5 暗闇にアストロ灯 OFF
――鐘の音がする。また火事が起こったのだろう。
開国とともにいろいろな技術が入ってきたにもかかわらず、いつまでたっても火事はなくならない。
私は新江戸の町が好きだけれども、あの鐘の音だけはどうにも好きになれそうにないなと思う。
ぎゅっと布団を掴んで深くもぐりこむとお日様の匂いがした。そういえば、不動さんも同じ匂いがするなぁと思い出したら、ゆっくりと眠りに落ちていった。
村の火事の原因は、寝タバコだったといわれている。二軒先の火の不始末から、枕元にあった着物に火が燃え移り、長屋全体が火に包まれた。貧しい村では瓦を葺くことができないから、わらぶきの屋根に木材建築。それが余計に被害を大きくしたのかもしれない。
さらに、丁度乾燥した冬の日だったこと、そして風が強かったことが災いした。あっという間に家から家へ火は飛び移り、村全体を巻き込んだ大火事となった。
運が悪かった。そんな一言で片付けられるほど簡単ではない。
最初は何が起こったのか、事実を受け入れることが出来なかったと思う。勿論人道的な処置としてすぐに炊き出し所が建てられ、配給が始まったが、これから生きていくためには今後のことを考えていかねばならなかった。
もともと特に特産品があるわけでもない村だ。強いて言えば細々と薬草を育てていたくらい。生き残った人は食べていくために新江戸へ出て行く。
一人、また一人。
けれども、淡々と死んだ人の墓を作ってくれた人がいた。
「不動さん。お墓を作ってくれるのは嬉しいけれど、戻らなくていいの?」
それに、作ってもらったところで労力に見合うだけの御礼なんて出来ないのに。穴を掘って、一人ずつ埋めてはその上に手作りの墓石をのせていく。
「この仏さんの名前は?」
私が答えると慣れた手つきで名前を彫ってくれた。一応形ばかりの墓が出来たところで手を合わし……天国へいけるよう祈る。
「俺もたまには善行つんどかね―と、雷様にへそとられるし!」
なんでここまでしてくれるのか聞いたら不動さんは自信たっぷりに上記の言葉を繋ぐのだが、閻魔様の間違いじゃないのかな?
石を積む。
手を合わす。
まだこの子は新江戸の縁日にも連れて行ってあげることが出来なかったくらい小さかったのに。
不動さんの後ろでそっと目元をぬぐうと
「泣くなって。次生まれ変わる時はこいつは玉子様だからよ」
まるで見透かしたように彼は声をかける。
玉子様じゃなくて王子様……。
石に彫った名前の下に「玉子」と付け足している不動さんに軽くジャブを入れてみると、彼はやる気なさそうに
「天(点)が付いてるほうが縁起いーだろ」
と言い切った。言い切りましたか。
足音がして振り向くと、新江戸に行くことも出来ない年寄りたちが手を合わせている。
「今日もお参りにきてくれたんだねぇ」
「ご苦労さん。ありがとうに」
――いつも一人で来ているけど、いい人でもおりなすったか?
風が吹いて雨戸を揺らした。
――私の姿は他の人には見えなかった。
最初は皆忙しいあまり、私の姿を気にとめる余裕がなかったのだと思ったのに、実はそうじゃなかった。それを理解したのは、鏡に私の姿が映っていないのを見た瞬間。
息が詰まった。
まさかと。
でも、不動さんは私の姿を見ることが出来る。
どうなっているのだろう。どう考えても、高名な霊媒師には見えないし。
「鈴ー、これでほぼ全員分の墓が出来……」
穴があきそうなくらい食い入るように見つめる私の視線に気付いた不動さんは、ぼんのくぼに手をやって言いにくそうに付け加えた。
「まだ、…………鈴のはできてねーんだけどな」
私の死体はでてこなかった。けれど私の魂はそこにあった。
「不動さん、私死んじゃったの?」
でも、生まれ変わってやり直すことも出来ない、そんな中途半端な存在になって、生きているのか死んでいるのか分からない状態で、それでも私はそこにいたのだった。
――暗闇の中、一人で。
「許せよ」
不安でたまらない私をゆっくり抱きしめて不動さんは呟いた。
――言い出せなかったんだ。
それは久々に聞く、不動さんの真面目な声だった。
いつものはぐらかすような声じゃなくて、落ち着いた声だった。
「いーじゃねーか。俺は鈴に触れることができるし、見えるし話せるし」
どうして良いのか困ってしまった私をぎゅっと抱きしめる。
――折角だから外にでよう。
そうして他の世界を見よう。
この世界にいられないなら別の世界を探したっていいじゃねーか。
私の心の中ににあるアストロ灯が崩れていく。
代わりに明かりを灯してくれたのは、一見スチャラカな人だった。
これはチャンスなんだと言い聞かせて、不動さんからもらった風呂敷一つでやり直すことにした。
これはチャンスなんだ。外に出る勇気がない私への、最後のチャンスなんだ。
これくらいすっきり財産も縁も家も……体もなくなってしまうことがなければ、私は最後まで閉じこもったままだったと思う。
不思議なことがありすぎて、途方もない思いに捕らわれることがあるけれど、私はこんな形で生きている。
あるようでないような実体。
それでも私がこの世にいることに何が意味があるのだと……信じたい。
鐘の音が鳴り止んでいく。
今日の火事はすぐに消し止められたようだ。
――心の中の火は、まだくすぶっているけれど。
新江戸時代 商品番号2番 暗闇にアストロ灯 終了




