4 AFTER EVENT〜その後で〜(4)
「あれ、それそんなに気に入りました? その靴」
「うん! 馴れないけど動きやすいよー」
今日は休日だ。
ここは一人一人に部屋が与えられる全寮制の学校のようなところだ。それで皆ここで暮らしているが、休日ぐらいは家族に会いにいく人が多い。また休日とだけあって、進んで仕事をしようとする人もいない。
だから修練場にはレインとロゼッタしかいないのだ。
「イリンドームさんは帰らないんですか?」
ロゼッタはしばらくの間天井を見上げて、何も言わなかった。
「……ここがね、ボクの家だよ。お父さんとお母さんは死んじゃったんだってー。ボクがとーても小さいときに死んだから、二人のこと全然覚えてなくて、悲しくもなんないけど」
「…………」
「でね、ボクはとある孤児院に引き取られたんだ〜。すっごく大変だったし、普通の子供からもいじめられてたけどね、それなりに楽しかったよぉ。でもね、この世に永遠の幸せだーなんてないから、存在しないからさぁ。ボクには、同じ院のアネッタっていう赤毛の友だちがいたのー。その子はトループのせいで死んだよ」
修練場の端に腰掛けて、足をぶらぶらと揺らしながら喋り続ける。
この話は、生まれて初めてできた唯一無二の親友の悲劇は、一度口を開いたら止まらない。せき止められていた水が一気に溢れ出すように、話しかけられない限り話さない過去を外に出す。
全部全部、消えてなくなっちゃえばいいのに。
そう思いながらも、話す。
「ボクのいた院には、よく金持ちが来たよ。いわゆる養子を探すためにね〜。そーだなー、週に一回ぐらいの割合で来てたかなぁ。連れて行かれた子達は、一年ぐらいしてから心をなくした状態で、町中で発見されたの。あそこはトループの餌箱だったんだよね〜」
レインは何も言わない。
「ある日、真っ赤な目をした男が来てね。そいつがアネッタを連れて行ったんだ。ボクはまだトループの存在も、奴らがしていることも知らなかったよ。ただ単に、アネッタにお別れがしたくて、彼らについて行ったの〜。今は公園になってるんだけど、ボクらはある廃墟に着いたんだ。そこでボクは終わりを見たよ……人の最期と、ボクが嫌っていて、そして信じて見てきた世界の終わり、かな」
始めの文を思い出したようで、レインははっとしたように顔を上げた。
目が赤いのは、七期のトループ。
「そうそう、そうなんだよねー。アネッタが暴れるから、七期のトループは怒って勢い余って、ボクの友だちを殺したんだー。そいつは何と言うのかな、鎌みたいな武器でアネッタをすぱっと——真っ二つに斬ったの〜。血はすごいでるし、内蔵とかも出てきたし……。後ろにいたボクは全身血を浴びたよ。……すっごく酷い言葉だけど、気持ち悪かった。
ショックだったからかなぁ。ボクはそこからしばらくの記憶がないのー。でも気付いたらベチャベチャになったアネッタだけどもうアネッタに見えないの死体の横で、見たこともない血まみれの剣を持って、全身血と覚えがないのに傷だらけになって座ってたよぉ。そしてね、目の前に知らない十代の人が呆然と突っ立っててね。右目に眼帯をしていたそいつは、ボクを見てすっご〜い驚いたんだって!」
「ユリニアさん……」
「そう、ミキ! ミキにここに連れてこられてから、ボクはずーっとここにいるのぉ。だからここがボクの家!」
どう反応したらいいのか分からないのか、レインは頷いただけだった。
その方がこちらとしてはありがたい。同情されるのは嫌いだ。こっちが曖昧にしか覚えてないことにそうされるのは、こっちが困るだけだ。
話し終えたところだし、もう始めようかな〜。
そう思って、ポケットから一つの石を取り出す。
小さくて、きらめく黒の石。それは、ロゼッタがレインから取った彼の“夢の核”だ。
剣の扱いが上手くなってきたので、そろそろシンクロの練習をさせた方がいいと、上から言われたのだ。
シンクロというのは、“夢の核”の石を武器化することだ。自分の石——言ってしまえば自分自身なのだが、それでもそう簡単にできるものではない。
元々この世界に存在しない物を引っ張り出し、思い通りに扱う。それはとても大変なことなのだ。
心が健全でなければシンクロはできない。心が弱ければもろい物と化し、強ければその逆だ。“夢”は自分の心なのだから。
素人にとってはトループ狩りよりもこっちの方がキツい。
