戦後編
伊賀忍伝 ―戦後編―
第一話 桜の里
春だった。
伊賀の山々を、淡い桜が包み込んでいる。
かつて戦火に焼かれた里にも、少しずつ人の声が戻っていた。
「こらー!!」
「そっちじゃないって言ってるでしょ!」
元気な声が響く。
子ども達の中心で怒鳴っているのは――お凛だった。
頭には手拭い。
腕まくりした姿で、材木を運んでいる。
「お凛姉ちゃん!この木どこー!?」
「そっちの小屋!」
「違う!そっちは厠!」
「うわぁぁぁぁ!!」
里に笑い声が広がる。
戦の時代には無かった音だった。
一方――
蒼牙は、木材を抱えながら黙々と歩いていた。
「頭領ー!」
「サボってないで動くー!」
お凛が怒鳴る。
蒼牙は眉をひそめた。
「ちゃんと働いている」
「顔が暗い!」
「……生まれつきだ」
「なお悪い!」
子ども達が笑う。
蒼牙はため息をついた。
だが、その表情はどこか柔らかかった。
戦が終わって数ヶ月。
伊賀は、少しずつ復興していた。
畑を耕し。
壊れた家を直し。
孤児となった子ども達を育てる。
忍びではなく、“人”として生きる日々。
それは蒼牙にとって、初めての時間だった。
その時。
ヒュン!
突然、団子が飛んできた。
蒼牙は反射的に掴み取る。
「……」
振り返ると、お凛が笑っていた。
「流石、元頭領」
「今のは殺気があった」
「団子に殺気込める人いる?」
蒼牙は団子を見る。
ほんのり温かい。
「食べな」
「里の婆様達が作った」
蒼牙は黙って一口食べた。
「……甘い」
「でしょ?」
お凛は空を見る。
桜が舞っていた。
「綾乃なら、こういうの好きだったろうね」
蒼牙の動きが止まる。
しばし沈黙。
だが、お凛はあえて明るく言った。
「だから、下向いてたら怒られるよ」
「……」
「里を守ったのは、頭領達なんだから」
蒼牙は静かに空を見上げた。
風が吹く。
桜が舞う。
綾乃の笑顔が、少しだけ浮かんだ気がした。
その時だった。
「おーい!!」
里の入口から、騒がしい声。
全員が振り向く。
そこには――
猿飛佐助
大量の団子を抱え、笑っていた。
「土産持ってきたぞー!」
お凛が呆れる。
「また勝手に来た!」
「いいだろ、暇だったんだよ」
「あと団子食い過ぎ!」
「忍びは糖分が命なんだよ」
子ども達が歓声を上げる。
「佐助だー!!」
「また忍術見せてー!!」
「おう!」
佐助は笑いながら、空中へ飛び上がった。
ヒュン!!
風のような跳躍。
子ども達が目を輝かせる。
「すげぇぇぇ!!」
蒼牙は、その光景を静かに見ていた。
すると佐助が隣へ来る。
「いい顔するようになったな」
「そうか?」
「あぁ」
佐助は笑う。
「前は“死ぬ場所”探してる顔だった」
蒼牙は少し黙った。
否定は出来なかった。
「でも今は違う」
「生きてる顔だ」
風が吹く。
桜が舞う。
子ども達の笑い声が響く。
蒼牙は、その光景を見つめながら呟いた。
「……悪くない」
「ん?」
「こういう時代も、悪くない」
佐助は笑った。
「だろ?」
その時。
里の奥で、お凛の怒鳴り声が響く。
「こらー!!」
「佐助!屋根壊すなぁぁぁ!!」
バキィ!!
「うわ、やべ」
子ども達が爆笑する。
蒼牙は思わず吹き出した。
その笑い声は。
きっと、綾乃にも届いていた。




