第23話・二週目・002号室・朝ごはんは、まだ?
第23話・二週目・002号室・朝ごはんは、まだ?
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――002号室・錬金術師の始祖の街、フラム・古き屋敷の庭――
剣、槍、弩弓――無数の私兵によって周囲が完全に埋め尽くされている。統率の取れた厳重な包囲網が、オレたちの逃げ道を完全に塞いでいた。
だが、オレたちを取り囲んだ不審者――代官の私兵たちは、なぜか包囲したまま互いに警戒し合い、一向に動こうとしない。
「兵士の配置がまるで素人わ。正面から突っ込んでくるような愚か者ほど、始末しやすいものだけど……ですが、妙だわ。こちらを完全に包囲しているというのに、誰一人として踏み込んでこないわね」
アイリスの辛辣な分析の途中で、その奇妙な沈黙が破られた。私兵たちがようやく動き始めたのだ。
兵士たちが左右へと道を開けると、そこに猛烈な勢いを上げて一人の大男が姿を現す。
オレたちの前に現れたのは、浅黒い銅色の肌を露わにし、ごついガントレットをはめた筋肉質の男だった。岩塊のような肩幅の背中には、自分の背丈ほどもある巨大な武器を担いでいる。
「おーい!どけどけ!この鋼腕のゴンツ様に、こんなところでいつまで待たせるつもりだ!」
彼は包囲の中心にいるオレたち一行を眺めると、あからさまに顔をしかめた。
「……なんだ、こりゃ」
ゴンツは頭をポリポリと掻き、退屈そうに鼻を鳴らす。
「女ばっかりじゃねえか。しかも子供までいる。おいおい、聞いてた話と違うぞ!私兵長!」
ゴンツの怒鳴り声に、周囲の兵士たちが慌てて振り返る。
そこへ、全身を黒い外套で包み込んだ男が静かに歩み寄ってきた。
顔は深くフードに隠され、その表情は一切見えない。
兵士たちが道を開けると、男はその不気味な巨漢――ゴンツの隣にピタリと並んで立った。
「……黙って。」
「くっ、仕事は仕事が……!おいー!お前ら、この中に歯ごたえのある強え奴はいるのか?……俺様の目から見たら、手ごたえがあるのはあの周りに武器が浮遊していた金髪のガキと、狼族の獣人戦士がだけが?」
ゴンツが面白くなさそうに毒づいたその時、さらに兵士たちが道を開けた。そこへ、一台の豪華絢爛な馬車がゆっくりと前へ進み出てくる。
これでもかと豪奢な装飾を施された馬車の扉が開き、ついにその主が降り立った――
「あれは、二足で歩む豚?」
「わおー!この世界で豚の亜人も居るのだ!いや、この場合はオークかな!」
「派手な装束で人間を真似しているつもりみたいだけど、その豚の本質までは隠しきれていないわ」
「おかしいな、ティが生きていた昔には、こんな獣人は見かけなかったのだけど……新しい氏族の?」
「いや、あれは僕の領地を不当に奪った代官――プタだ!」
そう、それは何と表現すべきか。肥満し、醜悪に肥え太った腹、脂ぎった肌、肉の埋もれた小さな目。まるで肉丸がそのまま歩いているかのような、豚を思わせる男だった
ネルの言葉とフラムの噂通りなら、あれは愚鈍で好色、そして無能と評判の代官プタ本人であることが判明する。
その装いは気高さや権威を感じさせるどころか、まるで成り上がりの成金が高級素材をただ見せびらかすためだけに仕立てたような、圧倒的に美意識の欠落した代物だった。
「ぷひー、ぷひー……愚か者どもめ!すぐに連れてこいと言ったはずなのに……この高貴なる領主・プタ様に逆らうとは、なんと罪深い……!」
「へいへい……俺様はあくまで護衛だ。文句があるなら、あっちの私兵長であるジャルモンに言ってくれよ」
「……申し訳ございません。」
いや、良く見たら、あれは人?なんか自信ない……
「……なかなか、一番黒い魂、あんなに真っ黒なのは初めて……でも、どうして既に調味されている、の?」
ああ、そいつはもうファティラに狙いされました。これは確実に死ぬかも。
心の中でそんな感想を抱いていると、耳障りで下品な声が周囲の空気を切り裂いた。
「貴様ら! この私の命令に背くとは、いい度胸だな!」
プタはオレたちを指さし、唾を盛大に飛ばしながら怒鳴り散らす。
「聖女を屋敷へ連れてこいと言ったはずだぞ!それを拒絶するとは、いったい何様のつもりだ!」
