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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
$2$ 気高き一人
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29/113

#9 糸島

 歳をとるに連れて、朝起きるのが早くなるのは何故だろうか?

 まだ目覚まし時計は鳴ってない。しかし一度目が覚めると、もう次に眠気がくるのは昼食が終わった午後一時。それまでどれだけ粘っても、二度目の安眠が来ないと知っているので、糸島はベッドを見限り、いつも通りの服装に着替える。

 午前五時半――これでは、まだ朝食も出ない。仕方なく糸島は、退屈しのぎにホテルから出る。

 コンビニエンスストアに入ると、スポーツ新聞とコーヒーを買ってすぐに出る。

 朝も早いと、客足が乏しい。糸島には嫌いなものが二つある。それは胡散臭いものと面倒くさいものだ。後者にはコンビニやスーパーでレジに並ぶことが該当する。

 缶コーヒーのプルタブを開けて、スポーツ新聞を眺める。自分の出身地の球団の戦績が気になるから購入したのだ。今時ネットやニュースでいくらでも確認できるが、それでも紙の媒体は糸島にとって馴染み深いものだった。だが、これが仕事に使うものとなると、話は変わってくる。

 糸島周五郎は裁定委員会情報部に所属する人間であり、主に実地調査と連絡を担当している。

 裁定委員会には追求者の人間や、過去にそうだった者も少なくない。糸島も元は追求者だった。だが自らの才能の無さを痛感して、せめてキャリアを活かせる仕事に就こうと思って、この仕事を始めた。就職難なのは一般社会だけではない。

 そんな元追求者の糸島といえど、連絡手段はスマートフォンを用いていた。隠密製の高い連絡手段はいくらでも作成できるが、日常で使いやすく、さらに街中で持っていても不自然ではない物となると、やはり世間と同じものを使うのが、結局一番自然なのだ。

 糸島のポケットの中で、(くだん)の情報端末が振動した。糸島はそれを取り出す。

 年寄りだからといって、この手の機械の操作が苦手というのは偏見だ。五十を過ぎた糸島だが、こういう機械の扱いは慣れていた。作った側の人間の気持ちになれば、なんのことはない。万人に受けるように、分かりやすく作ろうとする。それを考えれば操作は容易い。

 メールではなく、通話が来ていた。糸島は素早く画面を操作して応対する。

 雑音が聞こえる。ビー、とか、ビビビとか、電気信号のようなノイズだ。

「どちらさんだ?」

『いとじま、しゅーごろーさんですね』

 糸島の目が、点になる。

 女の声。声は妙にはっきりしているが、しかし発音が滅茶苦茶だ。人間が直接喋っているにしては、どこか無機的。翻訳サイトの発音機能のような、入力した文字を機械に読ませている感じがある。

「おい、まずは名乗ったら……」

『あなたが、いま調査しているまちで すずきりきりたかを見つけました』

 やはり録音か。こっちの問いを聞くつもりなど毛頭無いらしい。自分勝手なことだ。それに聞き取りにくい。こんな回りくどい事をするくらいなら、メールで送ってくればいいものを、一体何を考えている?

『こくどうぞいにある しぜんこうえんです』

 ブツリ、と通話が切れる。

 イタズラだろうか? いや、違う。糸島はカンで分かった。

 部下の番号を呼び出す。数度のコール音の後に電話に出た。応対が早いのは教育が行き届いている証拠だ。

『どうしましたか?』

「国道沿いの公園に何人か向かわせろ。そこに鈴切桐高がいるかもしれない」

『分かりました。なにかあったんです?』

 声色と曖昧な内容から、部下は異変を察知したらしい。否定しても話がスムーズになるわけではないので、糸島は正直に告白する。

「ああ。匿名のタレコミがな。罠かもしれんから注意させろ」

『分かりました』

 通話が切れる。一分足らずの通話時間を表示する画面を見つめる。

 罠だとして、鈴切桐高本人だという確証はない。鬼が出るか蛇が出るか。鈴切桐高だけなら、まだなんとでもなるが電話主本人の可能性だってある。

「……頼むから、両方いっぺんってのは止めてくれよ」

 誰にともなく、糸島は懇願した。


糸島? 誰? と思った方へ。


1章から出ていますよ!

忘れないで!!

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