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5 KING OF SPADE〜スペードのキング〜(2)

 小さな公園を見下ろす。

 遊んでいるのは十人程の幼児とその母親達、他の五人の少年がボールで遊び、少女が八人、遊具を楽しんでいた。

 ロゼッタはそんな風に大人数で遊んだことがない。そもそも幼少期に遊んだ覚えなんてない。少し羨ましく思う。

 街路樹の枝に座り込んで、微笑ましい景色を眺める。

 子供達の感情は昂っている。

 あの下衆共は、こういうところに寄ってくるのだ。

 普通のでもいいけれど、できれば活きのいいのを食べたいなどと、昔斬り捨てた堕天使が言っていた。

 暇つぶしに、即席で思いついたメロディーを口ずさむ。なんだか懐かしいのでもしかしたらどこかで聞いたことのある曲なのかもしれない。

 風が吹き、バランスを崩しそうになる。が、何とか持ちこたえた。

 いくら超人とは言え、自分の意志無しにこんなところから落ちたら大けがでは済まないだろう。しかも下はアスファルトだ。打ち所が悪ければ死ぬこともある。

 だんだんと気配が近付いてくる。

 気配の数に変化はないが、レギオンは嫌いだ。

 ……六期がいたら厄介だなぁ。

「ママー、あれ見てー」

 幼女の一人が空を指して言った。

「どうしたの? ……まぁ、何かしらあれ。誰かの悪戯かしら? そう言えば最近あちこちで映画の撮影が行われているって聞くわ。ホログラムか何か?」

 皆平和だ。呆れてしまう。まぁ、今の時代こんな国でテロはあっても、まさか自分たちが死ぬようなことにはならないだろうと思うのが普通なのだが。

「ちょっと奥さん、あれ何だと思います?」

「どれのこと? あぁ、何ですか? あら、随分とファンシーな形ですこと」

 阿呆か。

 心の中で呟いて、迫ってくるトループの群――レギオンに目を向けた。

 幸いなことに、目が青いのは四体だけしかいない。

 ロゼッタには気付かずに、彼らは公園に降り立った。

「イタダキマス」

 一体が耳障りなノイズでそう言った。

 何の危機感も感じていない人達は、動作を止めて突如現れた異変物質を見ているだけだ。

「フム、ヤハリ人間ハ愚カダナ」

 冷笑して、その一体は近くにいた幼い男の子を掴み上げた。

 トループの手がぽぅっと光って、幼児の体から力が抜ける。

 トループは人を傷つけずに“夢”を奪うこともできるのだ。が、大抵の場合は浅い切り傷でも刺し傷でも何でもいいが、証拠を付けたがる。

「ちょっと! 私の息子になんてこと……!」

 我に返った幼児の母親の肩から血が上がった。

 と、同時にその人も倒れる。

 後方にいたトループが手を出したのだ。

「きゃぁああああああああああっ!?」

 それを見て、何人かが悲鳴を上げた。

 それだけで充分だった。平和な日常に終わりを告げる警鐘はそれだけでいい。その悲鳴がトループ達の嗜虐心を煽ってしまう。

「サァ、好キナダケ食ベナサイ。奪イアイダケハヤメロ。一人トシテ逃ガスナ。ソシテ殺サナイヨウニ」

 それぞれの武器を片手に襲いかかってくる天使と、それから逃げ惑う人々。

 ゴッドハンターの存在は社会に公にされていない。全員がやられるまで待つしかない。

 また一人、また一人と子供達とその親が倒れていく。

 これはちょーっと本気出さないと死んじゃうかなぁ……。

 めんどくさいと、ロゼッタはチッと舌打ちした。

 立ち上がって降下準備をする。

 最後の一人が崩れ落ちたその次の瞬間に、ロゼッタは街路樹から飛び下りた。

 短い浮遊時間の間に己の武器を復元させて、着地ざまに一人のトループの胴を斬り裂いた。

 その切り傷から血が噴き上がり、ロゼッタの体にかかる。

 頬に飛び散った血を舐めて、どよめくトループ共を見回す。

「貴様は誰だ!」

 人間に近い声で一体のトループが怒鳴ってきた。

「うっわぁ、お前らって本当に失礼だよね〜。もしかして馬鹿なだけぇ?」

 そう言いながら、ロゼッタは武器を変形させる。一本の剣だけでは間に合わない。トループは騎士道精神なんてたいそうなものを持っていない。いくらでも卑怯なことをしてくる。ひとまず二本剣にしておく。