そのことを説明して、レインに石を返す。
「……で、そのシンクロっていうのはどうやってしたらいいんですか?」
「レインが望めばそうなるよ。それはレインの一部なんだから、本体の言うことは聞くよぉ?」
レインは訝しりながらも、石を握った。やがて、石は弱々しい光を放って、剣へと形を変えた。
少し驚いて、ロゼッタは立ち上がった。
「へぇ……びっくり。まさか初心者が、一回目でここまでできるなんてさぁ」
レインは自分の剣をまじまじと見ている。
ロゼッタは手を伸ばして、レインの剣に触った。ちゃんとした金属の触感だ。が、強度は分からない。
「ちょーっとそこの柱、切ってきてよ〜」
初心者がシンクロ練習をするときに使う、七つならんだ鉄柱を指さした。
一番右のが最ももろいので、それを切るようにと付け加えた。
「これですか」
「それだよぉ」
レインは剣を一気に振り下ろした。
耳に痛い金属音はせず、呆れる程あっさりと鉄柱はスパッと切られた。切り口にでこぼこはなく、綺麗に切断されてる。
レインの剣の振り方に違和感を覚えつつも、唖然とする。
「……左端の、切ってくれるかな〜?」
左へ向けて鉄柱の強度はどんどん高くなっていく。つまり一番左端の柱は、最も固いものなのだ。
ポケットから小さなサイコロのようなものを取り出し、ロゼッタはそれを歩くレインに向けた。
少年がさっきと同じ様に剣を振るのを、自分の目の高さと同じ位置からそれに見せる。
レインは一般の素人では切れない柱を、いともあっさりと切った。
転がった柱の欠片を呆然と見ながら、レインに問いかける。
「……ねぇレイン。レインは、本当にゴッドハンターの訓練を以前に受けたことはないんだよね〜?」
「ありませんよ。だいたい、僕は神狩りなんて存在知りませんでしたし」
「そぉ。……びっくりだなぁ。これ、普通の素人じゃあ切れないものなんだよ〜? まぁそれだけ意志、っていうか心が強いことなんだろうけどね」
何かが引っかかるが、放っておくことにした。
今日もミキはいない。
自分とは違い、ミキには家族がいるのだ。帰るべきところもある。少なくとも、両親の墓はある。
親の顔も名前も知らないし、墓があるかどうかさえ分からないロゼッタとは大違いだ。
ミキがいないということは、今日レインに剣術を教えるのは自分だということになる。
「それじゃあレイン、その剣で組み手やろ〜」
サイコロのような形のものをポケットに納めて、ロゼッタは自分の武器を復元した。
「え、あぁ分かりました……けど、これ本物の刃でしょう? やっていいんですか? イリンドームさんが怪我するし……」
構えはせず、ブンブンと適当に剣を振り回して遊ぶ。
「あー、ハハッ。久しぶりだな〜。ボクを刃で傷つけたらどーしよーって思う人〜。ボクとミキの組み手、見たことあるでしょ? あのときね、ミキは本物使ってたけどさぁ、ボクは平気だったよぉ」
「……準備オーケイです」
「じゃあ、いくね?」
だいぶ手加減した力を出して、レインに向かった。
その直後にとんだ剣がどちらのものかは、言うまでもなく。
◆◆◆ † ◆◆◆
その日の午後に良い知らせがあった。
エリックからの指示で、レインをとある部屋に連れていく。
クリスタルのケースが壁、天井、床を隙間なく埋めているので、ロゼッタ達はここを“クリスタルの間”と呼んでいる。
全てのケースに、各部隊の象徴物とコインが入っていた。
「何ですかここ」
「黙って人の言うこと聞いとけばいーのー」
床の中央にあるケースには、精緻に作られた、大きいルーレット板のような物が入れてある。
中心から時計についているような針がのび、一番中心に近い円に彫られてあるマークの一つを指していた。
周りに細かい模様を彫り込まれたそのマークは、スペードだった。
その反対側にハート、右横にクラブ、左にはダイヤが同じようにして彫られたった。
そしてトランプマークの回りの円には、様々なマークが大きい物から並べられてある。
黄身がかったそのガラスらしきルーレット板をみながら、レインに口をはさまれる前に説明する。
「これはね、ゴッドハンター内部の部隊の関係を示すものなんだよー。数年間に一度、必ずどれかの円が回るようになっているの〜。
中心の一番大きな円にあるのが四大部隊だよ。ボクのスペード、そしてダイヤとハートとクラブ。代によってどこがやるかは変わるけど、アリス討伐はぜーったいに四つの内どれかがやるの。今代がスペードなだけぇ。針に指されてあるでしょ? それで示すんだってー。
