5 KING OF SPADE〜スペードのキング〜(1)
ゴッドハンターに日々の修練は欠いてはいけないものの内の一つだ。
昼食後、ロゼッタ達はいつものように修練場にいた。
横から飛んできた弾丸をはじき落として、攻めに入る。
「こらぁ、ミキー? なーんで骨折が治ったばかりの君がここにいるのぉ?」
跳躍しそうになった足を止めて、向けられた銃口に呆れた目を向ける。
「……リハビリだ」
「リハビリはここでするもんじゃあないの、医務室に行きなよぉ医務室に」
「いいんだよ、片手でもできるから」
「良くないから言ってるんだよぉ」
ミキは渋々と武器を片付けた。
シャンデットが来たので、彼とレインを手合わせさせる。ロゼッタは観戦しつつ、サポーターから朝渡された紙を読んだ。
隣に腰掛けたミキも同じ内容の紙を読んでいる。
「これが今日のか」
「うん、そう。後でサポーターに聞かないとね」
「それぐらいいいだろ。それにロゼ、お前はどっちだって人の話聞かないし」
「……まぁそうだけどね」
顔を上げて、シャンデットとレインを見る。
大きな銃器を担いで走り回るシャンデットも、それを追いかけて時々発砲される弾を避けるレインも大変そうだ。
そろそろ日々の疲れが出てきたのか、ストレスなのか、レインの顔色はあまり良くない。
頃合いだ、ちょうどいい。
「ね〜、今日皆で街に行こうよ」
「……そうだな」
「わぁっ、珍しー! ミキが許可してくれたぁ」
「は!? いやいつもそうだろ……」
「え〜、いつもじゃあないよーっ。だってミキ過保護なんだからさぁー」
「こらロゼじゃれるな」
◆◆◆ † ◆◆◆
ハンターは意外と暇人だ。
任務がない日の方が多い。そういう日はどこかでアルバイトだとか、年に数回ほぼ全員でサーカスとかをするのだが、基本的に暇を持て余している。
子供は普通の学校でするような勉強をすることもあるが、大抵の人はしたがらない。
そういうことでハンター達は、普段は修練や個人の趣味を各々楽しんでいる。
「なんか……久しぶりに出たな」
部屋は地上にあるが、一日の半分以上を地下で過ごしているため、太陽が眩しい。
目の上に手をかざして、シャンデットが言った。
「そ〜だねー、眩しいやぁ」
「僕もしばらく外出てなかったんで」
「俺はこの間里帰りしたばっかりだ」
門を出る前に、保護の力をなくす薬を飲む。
怪しい色をしたそれを飲むのには勇気がいる。ロゼッタはここに入ってから何百回と飲んできたので、いい加減馴れてきた。
隣でレインが盛大にむせている。
「ゲホ……ッ、ガハッ……!」
色だけでなく味も相当にいけない薬だ。
クールなミキは何も言わずに飲んでいた。シャンデットはびんの中身を一気に飲み込んで、ルーシーはあからさまに顔を歪めてちまちま飲んでいる。
「何回飲んでもこれ……、なんか魔女がグロい物煮込んで作った薬にしか感じられないんだけど」
顔をしかめてシャンデットが言った。顔色が悪い。
「グロい物って、蛙とかぁ?」
「んあ? 眼玉とかそういうの想像したけど」
ルーシーが顔を青ざめさせるようなグロい物について喋りながら、一行は門をくぐった。
閉ざされた世界に生きる者にとって、世界は鮮やかなものになる。
昔誰かに言われた言葉を思い出した。
「……刺激的ですよね」
流行は止まることを知らない。
つい先日出かけたばかりのミキでも、街のスピードにはついていけれないようだ。
残暑の辛いこの時期はあちこちの店が売りつくしセールを行うので、道はひどく混んでいた。
「う〜ん、ボクらはさぁ、一般人として生きていけれないからね〜。外に出るのにも辛いことしなきゃいけないしー」
「……ロゼッタは流行なんか気にしてないだろ」
今日もまた白黒のワンピースを着ているロゼッタに向かって、ミキがそう言った。
「ね、ロゼちゃん……。私たち向こうのお店見てきていいかな?」
ルーシーはフランスの富豪だ。中世に貴族だったのだという。そのせいもあってか、ルーシーは乙女系の物に異常な興味を示す。さすがに街中でドレスなんて着はしないが、かわいいもの、綺麗なものなどは大好きらしい。
それにルーシーは内気なので自ら進んで外に出ようとしない。
苦笑しながらロゼッタは許可を出す。
久しぶりに見たルーシーの笑顔に殺意を覚えつつも、シャンデットとルーシーを見送った。
「あの、イリンドームさん? なんでヘネシアさんみたいなハートだった人がいるんですか? スペードに」
「レインも苦手なんだぁ……、ふぅん。ボクは反対したんだけどね、シャンデットを引き抜いたらおまけで付いてきちゃったんだ〜」
「い、いえ……嫌いってわけじゃ……。そうなんですか……」
反対側の通りを三人の男子が歩いている。
レインの視線を追って見ると彼らが目に入った。よくよく見てみると、三人共がお洒落な制服を着ている。彼らは胡蝶学園の生徒らしい。
しかもレインの知り合いらしい。一人がこっちをじっと見ているのだ。
「おーい! レーイーンーッ」
数秒凝視した結果、その男子はロゼッタの隣の少年をレインだと確信したみたいだ。
