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ホロウと戦いましょう

 目の前にいたのは燃えるように赤い毛並みの大きな狼。

 3階建ての建物くらいあるその巨体から人語が聞こえてきた。


「えっ……喋れるのっ?」


 1番に出てくる感想がそんなことでちょっと緊張感がない気もしたけれど、驚いてしまったのだから仕方がない。


〔なんじゃ貴様……まだ幼子ではないか〕


 ホロウの大きな瞳がこちらに向けられる。


〔幼子2人……貴様らは殺さん。我の牙にかけしは戦人いくさびとのみと決めておるのじゃ。く失せるがよい〕


 なんと。ホロウは人語が話せるだけではなく子供は襲わないという倫理観まであるモンスターらしい。


「おいおい……テルマ、これはもしかして伝説にあるアレなんじゃねぇの……?」

「かもしれないな。人語を話すモンスターなんてそれ以外聞いたこともない」

「うむ。俺もそう思うぞ……古い書物にしか残されていない、かつて王国が栄える300年前にこの一帯を闊歩かっぽし様々な文化を授けたという【いにしえの賢者】、そのものであると!」


 詳細はこちらまで聞こえてこなかったので分からなかったが、3人がなにやら愕然としたように互いにささやき合っていた。

 やっぱりこの体格と先ほどテルマに聞いた話を勘案するに、とても強いのだろう。

 

 ――さて、戦闘は避けられそうにないようね。どうしたらいいかしら。


 なんて考えていると、


「シャル、それにグリム。2人は早く逃げるんだ。どうやら君たちは狙われないらしい」


 とテルマが私たちの前に出る。


「はは……俺たちは勇敢に散っていったと、イレーナさんにはそう伝えてくれよな。あとあなたのことが好きでした、と……いや、それはいいか。未練がましいし」

「掃除者稼業を続けていればこんなこともあるものだ。覚悟はすでに決めている。気にせず、シャル殿たちは町へと帰るのだ」


 キューレとラックスもそう言ってテルマに続いた。


「え? いや、私もいっしょに戦おうと――」

「バカ言え! 勝てるわけがないだろ!」


 キューレに叱りつけられる。


「そうだ。シャルたちには未来がある。それを棒に振る真似だけはするんじゃない。なに、俺たちはもう充分に生きたさ!」


 テルマもまたそう言って私とグリムを後ろへと押しやると、


「行くぞ、【疾風の狼殺し】! これが俺たち最期の気高き挑戦だ!」

「「おうっ!」」


 私がそれ以上なにを言ういとまもなく、3人でホロウへと突っ込んで行く。


「えっ、ちょっ、待っ……」


 そう声をかけた時にはもう遅かった。


「ぐはっ!」

「げふっ!」

「ごほっ!」


 ホロウが前脚をひとなぎしたかと思うと、3人がおもちゃのように吹き飛ばされる。


〔フンッ。他愛もない〕


 ホロウは鼻を鳴らすと、それから気乗りしなさそうに倒れ伏すテルマの前に立つ。


〔幼子の前で殺しはしたくなかったのじゃがな……〕


 そして鋭い爪のきらめく前脚を繰り出して――。


「グリムッ!」

「はいっ!」


 しかし、ホロウの爪はテルマを引き裂きはしなかった。

 代わりに鉄と鉄が激しくぶつかり合う音が鳴り響く。

 

〔なにっ? 貴様……!〕

「ぐぅ……っ!」


 グリムが、手にした剣でホロウの一撃を辛うじて防いでいた。


「ナイスよ、グリム!」


 私は驚くホロウの隙を突いてその後ろへと回り込む。


 ――【システム: 圧縮球】、起動。全力投球フルパワー


 手加減などしている余裕もなく100%の力で叩き込むが、しかし。


「う、うそ……っ?」


 直撃したにもかかわらず、ホロウは軽くよろめいただけで倒れすらしない。

 

〔……なんじゃ、いまのは? おかしな攻撃をするヤツじゃの〕


 しかし、驚くべきは攻撃が効かないことだけではなかった。


〔フンッ!〕


 ホロウは一瞬の動きで身体を反転させるとその尻尾でグリムを強く弾き飛ばし、そして次の瞬間には私の目の前からテレポートでもするかのように消え、


〔遅いのぉ〕

「――ッ⁉」


 私の背後から前脚で攻撃してこようとする。


〔――っ?〕


 だが、その攻撃は見えない壁に阻まれた。

 物理的な攻撃に対応して自動起動するシステム化魔術のおかげである。

 私は急いで振り返り圧縮球を放つが、今度は完全に避けられてしまった。


 ――速い。速度が圧倒的に違いすぎる……!


 ホロウはまたたく間に私から距離を取り、こちらに妙な視線を向けてくる。


〔まさか貴様たち……身体強化魔術を使う男子おのこに障壁を張る女子おなごとは。ふふふ……ずいぶんと懐かしい気分にさせてくれるではないか〕

「……?」


 懐かしい? ホロウの言っている意味は分からないが、とりあえず攻撃は一時的に止んだ。


「グリムーっ! 無事ーっ?」

「――はいっ! シャル様っ!」


 大声で呼ぶと、森の木々の間からグリムが飛び出して私の元へとやってくる。

 身体強化魔術のおかげもあってか、様子を見る限りでは尻尾に弾き飛ばされた際のダメージは少ないようだ。

 ただ、だからといってその無事を喜んでいる暇なんてない。


「グリム。あのホロウの動きを目で追える?」

「いえ……すみません、無理です」

「そうよね、私も無理よ……」


 うーん、厳しい。

 どうやらいまの私とグリムではこの相手に正攻法で勝つのは難しいようだ。

 だって相手を捕捉することができないんだもの。


 ――だとしたら、イチかバチかしかないわね……。


 かなり運要素のある作戦ではあったものの、ホロウに渾身の一撃を喰らわせる手段なら1つあった。

 しかし、できる限りリスクのある選択は避けていこうと思っていたのにどうしてこうなってしまったのかしらね。

 まあ事の発端は私が軽率に昇格試験を受けたりなんかしたからってことなんだけれど。

 結局のところ、自分以外誰も責められやしないのだ。

 

 ――え? さっきホロウが見逃してくれていたときに素直に逃げればよかったって?

 

 論外よ。私とグリムに親切にしてくれた3人を見捨てるなんて、たとえそれが1番安全な選択だとしたってそんな生き方はしたくない。

 私のひと声でテルマさんを守りに行ってくれたグリムだって、きっと同じ気持ちだ。


「ねぇ、グリム。これから私のやることを信じてくれるかしら」

「もちろんです、シャル様」


 私の問いに力強く即答してくれたグリムへと小さな声で指示を出す。


 ――私はね、なにもかもを諦めて生きるくらいなら、なにもかもに挑戦して死ぬ女として生きたいのよ。

 

 堂々とした佇まいでこちらを見るホロウへと、私たちは再び向き直った。


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「シャルロットは今後どうなるのっ……!」


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