ファティラが、こてんと小さく首を傾げた。
「……せいじょ?」
「お前だ!そこの白い髪の小娘!……白髪は多いな……その目が紫色の小娘お前だ!」
プタはファティラを指差した。
「治療院で聖女などと呼ばれているそうだな!ならば、この私の屋敷で働くのが当然だろう!ブヒヒッ!」
「……?」
ファティラは自分を指差した。
「わたし、の?」
「そうだ!その身体も、その顔も、すべてこの私のために使わせてやる!光栄に思え!」
――一瞬の沈黙。そして、冷たい風が吹き抜けた。
「正気か、あいつ……」
オレは無言でそっと視線を逸らした。
ファティラから言えば、あの豚野郎の魂は既にカルマ限界突破してドス黒くて。
それなのに、よりによって自分の天敵であるファティラを名指しで狙うとは……これぞまさに純度100%の自殺志望者ではないか。
初雪はまるで万古の謎の前のような、瞬きをした。
アイリスに至っては、怒りを露わにするどころか、わずかに口を開けたまま固まっていた。
「…………」
「アイリス?」
「……いえ」
彼女は額に手を当てた。
「ここまで品性の欠片もない発言をされますと、怒る以前に、何と申し上げればよいのか分かりませんわ。わたくし、今まで様々な無礼者を見てまいりましたけれど……あなたは、その中でも群を抜いておりますわね」
アイリスの冷徹すぎる正論に、プタの顔がトマトのように真っ赤に膨れ上がった――いや、怒りで一段と豚っぽさに磨きがかかったように見える。
そしてプタは下品な笑みを浮かべ、周囲の私兵たちに威圧的な合図を送った。
「ええい、もういい!男は全員その場で叩っ斬れ!女のほうは――まあ大した美人ばかりではないが、あの聖女だけじゃない、全員は生かして連れ帰れ!抵抗するなら手足の骨を折って構らん!このプタ様がたっぷりと可愛がってやるわ。無駄な抵抗はやめるんだな!」
その命令と共に、兵士たちが一斉に殺気立った武器を構え直す。
「ブヒヒヒッ!この私に逆らったことを後悔させてやる!」
それと同時に、密集した足音と金属の擦れ合う不快な音が響き渡り、大勢の気配が一気に押し寄せてくるのを感じた。
「ネル様!無事ですか!」
「その声は、フラムの兵士たちの声だ!僕たちはまだ無事だ!」
「兵士たちよ!我が若君はあの不逞の輩どもの包囲網の中におられる!我に続けーっ!」
考えてみれば当然のことだ。これだけの大人数が街中で大騒ぎを繰り広げているのだから、街の治安を守る衛兵たちが気づかないわけがない。
だが、プタはそのような当たり前の状況判断すら頭から抜け落ちているらしく、一人で勝手にパニックを起こしてわめき散らしている。
ご、護衛ども! ゴンツ! ジャルモン! 私を守れ!」
「まったく、手のかかる骨のない奴め……まあいい、王国の正規兵なら、少しは骨のある喧嘩ができそうじゃねえか!この鋼腕のゴンツ様が相手になってやるよ、かかってきな!」
「……」
どうやら外からの衛兵たちの突撃によって、オレたちを取り囲んでいた私兵たちも一斉に動揺し始めている。
そのおかげで、オレたちはほんのわずかだが呼吸を整える余裕ができた。
「ま・さ・かーー!ボクたちがこんな大立ち回りに巻き込まれるなんて、最高にワクワクする展開なのだ!」
「探偵さんって、侮辱されるも平常運転する鋼のメンタルが持っていますが。今は呑気なこと言ってる場合のに……まぁ、アイリスはどうする?このまま正面突破で切り抜けるか?」
「助手、お前、たまにはいい提案をするじゃないわ!わたくしが戦場でドワーフの千夫長から奪い取ったこの黄金の槌も、すでに戦闘用の魔力を十分に充填し終えているわ。いつでも相手を潰れてしてやるわよ!」
「ティも、戦えるの!」
「僕たちも全力で加勢しますから、いつでも大丈夫です!そうですよね、キャルロ、リーシャ、お姉様!」
どうやら、ここにいる全員の意見が「正面突破」で一致した――その時。
「……もう、いい、の」
ファティラが、ふらりと一歩、前へ出た
「ファティラ、お前は、一体?」
「ごはん、いっぱいに居る、よ?……わたし、今日の朝ごはんはまだ食べてない、よ?」
しまったーー!そう言えば、屋敷に探索したの頃、ファティラは腹が減ったに言ったけ!うっかり忘れた!
