第十一話 八犬士、去りゆく時
空は、朝もやに包まれていた。
関東管領軍――関東一帯の守護大名たちが集結し、里見家の支配と領土を奪おうとした強大な軍勢――との激戦は終わった。
八犬士――信乃、現八、荘助、小文吾、親兵衛、毛野、道節、そしてもう一人の仲間――は、玉梓の怨霊による呪いに立ち向かいながら、この圧倒的な敵に勝利し、里見家に平和をもたらしたのだ。
戦場に残るのは、風に揺れる旗と、戦の痕跡だけ。
血の匂いも、悲しみも、光の中に溶けていく。
「これで、終わりか……」
信乃の声に、八犬士は静かにうなずく。
疲れた身体、深い傷、そして心の痛み――それでも胸には誇りと安堵が宿る。
八人は城門の前に立ち、一礼した。
勝利をもたらしたが、守るべき家に留まる理由はもうない。
「俺たちの道は、ここではない」
現八が呟き、八犬士は一列になって城を離れる。
山へ、深い森へ、まだ見ぬ未来へと。
八犬士はやがて、富山の山深く、誰も知らぬ地へと姿を消す。
里の人々の記憶には、戦を制した英雄としての八犬士の姿だけが残る。
城の瓦屋根に朝陽が反射する。
かつて栄えた里見家も、やがて徳を失い滅びる運命にあることを、八犬士は知っていた。
だが――
信乃は、ふと足を止めた。
「……現八」
「どうした」
「何かが……終わっていない気がする」
風が、止んでいた。
あまりにも静かすぎる。
血の匂いは消えた。
戦も終わった。
だが――
“何かだけが、残っている”
親兵衛が、静かに空を見上げる。
「……まだ、帰れないかもしれない」
その言葉を、誰も否定しなかった。
それでも八犬士は歩き出す。
山へ向かって。
だがその背に――
誰も気づかぬまま、
冷たい気配が、静かにまとわりついていた。