たまたま車が走ってなかったのをいいことに、胡蝶学園の生徒がこっちに渡ってきた。
「久しぶりだなーおい」
「……あぁ、久しぶり」
どうでもいいことは忘れる性質なので詳しくは分からないが、レインが本部に侵入してからかれこれ二ヶ月は経っているはずだ。
つまりレインは、お別れすらできなかった元級友達と二ヶ月ぶりに話すことになるのだ。
「お前リュンヌに引き抜かれたんだよな?」
「ま、まぁ」
「ズルいぞー。お前お別れぐらいしていけよー」
明るい少年達は責めることなくレインに話しかけている。
レインにとって今心から語り合えるのはこの人達しかいないかもしれない。積もる話もあるだろう。けれど…………。
「ボク達は向こうに行った方がい〜のかなぁ?」
楽しそうに話すレインを見て、ロゼッタはミキにそう問いかけた。
「さぁな。でも俺達は部外者だからな……」
「あっ、そこの人ってリュンヌの生徒?」
少年達の好奇の目が向けられた。
「うん」
「へぇ〜、レイン、お前こんな可愛い子と一緒なのかー……。いろんな意味でズルいね」
「いやいや。うちのミス胡蝶のエルフリアの方が美人だから」
純粋に青春している中学生は恋愛ごとが好きなのだろうか。
付き合うのは中学生からでは早いと思うが、この年頃だと想い人ぐらいできるみたいだ。もっとも、そういうことに関心のないロゼッタには分からないのだが。
「えー、そうか? 俺はこっちの……」
見知らぬ人に名乗るつもりはない。
もう会う機会がなさそうな人に自己紹介しても、お互いに忘れ合うだけなのだ。自己紹介は所詮ただの社交礼儀。そうロゼッタは考えている。
「……ごめん、俺、君の名前分かんない」
「知らなくていいんだよぉ」
何でわざわざ聞かれないといけないのだろう。答える筋合いなんかないのだ。
今どきの現代人はディスコミュニケーションの状態に陥っておけばいい。
「レイン、四時にはここで待ち合わせね〜。ルーシー達見たら伝えておいて。好きに行動しといていいよー」
ミキの手を握って歩き出す。
「あっ、イリンドームさん……」
呼び止められた。が、気にしないで歩く。
聞くよりも自分の目で確かめて欲しい。
ミキは何も言わなかった。
「ロゼッタ。……なんで笑ってるんだよ」
「ッアハハ!」
手に持ったクレープが落ちそうになって、慌ててミキが手を伸ばした。
「そのままベチャッてなっちゃえば面白いのにぃ」
笑顔で言う。そしてミキが差し出してきたクレープを齧った。
「俺にとっては面白くないんだけどな。あと自分で食べろ」
「えー、つまんなーい」
ロゼッタは口のまわりについたクリームを指で拭って、そのままそれを舐めた。
「つまんないって……。ロゼはどんな展開を期待してるんだよ……」
「ちょっとー。ボクはそーんな下心なんか持ってないんだからね。それはミキがよく知ってるでしょお?」
「なぁ、どんな意味でとったらそうなるんだ? 卑猥な意味でとるな。 そしてロゼは何でさっきから笑ってんだよ」
「んー?」
目の前を二人の少女が通った。
一瞬だけロゼッタと目があって、一人が隣の子に話しかけ、二人はもう一度こっちを向いた。しかしその視線の先はロゼッタではない。
「アハッ、キャハハッ」
「だから何で」
ミキは不服そうだ。
街中で眼帯は目立つので、漆黒のそれを前髪で隠している。医療用のものにすればもっと楽に隠せるのにと思う。
……まぁ確かに隻眼似合うし元がかっこいいからねー。
ロゼッタはクレープの端っこを齧りながら、さっきの少女達の表情を思い返した。
「だって罪でしょー?」
「はい?」
「この二枚目男児」
ロゼッタはくすくすと笑いながら言った。
格好よくて周囲からの視線を集めているのに、全然気付かないのは罪だ。ということを、カトリーヌ情報処理長が言っていた。
「あのさ、俺そういうの興味ないから無視しているだけなんだけど……」
「アハハッ。……え〜、そうなのぉ?」
「…………」
黙られた。
「分かってるよー。ちょっとからかっただけ。言ってほしいんだけどなぁ。あれ名台詞だからさぁ」
「……もう言わないからな」
羞恥の色に染まったミキは可愛い。
クレープの最後の一口を食べ終えると、ミキは立ち上がった。トイレ、だそうだ。
「嘘つきぃ」
ミキの体がこわばった。
長い間見てきたので、ちょっとした動作や言動で気持ちが分かるようになったのだ。
怒りはしない。ミキは昔からそうだから、今さら何とも思わない。
「……ロゼには負けるよ」
「それはどーも。あんまり無茶はしないでね」
ミキは頷いて、歩いていった。人混みにまぎれて、すぐにその姿は見えなくなった。
「これでボクも仕事ができる」
さっきから第六感がはたらいて落ち着かなかった。“夢の核”もうずいて痛い程だ。
感じ馴れた気配に、ロゼッタは冷笑を浮かべる。
遠くてよく分からないが、数はざっと二十体前後だろう。多くても三十体ぐらいだ。それ以上はないはずだと思う。
これならすぐに終わるはずだ。
ロゼッタはまだ残っているクレープを捨てて、その場から離れた。
無惨に潰された生地から中身のクリームや果実が飛び出しているクレープだけが、後に残された。