「オマエゴッドハンターカ」

「う〜ん? ゴッドハンター以外にお前ら倒せるのはいないでしょ~?」

 仕方無いなぁ。

 そう思いながら、自分の力の四分の一を解放させる。

 六期四体に、五期と四期合わせて二十六体相手に本気じゃない力でやったらこっちが死んでしまう。

 ロゼッタの力は大きく四等分にできる。全てとはいかないが、今この状況ではある程度の本気を出さないといけない。

 急に世界が澄み渡って見えた。のびのびとした気分になる。

「……ッ!? 貴様……、ソノ目ハ……!」

 最後まで言わせない。聞きたくもない。

 もう聞き飽きた、誰もが同じ反応を示すから。

 言いかけたそいつの体を斜め下から斬った。

 再び大量の血が上がる。

「さぁさぁどうしたのぉ? かかっておいでよー」

 一体が襲いかかってきた。

 再度武器の変形。

 相手の武器は槍だ。槍に剣では不利になってしまう。間合いの長さが違い過ぎるのだ。

 剣の変わりに大口径の銃を出して、五発の弾を撃ち込む。四発はじかれ、一発だけが堕天使の肩をかすった。

 上半身を捻って、後ろからロゼッタを斬ろうとしてきた別の一体を撃ち殺す。

 砂地を蹴り上げて宙に飛び上がる。やはり本気を出すのはいい気分だ。反転する景色の中で、ロゼッタはちょっとした爽快感を味わいながら、先程殺し損ねたトループの上に銃弾の雨を降らせる。

「皆カカレー! 相手ハワズカ一人ノ小娘。ヒルマナイデイキナサイ」

 変形。

 ロゼッタの体が引力に従って落下に転じた。その勢いを活かして、剣へと変えた武器で相手を押す。わざと体勢を崩して、相手が油断した隙に、ロゼッタは剣をそいつの胸に突き刺した。

 黒と白のロゼッタの服は血にまみれ、グロテスクな色を出していた。

 今度はニ体のトループが同時に襲ってきた。

 腕に激痛が走る。見てみると、二の腕あたりから血が出ていた。

「あ〜あ。やっぱりちょっとだけじゃあ死んじゃうねー、ボク」

 仕方なしに、力の出力を変えた。

「オ前……ッ! 私達ト……」

 風が吹いたかと思ったら、そう言いかけたトループから血が出ていた。その後ろにいた二体も呆気なく倒れている。

「これでボクも六期とお〜んなじだよぉ」

 さらにその後ろで剣をおろして、ロゼッタは呟いた。

 次の相手はっと……。

 目の前にいた六期に狙いを定める。

 何度も剣をぶつけ合った。

 耳に痛く響く音がして、堕天使の剣がボキリと折れた。

 長い黒髪までもが紅に染まる。

「死ね」

 呆然とするその天使の腹に、ロゼッタは深々と剣を突き刺した。

 後ろから不意打ちをくらい、右足首から血が出る。が、少量だ。

「次ボクの相手するのは誰?」

 言い終わる前に、すぐ横にいた一体を消す。

 変形。

 投げナイフを三本、遠くにいたトループに投げつけた。

 変形。

 剣に戻して、別の六期とやり合う。

 相手の刀と、ロゼッタの剣が絡み合う。武器がぶつかり合ったままなので、攻めも守りもできない。

「はっ」

 蹴ってそのトループを後ろに飛ばす。

 相手が体勢を立て直している間に、一気に間をつめて斬りつける。

 ロゼッタは何度目か分からない武器の変形を行った。

 体の向きを変えずに、近くのトループにダガーを投げる。

 堕天使とは言え彼らはれっきとした天使だ。当然羽が生えている。

 まともにやったらロゼッタに勝てないと気付いたのか、五体が空に向かった。上から攻撃しようという算段なのだろう。

 またも武器を変形させ、銃で二体を片付けた。

「ねぇ、そんなことしただけでボクに勝てると思うの?」

 そんなことを言いながら、血の雨と共に降ってくる刃を避ける。

 蒼い空から真っ赤な雨が、鈍色の死の雨が降ってくるその下で、踊るように天使狩りをしている自分。

 普段より高くなった身体能力と反射神経を頼りに、最小限の動きでナイフを避ける。——が、一本避け損ねてロゼッタの左頬に切り傷が入った。

 鼻の付け根から鼻の横までの深い傷だ。血がタラタラと流れ出す。

 鋭い痛みを伴って出血している。

 頬を伝う生温かい血を手で拭って、指に付いた血を眺める。

 トループから見れば、その様子は起こったことが信じられない、と思っているようにしか見えない。だが、それは大きな間違いだ。


「ッ、アハッ、キャハハ! アハハッ、ハハハハ!」


 突然笑い出してロゼッタは嬉しさに(・・・・)、その場でくるりと回った。

 指に付いた血を舐めて、心底に残忍な喜びを感じた。舌に広がる鉄の味を味わいながら、何も見られない(・・・・・・・)ことに感謝した。

 流れ出る血のおかげで、これから頬に現れるものを見られずにすむ。例え相手が人間でなくとも、間もなく死んでいく堕天使でも、あんな……あんなもの(・・・・・)は、見られたくない。

