第39話 王とは何か
ラターシュの動機は余りにも不憫な人生からだった。
だが例え運命に翻弄されたからとはいえ、人を不幸にしていい訳ではない。
だからこそ俺が止めよう。
この両手に秘めた力で、今すぐお前を!
「やってみるがいいさ。私は全力で君を葬るだけなのだから。そしてそれが済めば晴れて世界統一への道が開けるだろう。その是非を決める資格が君にはあるッ!! ならやろうじゃあないかあッ!! 最高の決着って奴をさあッ!!」
「ああ、では遠慮なくやらせてもらうッ!!」
この時、俺は飛び出していた。
ラターシュへ向け、軸線上を真っ直ぐに。
しかし、それはつまり奴にとっての突き軌道上でもある。
「ハハッ! 準備出来たと言うから何をするかと思えば丸腰で突撃かよ! カモだあッ!!」
でも俺に迷いは一切無い。
奴の突きをも越え、秘技を見舞う自信があるからだ。
当然もう神鉄の防具は無いけどな。
それでも越えられるんだよ、今の俺には!
「いいよ、それなら喰らわしてやるッ!! もう二度とおッ!! 防げない程の一撃でえーーーッ!!」
そんな中でラターシュもが飛び出した。
その剣を強く引き絞る中で。
一気に決めるつもりなんだ。
いいぞ、来いッ!! 受けて立ってやるぞラターシュゥゥゥ!!
「死ぃねぇぇぇ!!! 【五・廻・蓮・牙】ァァァ!!!!!」
そして閃光が瞬いた。
それも今度はなんと五つ!
それが今、俺の首四肢の付け根を容赦なく貫いた。
刃が抜けて、背から光が弾け飛ぶ程に。
「勝ったァァァ!!!」
たちまちラターシュが咆え上げる。
勝利を確信したままに。
「――ッ!?」
けどな、それも間違いだったんだ。
そうやって突いた、気になっていただけだったんだよお前は。
何故ならば。
今奴が貫いたのは、俺の気配だけなのだから。
俺が放った戦意、闘氣功の残像だったんだよ。
「そんな、まさかあッ!?」
「そうだ。お前が突いたのは――俺であって俺じゃあないッ!!」
闘氣功とはすなわち、存在感そのもの。
戦意、敵意、殺意、そういった意志から生まれた力だ。
だからこそそれらの気配が自然と備わっている。
加えて、俺の様に卓越すれば――人の形を成す事さえ可能!
そしてこの時、俺は急反進していた。
その気配、闘氣功の残像だけを残して半歩引いていたんだ。
奴の突きの射程はもうわかっている。
さっき自ら受け止めた時に測りきれたからな。
ついでに言えば、その射程はこれ以上伸びないって事もわかっていた。
いくら速くなろうと、突きという動作に違いは無い。
刺して、戻す、この動作間距離は絶対に変わらないんだよ。
それも、突き数を増やしたならばなお、その距離はずっと短くなる!
故に、見切れてしまえば避ける事など造作も無い!
ならばと、今度は更に急反進する。
そう、またしてもラターシュへと向けて突撃したのだ。
「うっ、あああッ!?」
筋肉が、骨が軋む。
それだけの負荷が掛かる二連急反進だったからこそ。
だがそれを耐えられる肉体が、今の俺にはある!
そのまま突き出た剣の下を掻い潜り、瞬時にして懐へと跳び込む。
なお更に床を叩き踏みながら。
そうして飛び込んだ時、二人の体は宙へと待っていた。
俺がラターシュの身体を両腕で抱き込みながらに。
その姿はまるで愛情にも足る抱擁の様だっただろう。
それだけ優しく、包み込む様にして抱えていたから。
それも、裏で両手甲を重ねて。
「ッ!?」
「【輝操・転現】……!」
この時ラターシュが何を思ったのかはわからない。
けど、その胸に抱いていたのは決して敵意では無かったのかもしれない。
何故ならこの時、彼は両腕を俺の腰裏へとそっと回していたから。
まるで負けを認めたかの様に剣を落としながら。
その身体が、砂へと化していく中で。
着地を果たした時、もうその姿は残っていなかった。
身体の一片も残さず砂粒へと変わってしまって。
しかし意識はまだあるだろう。
その上で全身が引き千切られる様な痛みも受けているだろう。
物理的に繋がっていなくても、繋がっている事になっているから。
悪いが、【輝操術】による変化っていうのはそういうものなんだ。
けどなラターシュ、お前の想いは今ので何となく伝わったよ。
もしかしたらただ普通を願っていただけなのかもしれないな。
友達が欲しくて、自分を認めて貰いたくて。
でもそれが叶わないからこんな事まで強行するしか無かった。
お前と俺はそういった意味では似た者同士なんだって思う。
だから元に戻したい気持ちも確かにあるよ。
だけど、お前は戻ったらまた同じ事を繰り返すだろ?
