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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
$2$ 気高き一人
25/113

#5 朱莉

 県営ヒルズマンションの805号室。そこは追求者、角川祐輔の根城である。

 祐輔は百九十を越える背丈のわりに身体つきは細く、木偶人形という言葉がしっくり来る男だった。

 そんな場所に、二人の女子高生の来客があった。

 一人は蓮灘薫。百八十を超える高身長と、がっしりとした体格は、並みの女子高生とは比較にならない。

 もう一人は鳩間朱莉。こちらは茶髪のショートカットの、いたって普通の女子高校生、小柄ではないが、薫の隣に座ると小さく見えてしまう。

 恐ろしく場違いな感じが朱莉にはあった。何故なら祐輔も薫も、身長とか体格以前に、普通の人間ではないからだ。しかし彼女には、やらなければいけないことがある。そこで朱莉は祐輔にお願いして、追求者や解創というものを勉強するため、最近、よくここに来ているのだった。

「裁定委員会から風変わりな依頼が来たから、君の耳にも入れておいておこうと思ってね、薫くん」

「いらない気遣いをどうも」

 最初は戸惑ったものだが、朱莉もだんだん二人のやり取りには慣れてきた。祐輔が話しかけ、薫がぶっきらぼうな返答をする。年齢は倍近く離れているというのに、薫は祐輔に敬語を使ったりはせず、対等に話し合う。まるで兄弟みたいだ。

鈴切(すずきり)桐高(きりたか)。知ってるかな? いや、知らないよね。年は十五、六ってことだから、君たちと一緒。彼は解創者(かいそうしゃ)だ。委員会からのご指示は、その鈴切の捕縛ないし殺害、だそうだ。余裕が無いね、委員会も。写真と経歴はこの中だ」

 言って、祐輔は薫にファイルを手渡す。隣の朱莉は、薫が見始めた資料を横から覗き見る。

 小さな村で生まれ、現地の小学校に通っていたが、とある事件がきっかけで村を出る。それ以降は母親と二人暮らし。中学校三年の頃に母親が失踪。それ以来、桐高も不登校になる。高校には通っていない。彼も母親が失踪してからすぐに家を出て、現在の住所は不明。

「つまり独り身ってわけか。……父親とか親戚は? 普通、血縁ある人が育てるもんだと思うけど」

 さっきまで乗り気ではなかったのに、妙に薫が饒舌(じょうぜつ)になっている。朱莉は違和感を抱いた。別に愉快な内容とは思えない。

「……それが、よく分からないらしいんだ。その資料は、鈴切桐高と中学校が同じだったという高校生から聞き出した断片的な情報を、情報部の人間が繋ぎ合わせて作ったものでね。父親も行方知れずさ。分かるのは、最後に施設かなんかに入れられる前に、彼も失踪ってことくらい。逃げたんだろうね」

 朱莉には理解できない。いや、両親ともに健在の朱莉に、そもそも両親がいない人間の心境を理解するなど無理な話だ。……それでも想像だけはしてみたが、失踪する意図は不明だった。

「なんで逃げたんでしょうね……」

 朱莉は無自覚に呟いていた。それに深い意味はない。単に、理解できないからそう言ったまでだ。

「逃げない理由もないでしょ。それだけのこと」

 返ってこないはずの返答は、ぶっきらぼうな口調の薫のものだった。だが素っ気ないだけではなく、何故か高揚のような色が見え隠れしている。それが何かは理解できないので、朱莉は考えないように努め、とりあえず返答に対して反論する。

「逃げない理由も無いって……逃げる理由も無いじゃない」

 すると薫は、なぜか含みのある笑いを浮かべた。

「この男に、そもそも集団に入る理由がないんでしょ。だから、母親の失踪を機に一人になって、社会から離れた。それだけのこと……解創者なのが、それを証明してる」

 言いながら、薫は更に資料に読み耽る。なんだか新しい玩具(おもちゃ)を与えられた子供のような、純真無垢な瞳だった。

 こんな蓮灘さんは初めて見る――あまり話はしないとはいえ、彼女の性格は把握しているつもりだ。この反応を見るに、よほど薫は、この話に興味があるのだろう。しかし、証明が解創者である、とはどういう意味だろう? そもそも解創者とはなんだ? ――朱莉の中で、考えがぐるぐると回る。

「社会から離れた、ね。それは違うよ薫くん。いくら独り身とはいえ、社会と全く関わっていないなんて有り得ない」

 顔をしかめて不快を露にしている薫のことなど、微塵にも気にした様子なく、祐輔は語りは説明口調になる。

「一人の状態ってのは普通に生活してても、あるもんさ。一人というのは、孤独、孤立、疎外、大きく、この三つに分けられる。

 孤独とは、すなわち主観的な一人。自分は理解されてないんだって実感する事さ。たとえ客観的に見て人と関わってても、一人と感じ、寂寞を抱けばそれは孤独だ。

 次いで孤立と疎外だが……孤立は『周囲から浮いた』一人で、疎外は『周囲に飲まれた』一人だ。孤立の場合はすぐに一人になってると理解できるが、疎外の場合は自覚したときには時既に遅しさ。強いて例えるなら、孤立は雑踏の中のピエロや貧民、目立ったり邪魔になったりして避けられる。疎外は雑踏を構成する一人。周囲の活動に飲まれて、どこまでが自分なのか分らなくなってる状態だ。分かりにくいのは疎外だね。

 仕事、労働の結果が直接ではなく間接的に返ってくる……『風が吹けば桶屋が儲かる』みたいな紆余曲折を経て現れたり、知っていたと思ってた人物の意外な一面を知ったり……ようは『自分の理解していると思っていた事柄が、突然自分の知らない一面で自分を否定する』ことで感じる一人、これが疎外だ」

 長々とした説明の中で、薫は資料をファイルに戻してソファから立ち上がり、祐輔に背を向けていた。

「……能書きはいいよ。聞いてても全然わかんないから。コイツがいそうな場所の見当なら付いてるし、物は試しでほっつき歩いてみる」

 早速、孤独を味わっている祐輔を尻目に薫は玄関へと向かう。

「……まったく、犬かなにかなのかな、薫くんは。そんなんで見つかるわけないだろうに」

 薫の正体不明の第六感に、呆れ果てる祐輔。

「いや、顔だけなら一回、見たことがある」

 朱莉は大袈裟に、祐輔は僅かに、それぞれ目を見張った。

「……そいつはびっくりだ。どこで?」

「教えない。これは私の勝手な意見なんだけど、似たもの同士だから考えが一緒なんじゃないかな。だから余計な手出しが入ると釣れなくなるってのも、なんとなく分かる。だから邪魔しないで。じゃ」

 他の二人が戸惑うのも気にせず、薫は祐輔の部屋から立ち去った。

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