#9 糸島
歳をとるに連れて、朝起きるのが早くなるのは何故だろうか?
まだ目覚まし時計は鳴ってない。しかし一度目が覚めると、もう次に眠気がくるのは昼食が終わった午後一時。それまでどれだけ粘っても、二度目の安眠が来ないと知っているので、糸島はベッドを見限り、いつも通りの服装に着替える。
午前五時半――これでは、まだ朝食も出ない。仕方なく糸島は、退屈しのぎにホテルから出る。
コンビニエンスストアに入ると、スポーツ新聞とコーヒーを買ってすぐに出る。
朝も早いと、客足が乏しい。糸島には嫌いなものが二つある。それは胡散臭いものと面倒くさいものだ。後者にはコンビニやスーパーでレジに並ぶことが該当する。
缶コーヒーのプルタブを開けて、スポーツ新聞を眺める。自分の出身地の球団の戦績が気になるから購入したのだ。今時ネットやニュースでいくらでも確認できるが、それでも紙の媒体は糸島にとって馴染み深いものだった。だが、これが仕事に使うものとなると、話は変わってくる。
糸島周五郎は裁定委員会情報部に所属する人間であり、主に実地調査と連絡を担当している。
裁定委員会には追求者の人間や、過去にそうだった者も少なくない。糸島も元は追求者だった。だが自らの才能の無さを痛感して、せめてキャリアを活かせる仕事に就こうと思って、この仕事を始めた。就職難なのは一般社会だけではない。
そんな元追求者の糸島といえど、連絡手段はスマートフォンを用いていた。隠密製の高い連絡手段はいくらでも作成できるが、日常で使いやすく、さらに街中で持っていても不自然ではない物となると、やはり世間と同じものを使うのが、結局一番自然なのだ。
糸島のポケットの中で、件の情報端末が振動した。糸島はそれを取り出す。
年寄りだからといって、この手の機械の操作が苦手というのは偏見だ。五十を過ぎた糸島だが、こういう機械の扱いは慣れていた。作った側の人間の気持ちになれば、なんのことはない。万人に受けるように、分かりやすく作ろうとする。それを考えれば操作は容易い。
メールではなく、通話が来ていた。糸島は素早く画面を操作して応対する。
雑音が聞こえる。ビー、とか、ビビビとか、電気信号のようなノイズだ。
「どちらさんだ?」
『いとじま、しゅーごろーさんですね』
糸島の目が、点になる。
女の声。声は妙にはっきりしているが、しかし発音が滅茶苦茶だ。人間が直接喋っているにしては、どこか無機的。翻訳サイトの発音機能のような、入力した文字を機械に読ませている感じがある。
「おい、まずは名乗ったら……」
『あなたが、いま調査しているまちで すずきりきりたかを見つけました』
やはり録音か。こっちの問いを聞くつもりなど毛頭無いらしい。自分勝手なことだ。それに聞き取りにくい。こんな回りくどい事をするくらいなら、メールで送ってくればいいものを、一体何を考えている?
『こくどうぞいにある しぜんこうえんです』
ブツリ、と通話が切れる。
イタズラだろうか? いや、違う。糸島はカンで分かった。
部下の番号を呼び出す。数度のコール音の後に電話に出た。応対が早いのは教育が行き届いている証拠だ。
『どうしましたか?』
「国道沿いの公園に何人か向かわせろ。そこに鈴切桐高がいるかもしれない」
『分かりました。なにかあったんです?』
声色と曖昧な内容から、部下は異変を察知したらしい。否定しても話がスムーズになるわけではないので、糸島は正直に告白する。
「ああ。匿名のタレコミがな。罠かもしれんから注意させろ」
『分かりました』
通話が切れる。一分足らずの通話時間を表示する画面を見つめる。
罠だとして、鈴切桐高本人だという確証はない。鬼が出るか蛇が出るか。鈴切桐高だけなら、まだなんとでもなるが電話主本人の可能性だってある。
「……頼むから、両方いっぺんってのは止めてくれよ」
誰にともなく、糸島は懇願した。
糸島? 誰? と思った方へ。
1章から出ていますよ!
忘れないで!!