そうなったらもう俺にも止められるかわからない。
だから戻しはしないよ。
お前は永久にそのままで生きるんだ。
その心が死ぬまで、真に砕け散るまで。
それがお前の苦しめた人々に対する手向けとなるだろうから。
じゃあな、お別れだ。
お前とは正しい形で友達になりたかったよ。
「あ、ああ……ラターシュが、そんなぁ!」
「そうだったな、まだコイツがいたのを忘れていたよ」
「ち、畜生! うおおお!!」
でも、そんなセンチメンタルに浸っていた時だった。
ヴェルストが剣を持って走って来たのだ。
品の無い雄叫びを上げたままに。
その手に持っているのは聖剣だろう。
煌びやかな意匠を誇っているからこそ恐らくは。
だけど構える姿もとても様になっていない。
「この野郎! この皇帝の聖剣【エグザバーン】で切り刻んでやる!」
そう言って俺へと剣を振り回すが、剣筋もダメダメだ。
それ、当たった所で切れはしないぞ。
聖剣の特殊効果で切れるならまだしもな。
身体もブレブレ、脇も甘いし、足捌きもなっちゃいない。
まるで素人のそれだな。
本当に修練受けたのかお前は。
「死ね! 死ねぇ!」
殺意だけは立派だが、それでは敵は殺せん。
精々案山子くらいしか切れないだろうよ。
なんて見苦しいんだ。
ここまでの奴だったとは。
もういい。見飽きた。
「ブッ殺してェ――」
だから今、俺は奴の頭を潰していた。
肘と膝で上下より同時に挟み打って。
「ぎゃっばぁぁぁ!?」
下手に舌を出していたからか、先端が噛み切れたらしい。
お陰で汚い血飛沫が舞う事に。
遂にはのたうち回り、醜い姿を晒す。
何から何まで本当に醜悪だ……!
蠢く姿はもう見るに堪えない。
故に、俺は空かさず奴の片足を蹴り折った。
でも、これだけじゃあ済まさん。
「【蛮者無般】!」
「ぐえッ!!」
更にもう片足。
「【偽志虚留】!」
「ぎぃあ!?」
今度は腕だ。
「【位上心下】!」
「いっぎぃぃぃ!?」
最後にもう片腕。
これ全て、お前が犯した罪の痛みだ。
「【翌謝低実】!」
「あっぎょおお!!」
こうして四肢全てをへし折った所で拳を構える。
更には頭側面にて矢引の様に腕を引き込み、力を蓄えた。
「そして【早晩多子】、こうして実行動に移した事へは敬意を表し、首を折る事はよしてやろう。だが――」
その狙いは胸元へ。
心臓、今限界にまで高鳴っているであろう命の源へ。
「今から問う、その答えによっては貴様の心をへし折ろう! さぁ答えろ! 〝王とは何かあッ!!〟」
「ひ、ひぃぃぃ!!」
もしこのヴェルストに生きる価値が僅かでも残っているのなら生かしてもいい。
どうせこんな小物が生きていた所で、もう二度と悪事は働けんだろうからな。
しかし!
一片の価値も無ければ豚にも劣る!
肉片となって土に還った方が大地の為となろう!
ならばその答えの行く末は。
「た、たしゅけ、たしゅけてぇ! お金なら払う! 皇位なら譲るからぁ!!」
――もはや一片の価値無し!
だからこそ俺は拳を更に引き絞っていた。
全闘氣功を集中させた一撃を放つつもりで。
肉片一つ残すつもりは無かったから。
だがこの時、思いもよらぬ事が起きた。
ヴェルストではない者が、最も正しい答えを示したのである。
皇帝だった。
皇帝が俺とヴェルストの間に立ち塞がったのだ。
それも腰を落としつつも背を張り、両腕を拡げながらに。
しかもその腕が大きく掲げられたままに傾倒していく。
己の体と共に、床へと向けて。
そうして額までもが付いた時、弱々しい声が囁かれた。
「どうかこの愚か者を許して欲しい。我が命と引き換えであろうとも。なにとぞお頼み申す。武聖ウーイールーの息子よ……」
そう、これが正解なんだ。
王として、民を束ねる者として一番必要なのが――他者を守る事だから。
でなければ人の上に立つ意味など無い。
そう出来ない者はいずれ、下々を虐げ始めてしまうからこそ。
束ねるとはそういう事では無いからな。
「愚かな出来損ないのヴェルストよ、見ろ。これが正しき王の姿だ。こうも出来ない貴様に皇帝を名乗る資格など一片も無い! 恥を知れッ!!」
「あ、あひあ……」
コイツにそれが理解出来たかはわからない。
けれどもう充分だろう。
今はこの皇帝がいる。
そしてこの男が認めた第二皇子が治めるなら文句は無いさ。
例えこの後が辛くとも、きっと元通りに持ち直せるだろう。
俺を偉大なる父ウーイールーの息子だと見抜いたこの人ならば。