うーん……、先代は確かダイヤだったかなぁ。ハートはあまりにも雑魚すぎるから、ここ数世紀はしてないらしいねー。クラブは先々代でやったら酷いことになっちゃったからね〜、しばらくは回んないと思うけど」
「へぇ、そうなんですか。じゃあ回りの小さいのは」
「ボクらの下につく小〜さな部隊だよ。トループ専門隊って言うの? どちらかというとサポーターの集まりに近いかなぁ」
今度は左側の壁を説明した。こっちの壁のケースには、大きめの部隊の象徴物などが入っているのだ。
ロゼッタはその中の一際大きいケースを開けた。
中にはスペードのトランプとジョーカーが一枚、平らな箱、ルーレット板にあったのと同じものが彫り込まれた置物が入っていた。ビロードの箱には十二のくぼみと二枚のコインがあった。
「……これは、イリンドームさんの隊のですか?」
「そぉ。そしてレインの隊のものだよぉ」
「……はい?」
ポケットから一枚の紙を取り出して、読み上げる。
『入隊認定書
ここに、レイン・ディアナイトを本日よりロゼッタ・イリンドーム率いるスペード部隊の一員と認めることを証す。
貴殿にゴッドハンターを名乗ることのできる資格をここに与える。誠意を尽くして任務をこなし、ゴッドハンターとしてすべきことをすることを同時に命じる。
また、本日より貴殿にはゴッドハンターの行使できる権を与える。濫用し、ハンターとしての権威を汚すことがないように。
また貴殿は、スペードのKとしてジョーカー、又その他の仲間を支えていくことをここに義務づける。
本部司令長 エリック・ヴェルスカーノ 』
良い知らせというのはこれのことだ。
今日からレインもゴッドハンターになれる。これで外に出られるようになったし、まだまだ修練しないといけないがトループを狩ることも許された。
「え……。あの、そんな簡単になれるものなんですか」
ロゼッタはいたずらっぽく笑って、ポケットから四角いサイコロのようなものをだした。先程のレインのシンクロの様子のときに出したものと同じものだ。
「これ、盗撮機。さっきのレインの活躍をばっちり撮らせていただきましたよぉ」
「……プライバシー」
「そーゆーのはい〜の。放っとけばいつか消えるって〜」
認定書をレインに渡して、盗撮機を片付けた。
ケースに手を伸ばして、ロゼッタはトランプを広げてみせた。
スペードが描かれた十三枚のカードには、それぞれ人の名前が書いてある。説明がついているのもあった。だが、Kだけは空白だった。
『Q.シャオメイ・リー
J.ミキ・ユリニア
10.ユーリュナン・ジャッチメンティーア ダイヤ7から異動
9.シャンデット・チェッカー クラブJから異動
8.ルーシー・ヘネシア ハートQから異動
7.カイン・メリィソート 予備隊
6.レポフィーヌ・カッターロ 予備隊
5.ララ・ワテリアン 予備隊
4.ハイド・キシュート サポーター
3.ラベンダー・トリルネット サポーター
2.ノーコイト・ブラッシス サポーター
A.アルト・ラセレ=ツイン・ノアブレード サポーターオブアリスハンター』
「なんか、Aの人かなり長いですね、名前」
ロゼッタの顔が曇った。
「うー……ん。こいつがいないと、ボクはアリス倒せないんだけどねー。ボクはまだこの人見たことないんだよね。っていうか、まだここに入ってきてないのお……」
アリスは一人では倒せない。
通常のゴッドハンターよりも上級の能力を持つアリスハンターのためのサポーターがいないと駄目らしい。サポーターと言ってもこの場合はハンターのことを指す。
アリスハンターやそのサポーターは、先代がアリス討伐に失敗したとき、または挫折したときなどに決める。
預言者や予知能力者が決めるので、たまにハズレのときや指名された人がもう死んでいる場合もある。
アルト・ラセレ=ツイン・ノアブレードという人はどうなのだろうか。
もし死んでいたら、史上最強の姫と詠われてきた自分は聖戦を終わらせることができない。
できることなら今代で終わらせたいのだ。こんないかれた世界なんてものを。
……でもこの名前、どっかで見たことあるんだよねぇ。
そんなことを思っていると、レインがジョーカーのトランプを勝手に見ていた。
『Joker.ロゼッタ・イリンドーム』
