#12 桐高
戦いが始まり数分、瞬く間に決着はついた。
「裁定委員会の裁定員、か、名前の割には口ほどにもないな」
裁定委員会の実動部。それは追求者か、追求者に対抗しうる知識や技量を積み重ねた人間が集められて構成されている、対追求者狩りのスペシャリスト集団は、追求者との戦に慣れている。
しかし解創者となると、そうはいかない。本来なら、そもそも気にする必要が無いのだ。解創者に理知的な願いはない。委員会にとって解創者が不都合なのは、暴走して、一般社会に解創を漏洩する可能性がある、という一点のみ。力を扱いこなす頭のある追求者と比べれば、解創者の相手など、赤子の手を捻るよりも容易い――筈だった。
一人が、何の挙動もなく桐高を八つ裂きにする筈だった。
一人が、瞬く間に接近し、人体には到底耐えられない衝撃を叩き込む筈だった。
一人が、六方からの桐高を焼失させる筈だった。
だが、その全てが届かない。
それは彼を前にすると、どんな願いとも比較にならない、遠く儚い夢でしかない。
黒く存在する、その空間。
黒いシルエットにしか見えないそれは、あまりに現実味が無さ過ぎる。光を全く反射しないから、立体視というものができない。近づいているのか、それとも大きくなっているのか、全く区別が付かない。
これが、鈴切桐高の解創――すなわち、彼の願い。人と桐高を隔てる断絶。
桐高は来た道を振り返る――地面が抉れ、木々が根から倒れていた。ここから下りるのは、少し難儀な話になりそうだ。別の道を探そう。
足元の人間が呻いた。桐高を呼び止めるにしてはか細い声量だった。辺りに散らばる、遺骸のような六つの身体を一瞥する。
ある者は木々の下敷きになったり、またある者は高所から落下してのびているが、致命傷には至っていない。殺してしまうと、更に裁定委員会を煽る結果になりかねない。それは桐高の望むところではない。
「……とにかく、さっさと用事を済ませよう」
相手の名前は分かっているとはいえ、顔や居所は判然としていない。裁定委員会から聞き出すつもりだったのだが……全員のびてしまってはどうにもならない。
となると……やはりあいつからの連絡を待つしかない。詳しい調査ができたら、随時連絡をくれるという話だった。
桐高も、あいつの手の上で踊らされている事は自覚していた。だが、それでも相手の誘いは魅力的だった。
独りでいることしかできない解創者。そんな桐高に与えられた賭博のような希望。それは、彼が一人でなくても良くなるための、唯一の手段だった。
森林の中に、突如として電子音が鳴り響く。
「……絶対、狙ってる」
寝転がっている人間のポケットから桐高が電話に出る。
『すずきりきりたかさん ですね』
機械的な音声がスピーカーから流れてくる。いつもの事だ。言いたいことだけ言って、こちらの質問には答えない。
『メールで送ります。蓮灘薫の顔写真を添付しましたので、ご参考までに』
こっちの都合などお構いなく、通話は切れる。それと同時にメールの着信があった。桐高は慣れない携帯に戸惑いながら操作して、メールに記載された住所を暗記し、写真を開く。
「コイツは……」
驚きで、さっき覚えた住所を忘れそうになる。
見たことのある顔が、画面には映っていたからだ。
長身で、一見すると男と見間違えそうな、あの女。
――まさかアイツが、蓮灘薫だったとは……。
なんで人が嫌いな自分が通りすがりの女と、下らない話をしたのか、少し気になっていたのだが……なるほど。あれは偶然というより、必然だったのだ。
――やっぱり、こいつは同族か。
彼女が自分に執着があるのは、話しているだけで手に取るように理解できた。顔も住所も分かった。なら――もう、迷っている時間は無い。
桐高は早足で、来た道を引き返していった。