彼女は周囲の私兵たちをぼんやりと見渡し、その視線をほんの一瞬だけゴンツで止めた。
「でも、あの大きなおじさんは……まだ、そんなにカルマが溜まっていない、よ?」
ゴンツが怪訝そうに太い眉をひそめる。
「あ?何だガキ、てめえーー」
「だから、どこかに……消えて、の?」
だが、彼のセリフは最後まで紡がれることはなかった。
次の瞬間、そこにいたはずの巨体が、まるで最初からいなかったかのように『プツリ』と掻き消えたのだ。
ただ、彼が立っていた足元の敷石にだけ、激しい踏み込みの跡がぽっかりと残されていた。
突然起きた常軌を逸した異変に、王国の兵士たちも、代官の私兵たちも、そしてオレたちさえも言葉を失い、その場に重苦しい沈黙が落ちた。
「…………は?」
プタが締まりのない間抜けな声を漏らす。
兵士たちも、私兵長のジャルモンも、そしてネルたちさえも、目の前で何が起きたのか完全に理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
そんな周囲の混乱をよそに、ファティラは満足げに小さく頷いた。
「うん。これで、邪魔なのはいなくなった、の」
「いやいやいや!」
オレは思わず声を張り上げてツッコミを入れた
「いきなり何をしてくれたんだよ!?」
「転移、の?……もう見たでしょ転移、今のは『ランダム転移』、ってやつ、よ?」
「あれは、うん、相変わらず雑な全能だな。」
そんなやり取りをしている間にも、ファティラは一歩、また一歩と、敵の群れの中心へと歩を進めていく。
「ひいぃーーっ!?化け物!?来るな、私に近づくな!ジャルモン、私兵長ジャルモン! は、早く私を守りに来い!」
「……はぁ」
あの黒い外套に身を包み、顔すら見せない私兵長がファティラとプタの間に立ちはだかろうとするが、ファティラは一切気にする素振りも見せず、そのまま真っ直ぐに近づいていく。
彼女のサラサラとした白い髪が、冷たい風に揺れていた。
その小さな身体からは、相変わらず脅威や殺気のようなものは一切感じられない。
ただ、彼女の底知れない紫の瞳だけが、取り囲む兵士たちの魂を一人、また一人と冷徹に見定めていた。
その感覚で、オレたちも良くわかる。あれは蛇に睨まれた蛙のような、指一本すら動かせなくなるような絶対的な恐怖の感覚だった。
「《魂の審判》、……あ、これは千門ホテルに奪われた……なら、『魂の楔』、の。」
次の瞬間、空間を切り裂くように、無数の半透明な槍が突如として現れた。
それは光とも影ともつかない、見る者の感覚を狂い、奇妙な揺らぎをまとっていた。
「――っ!?」
「な、何だ……これは……!」
「ひいぃ!?」
私兵とプタの身体が、びくりと震えた。
「この槍に貫かれたまま、これからどれだけ肉体を痛めつけられたとしても――その楔が抜けないかぎりは、絶対に死ねない、よ?……あ、安心して、わたしは優しいから、無罪ならちゃんと引き抜いてあげる、よ?」
それでも彼らは、まるで見えない杭に打ちつけられたかのように、その場から一歩も動けなくなっていた。
鎧ごと、衣服ごと、そして皮膚を突き破って鮮血がとめどなく流れ落ちているというのに、誰一人として倒れない。
ただ、『魂』そのものが、その場から一歩も逃げられないように無理やり縫い止められているのだ。
「それじゃあ、魂の裁判を、始める、の。……今は転生の女神の力が奪われたからルールに縛れない……面倒だから、有罪が確定した時点で即死刑決定、よ?」
ファティラの紫の瞳が、妖しく、無慈悲に輝いた。
おそらく地獄の底の閻魔すら凌駕するほどの恐るべき、『生前』のうちに下される『死後の審判』――
ただ一つの「女神?」が朝飯が食べないの原因で、もはや、その断罪を止めることのできる者など、この世界には誰一人として存在しなかった。




