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第1話 俺は、臓器ですらなかった

痛い。


それが、二度目の人生で最初に感じたことだった。


熱い。

いや、熱いというより焼かれている。


全身を真っ赤な鉄の棒で掻き回されているような感覚が、途切れることなく続いていた。


《――っ!》


叫んだつもりだった。

だが、声は出ない。


喉がない。

息もしていない。

そもそも口がない。


そこで初めて、俺は異常に気づいた。


見えない。

聞こえない。

手もない。

足もない。


身体を動かそうとしても、何ひとつ反応しない。

それなのに、痛みだけは鮮明だった。


《なんだ、これ》


俺は――死んだはずだ。


たしか仕事帰りだった。

雨。

横断歩道。

大型トラック。

ヘッドライト。


そこから先は覚えていない。


ありがちな事故死。

ならこれは、もっとありがちな異世界転生なのか。


そう考えた直後。


ずん、と何か巨大なものが震えた。


俺ではない。

俺の周囲だ。


空間そのものが脈打つような振動。

続いて、何かが流れ込んできた。


熱。

圧力。

そして、膨大な何か。


水ではない。

空気でもない。

もっと粘ついていて、それでいて形がない。


俺はそれを知識ではなく、本能で理解した。


魔力。


次の瞬間、意識の奥へ意味だけが落ちてきた。


【魔力流入を確認】

【構造損傷率:38%】

【流入魔力を利用し、自己補修を開始します】


《……誰だ?》


返事はない。


代わりに、俺の身体――身体と呼べるものが動いた。

いや、正確には組み替わった。


周囲から流れ込んでくる魔力の一部が、俺の内部を通過する。

そこで魔力が細い糸のように分かれた。


一本。

二本。

八本。

十六本。


焼けるような痛みが少しだけ薄れる。


【損傷率:31%】


《治ってる》


俺は何もしていない。

なのに、確かに構造が修復されている。


いや。

何もしていないわけじゃない。


無意識に、自分でやっている。


自分の内部へ意識を向けた。


そこで、ひとつ妙なことに気づいた。


脳がない。神経もない。それなのに俺は考えている。

考えている場所を探そうとしても、中心らしいものが見つからない。意識は細い魔導脈の一本にあるのではなく、流れている魔力と絡み合うように全体へ広がっていた。


《……俺、どこで考えてるんだ?》


答えは出なかった。魔力が弱まると意識まで鈍る。それだけは分かった。


今は、生き残る方が先だ。


そこで初めて、俺は自分の形を知った。


目があるわけではない。

自分の構造を、魔力の流れとして認識している。


細い。

ひどく細い。


半透明の管のようなものが無数に絡み合い、その中心に小さな光の粒がある。


人間ではない。

動物でもない。

植物ですらない。


《臓器……?》


いや。

臓器の一部か。


さらに意識を広げる。

すると俺の外側にも、巨大な魔力の流れがあった。


太い管。

無数の枝。

脈動。


俺はその一部分にくっついている。


《なんだこれ。血管? 神経?》


その疑問に反応するように、情報が流れ込んだ。


【未成熟魔導脈】

【分類:生体魔力伝達組織】


《……は?》


嫌な予感がした。


もっと広く周囲を探る。


そして理解した。


俺は、巨大な生物の体内にいた。


天井も、床も、壁も、全部が肉だ。

正確には視覚ではない。魔力の流れを通して把握しているだけだが、間違いない。


俺が張り付いている太い魔導脈の外側には筋肉があり、そのさらに向こうには硬い外殻がある。


巨大生物。


俺はその体内に存在する何か。

しかも、どうやら独立した臓器ですらない。


《異世界転生までは分かる》


人外転生。

それもまあ、いい。


《でもせめて、生物にしてくれよ》


俺は今、魔物の体内を走っている魔力回路の一部だった。



最初に恐怖を感じたのは、それからすぐだった。


俺が宿っている巨大生物が動いた。


身体全体が揺れる。

大量の魔力が俺を通過した。


苦しい。


魔力が多すぎる。

俺の細い構造では処理できない。


【過負荷】

【損傷率:42%】


《まずい》


さっき治ったところがまた壊れた。


この生物、普通に活動するだけで俺を殺しかねない。


次の魔力波が来る。


俺は反射的に、自分の中の魔力経路を広げようとした。


どうやる?

