいから、なんでしょう?」
「えっ……うん。誰かから聞いたの?」
「ええ。一応周辺人物は、ざっと洗ったわ。……しかし、そういう理由で解創を知ろうとする人って珍しいわ。追求者や解創を知ろうとする人って、力としての解創を追求する俗物的なタイプか、作り手と使い手……解創を作る事に自由があるとか、解創を使うことに自由が有るとか、そういう原初的な追求者本来の目的を持ってるタイプに大別されるから。貴女みたいに、他人のためって人、初めて見たわ」
美羽の声にはイヤミなど微塵にも含まれておらず、素直な感嘆の色だけが含まれていた。
「いや、そんな立派なものじゃないって。私がただ知りたいと思ってるだけで……」
「それって、彼女の事を想ってるからできることでしょう?」
む、と朱莉が口ごもる。確かに彼女場合、解創そのものに興味は無く、友人が通ってきた道を知りたいという動機だから、力を求めているわけでも、自由を求めているわけでもない。見失っていた友人の足跡を知りたいのだから。
「美しいわ……女の子同士の友情って……私も混ぜてほしいくらい」
うっとりとした視線で、美羽は丹念に朱莉の全身を嘗め回す……見ているだけの薫ですら、ぞっとした。
「アンタ……同性愛者なの?」
堪りかねて、薫は嘯いた。
「あら? 同性同士でしか愛を育めないなんて、それこそ不自由でしょう。性別の制限なんて、それこそ自由を阻害する壁でしかないわ」
両刀かよ。薫は呆れた。けど ふざけてるようにも見えないから性質が悪い。
「その……追求者って、意外とリベラルなんだね……?」
朱莉が、なんだかズレているようで確信をつく一言を言う。しかし何故か疑問系。
「意外も何も、追求者って、そういう生き物よ。追求者でありながら、自由に至る手段を束縛するなんて、そんなの、ただの自虐趣味人じゃない」
話題はそれで尽きた。話ばっかりしていて、遅々として進まない昼食に、流石に二人とも痺れを切らしたのだろう。黙々と食べる姿は真剣そのもので、なんとなく怖かった。どれだけ腹が減ってるんだお前ら、と少し突っ込みたくなる。
「とりあえず、期間限定になるかどうかも分からないけど、よろしくね、お二人さん」
食べ終わった美羽が、弁当箱を鞄にしまって席を立つ。
「期間限定って、どういうことよ?」
朗報かもしれない、と薫は身を乗り出す。
「そのままの意味よ。蓮灘薫、貴女がヘンに目立たなくなってくれること、私、切に願ってるから」
つまり薫によって集ってくる奴らがいなくなれば、消えてくれるということらしい。
無理でしょ、それ。朱莉が去っていく人影に手を振るのを横目に見ながら、薫はため息をついた。