 ここぞとばかりに、数体のトループが一斉にかかってきた。

 寄ってくる堕天使が、その一つ一つの動作全てがスローモーションに見える。振り上げられる武器や荒い息を吐く口も、全部が全部ゆっくりと動いているように見える。


「……ボクさぁ、本当にキレちゃった」


 動いていないのに、ロゼッタの足下から風がうまれる。髪がなびて、少女の顔を隠してしまった。


「皆みーんな、死んでしまえばいいんだよ。ボクが楽しく殺してあげるから」


 髪の隙間から見えた彼女の目の異常さを見て、何体かは慌てて動きを止めた。

 が、残ってロゼッタを斬ろうとする者も少なくはない。


「……消えろ」


 ロゼッタがそう言った瞬間、襲おうとしてきたトループ全員が吹き飛んだ。

 素早く動かされた剣の軌道に合わせて、血が円を描くように上がっては散っていった。

 その衝撃波で、周りにいた天使の体にも傷が入る。

「ソンナ馬鹿ナ……。彼ラハ外ニ出ナイノニ……ドウシテ」

「いいから失せなよ」

 もう何体かが消えた。

 ロゼッタの姿がかすんだら、あちこちで血が噴き上がるのだ。

「ボクに喧嘩売ったんでしょ? じゃあ高値で買ってやるよ、せいぜい後悔すればいい」

 最後に残った六期に向かって、ゆっくりと歩いていく。

「ヒッ……」

 怯えたトループは、ロゼッタの左足を折った。どうやらこいつは遠隔攻撃も使えるらしい。

 激痛が走ると同時に、体が傾く。地面を踏むことができない左足から崩れていく——その前に、剣を地面に突き刺して支えとする。

「…………ねぇ、折らないでくれる? ボクにはしなきゃいけないことがたくさんあるのに、何様のつもり?」

 出血も痛みも激しいのに、ロゼッタは目の前の堕天使を嬲れるだけ嬲ることにした。

 六期なんてレギオン以外ではほとんど合わない。そのレギオンでさえもあまり見られない。本当なら最初から楽しみたかったがもう済んだことだ。

 まずトループを力一杯押し倒す。その上に右足をのせて、重点的に体重をかけた。

 ロゼッタは激しく揺れ動くその青い目を睥睨しながら、もう一本剣を出してトループの羽を斬り落とす。

 羽に“夢”が変形した血は溜まらないのか、血は出ずにくすんだ色の羽根だけが散った。

 すぐに消えてしまわないように、あえて傷は浅めに付ける。それでも充分痛いはずだ。

「運が悪かったねお前。最後に残ったのがいけなかったんだよ。最初っから殺されとけば、こんな痛み味あわなくてよかったのにさ。……まぁボクとしてはいたぶるモノができて嬉しいんだけど」

 手が斬れてしまうのも厭わず、ロゼッタは刃を握って剣の柄をトループの左足に叩き込んだ。さっきのお返しだ。鎧が割れ、トループの足が奇妙な方向に折れ曲がる。

「アダッ、アアアアアアアアアアァァァァアッ」

「うるさい、黙らないと舌から引っこ抜いていくよ」

 今度はトループの上腕部を削ぎ取る。血があふれて地面が紅く染まる。

「ねぇ、あんたトループでしょ? 六期なんでしょ? なら闘いなよ」

 トループは歯を食いしばって、よく分からない武器に手を伸ばした。尖った金属の塊がロゼッタめがけて一直線に飛んでくる。それをロゼッタは、嘲笑を浮かべた余裕綽々の表情で眺める――。

 バンッ、ガキィイン。

 発砲音がして、目前に迫っていた金属が吹きとんだ。

 もはや原色をとどめていない・・・・・・・・・・・目で、ロゼッタは撃った人を見た。

「……ミキ?」

 問いかける間も容赦無く堕天使を切り刻んでいく。

 息を切らしたミキは、一丁のリボルバーをかまえていた。急いで走ってきたのだろうか、髪も服も乱れている。

「……はっ、はぁ。……おいロゼ、そこまでするな。もうやめろ」

「……。分かった、もうやめる……」

 ロゼッタは、グチャグチャになったトループの腹部に剣を深々と射込んだ。

 本日何度目かの返り血のシャワーを浴びる。

 改めて周囲を見回せば、辺り一面真っ赤になっていた。

 ミキが駆け寄ってきて、ロゼッタの頬についた血を拭ってくれた。

「切れてる……。また包帯巻かないと、な……」

 “夢”を持ち主に送る間に、ミキが手当してくれた。

 顔の左半分にはガーゼの上に包帯を巻き、他の所も同じようにする。ただ左足は、下手すると大事をとるので固定するだけにした。

「……皆はどーしたの?」

 ミキに背負われて聞く。左足が動かないなら歩くなと言われたのだ。

「ん……? あぁ、お前がクレープ捨てた広場で待ってるよ」

「アハハッ、そーなんだぁ。……じゃあミキを助けたのはルーシーなんだね」

「俺だけだとロゼの居場所は分からないからね……。見えはするけどな(・・・・・・・・)

「そっかぁ……。じゃあレインはどーなった?」


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