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最終話 玉梓、そして――

戦は、終わったはずだった。


 だが――


 静まり返った戦場に、ふいに風が止む。


 次の瞬間――


 冷たい気配が、大地を這った。


「……まだ、終わらぬ」


 声が、響く。


 それは人の声ではない。

 憎しみだけで形を保った、歪んだ存在。


 玉梓の怨霊が、現れる。


 その姿は、女の形をしていながら、もはや人ではなかった。


 裂けた口元、虚ろな瞳、そして尽きることのない怨嗟。


「奪われた……すべてを……!」


 空気が軋む。


 八犬士の身体が、見えぬ力に押さえつけられる。


「来るぞ!」


 道節が叫び、刀を抜く。


 だが――斬れない。


 刃は、すり抜ける。


「実体がない……!」


 絶望が走る。


 その時、親兵衛が一歩前に出た。


「違う」


 静かな声。


「これは、敵じゃない」


 七人が振り返る。


 親兵衛は、怨霊を真っ直ぐ見据えていた。


「これは――“残された想い”だ」


 玉梓の瞳が、揺れる。


 一瞬だけ。


 ほんの一瞬だけ、人の面影が戻る。


「……返せ……」


 その声は、もう叫びではなかった。


 ただの、願いだった。


 親兵衛は、珠を掲げる。


 八つの珠が、共鳴する。


 光が、溢れる。


 だがそれは、焼き払う光ではない。


 包み込む光だった。


「終わらせよう」


 信乃が、前に出る。


「お前の時間も」


 八犬士が、一歩ずつ近づく。


 逃げない。

 斬らない。


 ただ、受け止める。


 怨霊が、震える。


 崩れ始める。


「――消えたくない」


 その言葉に、誰も答えなかった。


 代わりに、光が強くなる。


 やがて。


 玉梓の姿は、静かにほどけていく。


 憎しみも、苦しみも、声も――すべて。


 最後に残ったのは。


 涙のような、一粒の光だった。


 それは風に乗り、空へと消える。


 静寂が戻る。


 誰も、勝ったとは言わなかった。


 ただ――


 風が、再び動き出す。


 今度こそ、何も残っていなかった。


 そのはずだった。


 だが。


 親兵衛が、ふと空を見上げる。


「……行くのか」


 誰に向けた言葉でもなかった。


 だが確かに、何かが“応えた”。


 空の奥。


 見えない場所で、光が揺れた。


 それは、消えたはずの一粒の光。


 完全には消えていなかった。


 どこかへ――流れていく。


 時間を越え。


 場所を越え。


 誰かのもとへ。


 信乃が、目を細める。


「……また、会う気がするな」


 誰にともなく、そう呟いた。


 現八が、笑う。


「その時は――また、八人だ」


 誰も否定しなかった。


 八犬士は、再び歩き出す。


 それぞれの道へ。


 それぞれの時へ。


 やがて、その姿は霧の中に消えていく。


 だが――


 物語は、終わらない。


 八つの魂は、巡る。


 時代を越え、形を変え、名前を変えながら。


 そして――


 次に目を覚ますのは。


 戦のない時代。


 名もなき日常の中。


 それでもきっと、また出会う。


 理由もわからず、惹かれ合いながら。


 その胸に、かすかな“記憶の残滓”を抱いて。


 これは終わりではない。


 新しい物語の――始まり。


 


 そのはずだった。


 


 だが。


 


 どこかで、音がした。


 


 ——電子音。


 


 短く、乾いた通知音。


 


 誰も持たぬはずのもの。


 


 この時代には、存在しないはずの音。


 


 八人のうち、誰かが振り返る。


 


 だが、誰も気づいていない。


 


 もう一度、音が鳴る。


 


 ピロン。


 


 それは、確かに——


 


 “未来から届いたもの”だった。

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