知らない。


でも、さっき自己修復した。

なら構造を変えることもできるはずだ。


一本の管へ集中していた魔力を分散する。

細い経路を増やす。


四本。

八本。

十六本。


足りない。

さらに増やす。


俺の身体が裂けるように広がった。

痛い。


それでも、流入してきた魔力が複数の経路へ逃げていく。


【過負荷率低下】

【構造変化を確認】

【特性『分流』を獲得】


《……来た》


口があれば笑っていたと思う。


能力。

ちゃんと成長できる。


しかも敵を倒しただけで突然生えたわけじゃない。

自分で構造を変えた結果、それが能力として定着した。


《なら、もっとできる》


そう思った直後、外から凄まじい衝撃が走った。


巨体が傾く。

何かと戦っている。


宿主が咆哮したらしい。

音は聞こえないが、魔力振動で分かる。


直後。

外側から異物が侵入した。


鋭い何かが外殻を突き破り、筋肉を裂き、魔導脈へ届く。


激痛。


俺自身の傷ではない。

だが、接続している巨大生物の損傷が魔力の乱れとして流れ込んでくる。


さらに、何かが入ってきた。


細い。

速い。

異質な魔力。


俺のいる魔導脈を逆流してくる。


《まずい》


本能が警告した。


侵入者。

寄生生物か。

毒か。

魔法か。


それは黒い糸のような構造だった。


触れた部分から周囲の魔力回路を食っている。


吸収。

侵食。

増殖。


そして、まっすぐ俺の方へ来る。


《逃げられない》


足がないからではない。

俺自身が道だからだ。


黒い侵食体は魔導脈を食いながら進んでくる。


あと十センチ。

五センチ。

一センチ。


接触。


焼ける。


【異物侵入】

【構造侵食開始】


俺の一部が黒く染まった。


削られる。

食われている。


このままだと消える。


《だったら、俺も食う》


理屈はなかった。


黒い侵食体が俺を分解しているなら、その構造を逆にたどればいい。


俺は侵食されている部分へ意識を集中した。


どうやって、こいつは俺を壊している?


