アイギスへの説得
「……毒ガスでないのなら、何だというのですか?」
アイギスはオーバークロックに問う。
「警察の資料を見る限りでは、不明とのことにございます。外傷もなく、遺体からも現場からも一切の毒物は検出されなかったそうです。被害者はまるで全員が急性の心臓発作を起こしたかのように死んでいたと」
「なら、アルカロイドが検出できないような毒を作ったのでは?」
「いやいや、私は人間が知っている薬品しか作れないよ。仮に未知の物質すら作れるんだったら、この魔法をもっと色々なことに使っている」
「そんなの……所詮は自己申告です」
アイギスは弱々しく言った。元より、アルカロイドを疑う根拠には不確かな部分がいくらかあった。オーバークロックの説明によって、その根拠はさらに揺らいでいる。
「それを言われたらどうしようもないね。彼女の言葉にも証拠はないんだし」
「ええ、確かに。わたくしが本当のことを言っていると証明する手段はありませんね」
「オーバークロックとアルカロイドが結託して、私を騙そうとしているだけでは?」
「今初めて会ったんだけどねぇ」
「そうでないと証明するのは不可能にございますね」
やっていないことを証明するのは基本的に不可能だ。その方向で議論するのは建設的とはいえない。
「あ、あの……ちょっといいかな?」
アシェンプテルはおずおずと議論に加わった。議論が行き詰まっていたので、拒絶する者はいなかった。
「結局、事件に巻き込まれた人たちは、どうやって死んだの? 真相がわかればアイギスも納得してくれると思う」
「それはそうですが……」
「オーバークロック、どうなの?」
「わたくしが調べた限りでは、やはり第二地下鉄サリン事件には魔法が使われたと言わざるを得ません。しかしそれは、毒ガスを作る魔法などではなく、もっと直接的に命を奪う魔法です。そのような魔法が使える者の正体は、まるで不明でございますが」
「命を奪う魔法……。そんなものが実在するのなら、かなりの脅威ですね」
「私もオーバークロックの言う通りだと思う。私たちは魔法を知っている。魔法が使われたと考える方が自然だよ」
――肝心の犯人がわからないんじゃ、解決したとは言えないけど。でも今はアイギスを説得しないと。
アシェンプテルの目的は、アイギスの怒りの矛先をアルカロイドから逸らすことであった。正直なところ、第二地下鉄サリン事件の真相を究明することに興味はない。
「どうかな、アイギス? 毒物が使われてないなら、アルカロイドが犯人だって可能性は消えるんじゃないかな?」
「…………わかりました。アルカロイドが犯人だという疑いは撤回します。アルカロイド、勝手に疑って申し訳ありませんでした」
アイギスは丁寧に頭を下げた。アルカロイドの方が面食らってしまった。
「別にいいよ。そもそも私たちは魔法少女を全員殺そうとしてるんだし」
「襲ってきたら容赦はしません。返り討ちにすることも躊躇しません」
「ああ、それでいいよ」
「今回はアイギス様に言われて黙っていたけど、アイギス様に手を出すのなら、容赦なく殺すわ」
アリアドネはアルカロイドとマジカルバレットを睨みつけた。アルカロイドは苦笑いで応えた。
〇
「それにしても、急に現れて、お前は何が目的?」
エリクシルはオーバークロックに鉈の切っ先を向けながら問いかけた。アイギスとアルカロイドを善意で和解させに来ただけとは思えない。
「エリクシル……何でそんな喧嘩腰なの……」
「アシェンプテルを傷つけるような奴なら殺すからよ」
「わたくしの目的なら、簡単です。均衡状態を作ることにございます」
「均衡状態?」
「はい。ツクヨミとクラミツハという双子の魔法少女が現在、他の3人と共に、合計5人で徒党を組んでございます。今のところ最大勢力と言えるでしょう。こんなところで皆様方に消耗されては困るのです」
「そう」
「アタシとアルカロイドは、こいつらと仲間になったりはしねぇよ?」
「そうだとしても、アイギスさんが余計なことに気を取られず、自衛に専念できるようになります。それに、アシェンプテルさんもアイギスさんと心置きなく同盟が結べるでしょう?」
「うん。そうだね」
アシェンプテル・エリクシル・アイギス・アリアドネ・セラフ、この5人がチームを組んでツクヨミのチームに対抗することを、オーバークロックは望んでいるらしい。
「アタシたちはどうとでもなるみてぇな言い方で、ムカつくな」
「申し訳ありませんが、事実でございましょう」
「こいつ……やっぱりこの場で撃ち殺してやろうか!?」
「ほとんど素性を知らぬ方とはいえ、オーバークロックさんを攻撃するのは許しませんよ?」
アイギスはマジカルバレットに釘を刺す。マジカルバレットは舌打ちして引き下がった。
「とにかく、この場に限っては、休戦としましょう。いいですね、皆さん、マジカルバレットとアルカロイド?」
アイギスは全員に呼びかけた。
「はいはい。わかったよ」
「それはありがたい申し出だ。喜んで受けよう」
「それでは、わたくしは失礼させていただきます」
オーバークロックは森の奥に消えた。残る7人の魔法少女たちも解散となる。
だが、誰もが気を緩めた、まさにその瞬間であった。
アイギスの背後から、その胸を、手刀が貫いた。




