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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
$2$ 気高き一人
38/113

#18 朱莉

 昨日の夜中から消防車のサイレンが鳴りっぱなしで、何事かと思っていたら、近くの商店街で、大規模な火災が起きていた。どうやら、ガソリンスタンドに向かう途中だったタンクローリーが、運転を誤って商店街に突っ込み、可燃性の液体に引火し、炎上したらしい。

 被害は測り知れなかったが、不幸中の幸いにも、死人は出なかった。その代償として、商店街の四割が火の海となり、跡形も無く焼き払われたのだそうだ。

 もしかしたら――と朱莉が角川祐輔の元に行って火事のことを話すと、彼は、十中八九、裁定委員会の仕業だろう、と答えた。

 鈴切桐高と蓮灘薫が関係していたという。彼らは対決の末、商店街の一部を破壊した。裁定委員会は、彼ら二人が関わっていた証拠が残るのを防ぐため、事故に見せかけて焼き払ったのだとか。

 いまもマンションの窓から商店街の方向を見ると、今でも煙が上がっている。消火活動は夜通し行わたが、それでは消しきれなかったのだろう。

「ひどいことするんですね……裁定委員会って」

 一部始終を聞いて、朱莉はポツリと呟いた。特に消防士の皆さんは大変だ。金曜の夜から駆り出され、休みの土曜日の昼間まで仕事詰め……少しばかり同情する。

「問題があるとすれば、委員会の組織体系さ。追求者の『派閥』からの資金によって活動している。逆を返せば、金を出してる追求者たちにとって都合のいいように動く……あれじゃ一部の追求者の傀儡だよ。委員会でもなんでもない。あれじゃあ株式会社と一緒さ。まぁ、今回の件の原因の半分は、戦う場所を選ばなかった二人にあるけど……いや、選んではいたか。だから世間的にも誤魔化せたし、人的被害も出ていない」

 不幸中の幸いは、裁定委員会が焼き払った場所では、だいたいの店が潰れた区域だったということだろう。直接的な被害を受けた商店は一つも無い。消防を動かすために、税金だけは無駄に消費されたが。

「……で、鈴切って人はどうなったんです?」

「鈴切桐高の捜索も、平行して夜通しで行われたらしいけど、裁定委員会は彼の足取りを掴めずじまいで、捜査を打ち切ったそうだ。野垂れ死んでいない限りは、どこかで生き延びてるだろうね」

「また来るでしょうか?」

「いや、たぶん彼の目的は薫くんだ。……もう来ないだろう」

 決め付けるような口調で言って、祐輔はソファに腰掛ける。

 薫と仲間になるのが目的だった。けれど拒絶され、戦って負けた。ならば来ない……一応、筋は通ってると思うので、朱莉は特に疑問には思わない。

「……なんだい? 話はもう終わりかい?」

 火事の話が終わってしまうと、もう朱莉に話の種は無い。沈黙してしまい、どことなく気まずい空気が流れ始めたので、朱莉は打破を試みる……そうだ、あの夜に抱いた感想――星空を見た時に抱いた寂寞――について、角川さんの意見を訊いてみよう、と思い立つ。

「あ……えっと、角川さんって星って好きですか?」

 唐突な話の転換に、祐輔は、きょとん、とした。

「なんだい? 突然。まぁ特に好きでも嫌いでもないが……そういう朱莉くんは? なにかあるから訊いてきたんだろう?」

 何もかもお見通しらしい。朱莉は正直に白状する事にする。

「どっちかっていうと、私はあんまり好きじゃないんです。……星空って綺麗なんですけど、どことなく寂しいんですよね……なんていうか、人みたいで」

「なるほど……星空が人のよう、か。なかなか達観しているね、朱莉くんは」

 褒められてうれしい……とは思えなかった。まるで裏があるように思えて。

「……どういう意味ですか?」

「地球から見れば、星空というのは美しいだろう。暗い夜空に密集した、無数に輝く光点の集まりは、それだけでロマンチックだ。しかしあれは、本当に密集しているわけではないんだ」

 ……密集、してない? どう見たって、あれは集まっているじゃないか。朱莉には祐輔の話は矛盾にしか聞こえない。

「そうですか? そりゃ、本来はもっと距離が離れていると思いますけど」

「朱莉くん、星と星の間隔というのは、どう測るのが正確だろう?」

 祐輔は、左右の手の人差し指を立てると、両肘を曲げて、身体の前に持ってくる。左右の間隔は、互いの人差し指はがくっつきそうなくらい、ほんの数センチしかない。

「朱莉君、地球から見る星空というのは、こういうものだと思うかい?」

「ええ、まぁ……」

 祐輔は、首を横に振る。それは否定を意味していた。

「違うんだ。僕らが見る空は、こうだ」

 言うと、祐輔は右腕だけの肘を伸ばした。

 真正面から見ると、その二つの左右の間隔は変わっていない。しかし実際は――腕の長さ分だけ間隔がある。

 朱莉は、すっかり失念していた。そう――奥行きという概念は、星空にだって適応されうるのだ。

「表面的に見れば、ごく近くにありそうなものでも……視点を変えれば、ホラ」

 祐輔が身体を横に向ける。互いの指の間隔は、先ほどまでとは、まるで違う。腕の長さ分の隔たりがどれ程のものかは、実に明確だった。

「だから僕は、朱莉くんの言うことは正しいと言ったんだ。人の社会だって、所詮、こんなものさ。違う点は一つ…この間隔が、測定不能ということだけさ」

 祐輔の笑いは、とても皮肉げだった。

「鈴切桐高の力も同じさ。この断絶を具現し、彼が人に抱いた感想を現実に具現した。ただそれだけのことだが、非常に強力であるのも事実でね……たぶん、薫くんはそこに憧れたんだろう。強力な力を持つ解創者というのは、その在り方からして普通の人間とは違う。言ってしまえば、一目で分かる存在なんだ。だからこそ彼は孤独だったんだろうけどね」

「孤独……ですか?」

 人の一人は、大きく三種類あると祐輔は前に言っていた。彼の見解では、鈴切桐高は周囲から浮いているわけでも、周囲に飲まれているわけでもなく、周囲に理解されずに寂しがっている存在らしい。だが、例外にも該当すると言っていなかっただろうか……?

「そう、孤独だ。彼は生まれた環境の特異性が原因で、物事を見る目……価値観が、他の、普通の人物と異なっていた。それが原因で彼は『断絶』の解創を為し、その力が余計に人との間に隔たりを作った。……それだけの話なんだが、薫くんは違った。彼女から見れば、鈴切桐高は憧れだったのさ。『蓮灘の記録』という他人に植え付けられた力に束縛されている自分と違い、真に一人になれる存在がね。解創を為したと言うことは、薫くんと違って、自分を分かっている、自分の願いを理解している、と言うことだからね」

 ああ、そういうことか、と朱莉は思った。鈴切桐高が該当する客観的な一人、それは他人からみた彼の姿――いや、その在り方なのだと。

「凛々しく美しい、他を寄せ付けない一人の在り方。自信と矜持に満ち、底知れぬ力を秘めた姿。鈴切桐高のような人間に、誰でも一度は憧れる。その力の大きさゆえに、頂に立つ王者の姿……立つしかない姿をね。それは主観的な独りではなく、客観的なものだ。その在り方をね……人は、孤高と言うんだ」

 青空の上へ、上へと上昇して行く飛行機雲を、祐輔は細い目で眺めていた。

2章はこれにて終了です。

来週からは第3章が始まります

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