魔力を奪っている。


いや、違う。


俺の構造そのものを、自分と同じ形へ変換している。


なら、その方法を盗めるかもしれない。


分流で生やした経路を一本、侵食部分へ接続する。


魔力を流す。


黒い構造が反応した。

食われる。


痛い。


でも逃げない。


《もっと見せろ》


もう一度、魔力を流す。

また食われる。


構造が変わる。


見えた。


こいつは魔力を直接吸っているんじゃない。

対象の魔力経路へ小さな穴を開け、その穴を自分の経路へ変換している。


接続。

変換。

吸収。


三段階。


《なら、途中を奪える》


俺は侵食されている自分の管を切った。


切断。


黒い侵食体が一瞬だけ止まる。


そこへ分流した魔力を逆方向から叩き込む。


接続。

今度は俺の側から。


黒い糸が震えた。


食われる前に食う。


相手が開けた穴を、自分の経路へ作り替える。


一ミリ。


侵食体の先端が、黒から半透明へ変わった。


《いける》


さらに魔力を流す。


黒。

半透明。

黒。

半透明。


押し合う。


俺の構造が削れる。

向こうも削れる。


身体もない。

牙もない。

爪もない。


それでも、これは間違いなく戦闘だった。


相手の構造を奪った方が生き残る。


魔力だけを燃料にした食い合い。


しばらくして。


黒い糸の動きが止まった。


俺の内部には、今まで存在しなかった異質な経路が残っている。


【異物構造の解析率が規定値を超過】

【特性候補を検出】

【『侵食』『吸収』『増殖』】

【現在構造では完全保持不能】

【一特性のみ定着可能】


《全部は無理か》


当然と言えば当然だ。


侵食。

吸収。

増殖。


侵食は攻撃向き。

吸収は魔力確保に使えそうだ。

増殖なら、自分そのものを広げられるかもしれない。


迷う。


けれど、今の俺には決定的に足りないものがある。


身体だ。


俺は魔導脈の一部でしかない。


なら、選ぶものは決まっている。


《増殖》


【特性『増殖』を定着】


熱が走った。


残った黒い構造が崩れ、俺自身へ溶け込んでいく。


次いで、今まで一本だった俺の端から、小さな芽のような管が伸びた。


一ミリ。

二ミリ。

五ミリ。


俺の意思で、伸びている。


【自己構造を魔力消費によって拡張可能】


俺は震えた。


今まで、俺はここに固定されていた。

巨大生物の魔導脈の一部。


動けない。

何もできない。


そのはずだった。


俺は細い枝を伸ばした。


魔導脈から外れる。

筋肉へ触れる。


初めて、自分以外の組織へ直接接触する。


魔力を少し流してみた。


反応が返ってくる。


繊維。

収縮。

弛緩。


この筋肉は魔力によって強化されている。


構造がある。

規則がある。


俺にはない仕組み。


《……欲しい》


魔導脈。

侵食体。

筋肉。


全部、違う構造を持っている。


なら、骨は?

目は?

牙は?

翼は?


魔法を撃つ器官は?

再生する生物はどうなっている?

雷を出す魔物は?

空を飛ぶ魔物は?

人間の魔法使いは?


全部、自分へ組み込めるのか。


その瞬間。


宿主の魔力が急速に弱まった。


戦いに負けたらしい。


全身の流れが止まり始める。


《まずい。宿主が死ぬ》


このままなら俺も死ぬ。


いや。


さっきまでなら、そうだった。


俺は新しく伸ばした枝をさらに伸ばした。


五センチ。

十センチ。


筋肉の隙間へ。

外へ。


この身体が死ぬ前に、ここから出る。


初めて、自分の意思で生まれた場所を離れようとした。


そのとき。


遠くに、ひときわ強い魔力反応を感じた。


宿主の身体の奥。

俺とは比べ物にならないほど複雑な構造。


脈打つたびに、大量の魔力を生み出している。


核。


あれはきっと、魔核だ。


《欲しい》


逃げるべきなのは分かっている。


それでも、意識がその輝きから離れない。


《あれを取り込んだら、俺は何になれる?》


宿主の鼓動が止まった。


暗闇の中。


俺だけが、ゆっくりと死体の奥へ伸び始めた。




宿主の鼓動は、もう戻らなかった。


魔力の流れが一つずつ途切れていく。


俺が生まれた魔導脈も、さっきまでの勢いを失っていた。


《時間がない》


自己補修も増殖も、魔力がなければ動かない。


つまり、この死体は巨大な家であると同時に、残り時間つきの燃料庫だ。


俺は増殖で伸ばした枝を、奥の強い反応へ向けた。


肉の隙間を進む。


筋繊維に触れるたび、構造が流れ込んでくる。


縮む。

伸びる。

引っ張る。


単純だが、俺にはない動きだった。


《これがあれば、自分で動ける》


欲しい。


だが今は魔核が先だ。


枝を伸ばすほど魔力が減る。


死体の中を一メートルほど進んだところで、突然、周囲の筋肉が痙攣した。


死後反射。


俺の枝がまとめて圧迫される。


【構造損傷率:19%】


《痛っ……!》


反射的に分流で負荷を逃がす。


枝の一本を捨て、残りへ魔力を回した。


初めて、自分の一部を自分で切り捨てた。


妙な感覚だった。


前世なら指一本失うだけで人生が変わる。

今は違う。足りなければ、また生やせる。


そして、もうひとつ。


切り捨てた枝に『考えている自分』が持っていかれた感覚はなかった。

痛みはある。欠損も分かる。それでも意識そのものは残っている。


《やっぱり、頭みたいな場所がない》


その事実が少し怖くて、同時に面白かった。


さらに進む。


やがて、周囲の魔力密度が跳ね上がった。


暗闇の中に、太陽がある。

視覚がないのに、そう感じた。


直径は俺の現在構造より遥かに大きい。

幾重もの殻。その内側で脈打つ高密度魔力。無数の魔導脈が、そこへ集中している。


【高密度魔力器官を検出】

【仮称:魔核】


《やっぱりこれか》


俺は枝の先端を触れさせた。


全身が吹き飛ぶような衝撃を受けた。


【過剰魔力流入】

【損傷率:47%】


魔核は死んでいなかった。


宿主が死んでも、こいつだけはまだ魔力を作っている。しかも、俺の身体では受け止められないほどに。


逃げるべきだ。

分かっている。


それでも、俺は枝を離さなかった。


《どうやって作ってる?》


痛みより、その疑問の方が強かった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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