#3 薫
始業式の後に掃除、その後に休み明けテストという内容は、あまりにも鬼畜じゃないか、と薫は嘆いていた。ちなみに正確にはテストではなく模試である。掃除が終わった時点で二限終了くらいの時間だったので、三、四限目が、それぞれ国語、数学の二つの模試だった。残る英語は昼休み明けに行われる。
全国共通模試は、民間の会社が作成したものだ。ちなみにこの年の七月ごろ、その会社から個人情報が流出していたという大事件が発覚するのだが、それはまた未来の、別の話である。
ちなみに、転校生の木村美羽だが、かなり希少な『転校生』というイベントなのに、不思議と話題は盛り上がらなかった。勿論イベント好きな生徒が何人か、彼女の席の周りに集っていたりはしたが、薫が予想していたほどではなかった。
昼休み、薫は現実逃避気味に特別教室に逃げていたら、五分もしないうちに扉が開いて、逃げたい現実がやってきた。
「蓮灘薫さんよね?」
事務的な口調の声がした。扉の方を見ると、そこに立っているのはポニーテールの女子生徒だった。
「違います」
半ば自棄になって、そんな不毛な事を言ってみる。
「なんでもいいけど、人目につかないところに逃げ込むのは止めてくれないかしら? 頭隠して尻隠さずならまだマシだけど、あなたの図体の場合、頭も隠しきれてないのよ。目立って仕方がないわ」
なんだか失礼な事を言ってくる転校生から、薫は視線を逸らす。それに、目立っているように思えるのは、私の事を見てるからだ。意識しなけりゃ目立たない――と毒づきたいが、やめておく。代わりに、別の方向で攻める。
「アンタは何? 私の保護者なの? 個人を拘束する力でも有るっての?」
「じゃあ貴女は、みだりやたらに暴れ回って、器物を破損する権利を持ってるの?」
そう言われると、ぐうの音も出ない。どうやら裁定委員会は、冬の一件で学習したようだ。商店街の一部を破壊……あんなことしておいて、なにも無い方がおかしい。
「裁定委員会の威光ってワケね」
夢想にサヨナラするように、薫は机製の即席ベッドから起き上がる。
「楽観的に見てくれない? 集ってくる虫を、あなたが暴れ回わずとも、ボランティアで私が払ってあげるってことなんだから」
開けっ放しの引き戸に凭れ掛かる女の髪が、同じように枝垂れる。美しい艶を備える髪を見て、薫が抱いた感想は『磨いたチョコみたい』だった。常人とは明らかに感想が違い過ぎるのは自覚しているが、それ以外の何にも見えない。たぶん自覚は無いけど、腹が減っているんだろう。昼食は、さっき食べたばっかりだけど。
「あんた、裁定員なの?」
「残念。ただの情報員よ。ドンパチは基本的に専門外」
頼りない。薫はため息をついた。
裁定委員会という組織は、有志の追求者の資金援助によって運営される自衛組織である。会社で言うところの株主総会的な会議があり、それで人事や大きな案件の対応、処置方法が決まる。
裁定委員会には、情報部と実働部、そして派遣部の三つが存在する。
情報部は三つの部の中で一番人員が多く、解創の関わる問題が起こっていないか調査したり、またそのような話を聞いたら現地に赴き調査を行う。
実働部は情報部の情報を元に、裁定が必要な追求者、及び解創者に対応する。
情報部の人間は情報員と呼ばれるが、実働部の人間は実動員ではなく『裁定員』と呼称される。
派遣部は情報部、また実働部の人員が足りないときに、要請を受けて人員を派遣する部門で、普通は単に『派遣』と言われるが、裁定員の代理を勤める際は『派遣代理人』と言われることもある。
まず情報員による探りを入れてから、裁定員による実力行使が行われる。この流れから分かるとおり、会議で特別な処置が決定されない限り、普通は最初、事態を把握するために情報員が来るのだ。情報員は、裁定員のような追求者と戦う為の力を持たないのが普通だ。ゆえに、不慮の事態への対応は遅れやすい傾向にある。
「じゃあ、どうやって追っ払うのよ」
情報員である美羽は、戦闘ができないではないか――と薫は問いを投げる。
「交渉と恐喝で。あなたみたいな特殊な人間に接触しようとする追求者は、大体裁定委員会との繋がりは、ほとんど無い人間ばっかりだからね」
追求者の主目的が自由の追求だとするのなら、裁定委員会と無駄な関わり合いは時間の無駄なので、避けたいはず――それが美羽の――否、裁定委員会の意図するところである。
「あー、ここにいた」
声がして、思わず薫と美羽は振り返る。そこにはクラスメイトの鳩間朱莉が立っていた。入り口に立っている美羽越しに、選択教室の中にいる薫の事を覗いてくる。
「なに? なんか用?」
「いや、昼ごはん一緒に食べようと思って……」
朱莉は、鞄から包みに入った小さな二段弁当を取り出す。
「え、わたし食べた」
「えー、もう食べたの? 早いよー」
文句を言われても仕方が無い。ちなみに今日はコンビニで買ったカレーパンだった。
「あら? じゃあ私と食べる?」
いつからか足元においていた鞄から、転校生は似たり寄ったりな弁当箱を取り出した。