「ジョーカーは切り札でしょ〜? そして終わりでもある。だからね、アリスハンターのボクがジョーカー。カラフルなジョーカーはアリスって書かれてるよー」
「そうなんですか」
「そして、これ」
番号とマークしか書かれていない空白のスペードを指にはさんで持ち上げる。
「スペードのK。これがレインの役割だよぉ」
K、Q、J、そして——。これらは部隊の中でも上位にあたる役だ。
一度決まったら、格下げも格上げもできない。できないこともないが、アリス討伐部隊編成のときしかされないのだ。自分の役を投げ出すこともできない。これ以上無理だと自他共に理解したとき以外は。異動するには、本人と他者十名の同意がいる。
「え、じゃあこれに名前書けばいいんですか?」
「うん。でもね、一度変えたら引き返せないよ〜? 本当に、ゴッドハンターになりたいのぉ?」
レインは黙ってカードを見つめた。
何を考えているかはだいたい分かる。アーサーを傷つけたんだからトループは許さないだとか、そんなところだろう。
「はい」
しばらくして、レインは返事をした。
彼の目はしっかりとこちらを向いている。とても意志が強そうだった。
「そう。それじゃあ、名前書いて」
あらかじめ用意していたボールペンを差し出して、名前を記入してもらう。
黒いインクで筆記体の名前が綴られていくのを、ロゼッタは黙って見守った。
「よ〜し、これで契約完了!」
トランプを元のように並び直し、上質のリボンでまとめた。
後はコインだけだ。
「それとね、レイン。ボクらはゴッドハンターの証のコインを持たないといけないの〜。それが無いと外にも出られないし中にも入れないんだよ。そこにあるのが、レインのコインだよぉ」
トランプを片付けるついでに、それを取り出した。
これも細かく作られている。複雑な十字架にわずかにかかったスペードとキングを表すKの字。
ふちにはちゃんとレインの名前が彫られてあった。エリックがレインを任命すると発表した直後にサポーターがやったのだ。本部の人達は仕事がはやくて良い。
「これを持っておくことー。そーだね〜、いちいち財布から取り出すのがめんどうだったらペンダントとかにすればいいよぉ。ボクはそうしてる。シャオメイみたいにチョーカーにするのも良いんじゃないかな〜。……ま、着ける勇気があるなら、ね? 髪飾りにするのはルーシーの馬鹿だけだからやめた方がいいよ。ミキはハンドリストにしてるよ〜」
ロゼッタは服の下から鎖を引っ張り出した。
悪魔よけの効果があるといわれる銀のチェーンの先についているのは、同じく銀のコインだ。
ただし装飾がレインのと少し違っていた。スペードが黒水晶で作られていて、十字架には彫り込まれた茨が絡み付いているのだ。
「これがボクの〜。サポーターに言えばやってくれるよー」
「分かりました、ありがとうございます」
レインはコインを受け取って、礼を言った。
◆◆◆ † ◆◆◆
ゴッドハンターの新入りは毎日くるものではない。
サブジュ=ゲイトの子孫を見つけるのは骨の折れる仕事だし、仮に見つかったとしても途中で没になる人も当然いる。そんなわけで一年に三人程度来れば多い方だ。
そういう事情もあり、新入りというか、新入りが正式に入隊すると皆で盛り上がることが多い。いわゆる立食パーティーのようなものをするのだ。
休日を楽しんでいた人達は七時までには戻ってきたので、さっそく始めることになった。
食堂で働くサポーター、つまりはコックが腕を振るって豪華な料理を作ってくれた。ゴッドハンターの教団には国からの支援や、その他の仕事をしているためかなりの財産がある。そのおかげで良いものが食べられるのだ。
「へぇ、レインって言うんだ。よろしくね」
普段は本部にいないという予備隊の人達にあいさつを済まして、会場を歩き回る。
「来てないのはユーリと、アジア支部のシャオメイかなぁ……。アルトは元々いないしね。あっ、ノーコイト!」
隣を歩いていたロゼッタは、前方の青年に呼びかけた。
「お久しぶりですね、イリンドーム様。するとそちらの少年は新隊員のディアナイトさんですか」
「うん、そうだよぉ。レイン、この人はサポーターのノーコイト・ブラッシス」
「初めまして。レイン・ディアナイトです。よろしくお願いします」
礼儀正しくあいさつを交わして別れる。
レインは溜息を吐いた。
人多過ぎだろここ……。もう二十人ちょっとには挨拶したぞ……?
そんなことを思いながらも、通りすがったエリックに頭を下げる。
「あっ、見て見てぇ。この間のカッコイ〜人だぁ」
耳にベタつく声に顔をしかめる。
うざい。
そもそも何でこんな人達がこんなところにいるのか不思議で仕方がない。しかもこの間一人の手を乱暴に払いのけたはずだ。どうしてまだ馴れ馴れしく声をかけてくるのだろか。
「わぁ、ホントだわ〜。確かレイン・ディアナイトーっていう名前だったかしらぁ。名前もかっこいいよねーっ!」
「今代のジョーカーとか言う奴にぃ、あーんなかっこいい人はいらないわよねー」
いや、お前らの方がいらないから。
呟きたくなったのを無理にこらえて、彼女達——ハートの人達を見た。
白と黒のモノクロトーンのロゼッタとは正反対に、彼女達はピンクと白を基本とした服を来ていた。見るだけで目に毒なぐらいに甘い印象を受ける。
最近ではロゼッタに嫌悪感を覚えることが少なくなってきて、彼女達の方が自分の感性に反し過ぎていると気付いた。
「ねぇ、フールはどこぉ? もしかしてそこのミイラさん?」
同じように語尾を伸ばしているのに、印象が違う。粘ついていない。ぶりっ子ぶっていないからだろう。
ロゼッタに殺されかけたらしいフローラは、体のあちこちに包帯を巻いている。
「フールじゃあないっ、フローラよ!」
「黙れそこの似非淑女ぉ」
くすくすと笑いながら、ロゼッタは言い放った。
レインは口出しせずに眺めることにした。傍観者が一番楽だ。
「だいたいねー、あんたおかしいのよ。口で言っただけなのに手を出してくるなんてサイッテー。ひっどーい。しかもサポーターさんがわざわざ取ってきてくれたハイヒール壊すなんてねー」
背筋に悪寒が走った。
フローラの言い方にではない。隣のロゼッタから吹き出した殺気のせいだ。顔が笑っているがそれが逆に怖い。
「そうだよねフローラ。あのチビ、自分で靴壊したのに八つ当たりしてきたんでしょー?」
売られた喧嘩は必ず買うというのがモットーのロゼッタの腕を掴んで引き止める。別にミューラが怪我しようとしまいがどうでもいいのだが、彼女達は食器を持っている。投げられて関係ない人に当たったら大変だ。
「ちょっとレイン、止めないでよねー」
「やめてくださいよ、パーティーで喧嘩なんて……」
「いーでしょぉ? ちょっとは華もいるんだよぉ。つまりは血ぃ」
「物騒なこと言わないでくださいね」
不機嫌丸出しの声に淡々と返す。
つまらなそうに舌打ちして、彼女はフローラ達から視線をそらした。
ほっとして、手を離す。
「何、ロゼ。お前また喧嘩しようとしてたのか?」
向こうでシャンデットと話していたミキが来た。連絡を受けて、故郷から急いで戻ってきたのだ。
「やめとけって。ハートの奴らに体力使うなんて無駄だしね。あぁそうだ。ロゼ、お前の好きな林檎出てたよ」
「本当? ありがと〜、ミキ」
テーブルに向かうため、ロゼッタ人混みの中に消えていった。
「ミキさん、どうしてあなたはあんなチビを可愛がったりするの? こっちに来たらいいのに」
「……お前らがロゼを嫌うなら、俺もお前らを嫌うんだよ。それにスペードとハートは、正反対だしな」
それだけを言って、彼はどこかに行ってしまった。
レインは自分の、もらったばかりのコインを眺める。
スペードとハートは正反対。スペードは死の象徴で、ハートは心や心臓をなどを表している。
スペードに入ったなら、アリスのいるエデンの園まで行かないといけないと、イフェンが行っていた。
他の隊よりも任務は少ないが、死ぬ確率は比較にならない程高い。
それでも、進み続けようと思った。