第百話 お見通し
今日最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「さて、それじゃあ」
俺は椅子から立ち上がり、薔薇の元へと向かう。
「黒峰くんも帰りね。それじゃ、行きましょうか」
途中、優奈さんと合流し、二人で薔薇の元を目指す。
余談だが、優奈さんには俺のことを刀也として呼ぶように頼んである。
事情を話していない人にバレると面倒だからだ。
そんなことはさて置いて、俺たちは視界の先に薔薇と百合を捉える。
「……わかってはいたけど、本当に先の展開を知っているのね……」
優奈さんが、俺の言った道を薔薇たちが通っていたことで、軽く驚く。
「おそらくそろそろ、薔薇が百合を襲うはずです。それを止めると戦闘に入るので、よろしくお願いします」
「ええ。あなたから頼まれたことも、バッチリこなしてあげるわよ」
緊張からか、優奈さんはどこかぎこちない笑顔を浮かべる。
色々と負担をかけてしまうが、優奈さんならできると信じているので、俺はともかく薔薇を殺さずに弱らせるしかない。
そんなことを話していると、薔薇が右手を鱗で覆って、百合を攻撃しようとする。
「今だっ!」
俺は全力で踏み込み、薔薇と百合の間に割って入る。
「なっ……!」
「先、輩……?」
薔薇の腕を切ったことで、血飛沫が舞う。
俺は薔薇にナイフを突きつけて言う。
「悪いが止めさせてもらうぞ。薔薇!」
「刀、也……!」
薔薇はひとまず距離をとり、腕を再生する。
「どうして刀也がここに……!?」
再生をしたはいいが、何故俺がここにいるのかが分からず戸惑う薔薇。
「【身体強化】!やっちゃいなさい黒峰くん!」
そこへ、優奈さんが駆けつけて、俺に強化を施す。
「……なるほどねぇ……」
優奈さんを見た薔薇が腕を再生しつつ、得心したような顔をする。
「魔使家の長女、魔使優奈。つまりは君が候補者で、僕と戦いに来たってわけだ」
薔薇が状況を理解して、俺は優奈さんの代わりに答える。
「そうだ。けれど一つだけ、お前に言っておきたいことがある」
「言っておきたいこと?」
俺の言葉に聞いて、薔薇が尋ねる。
「俺はお前を殺さない。お前を殺さずに止めてみせる」
これは誓いだ。薔薇の協力が必要ということもあるが、誰も死なせずに全てを終わらせるという、己への誓いだ。
それを聞いた薔薇が笑いだす。
「ふ、ふふふ。ふははは。それってつまりさぁ——」
薔薇の雰囲気が変わる。
「刀也が僕よりも圧倒的に強いって言いたいの?」
どうやら、俺の言葉は薔薇の怒りを買ったらしい。
けれど実際、俺は今の薔薇に負ける気はしない。故に俺は言う。
「ああそうだ。俺はお前よりも強い」
「だったらやってみなよ、刀也!」
薔薇が触手を生やし、一斉にこちらに伸ばす。
「【切断】」
それに対し、俺はナイフを振るう。
最短のルートで、最小の手数で、全ての触手を叩き切る。
薔薇とは、敵としても、味方としても、何度も戦ってきた。故に、薔薇の動きのくせは、全てお見通しだ。
と、その時、刀也が俺に話しかける。
「この感じなら大丈夫だと思うが、一応気をつけろよ」
何に?
刀也の言葉の意味が分からず。俺は、尋ねる。
「このループに入る直前、ナビ子はもう死なないように、と言った。俺たちがこの世界の真実を言えたことからも、システムの保護が消えているんだ」
そこまで聞いて俺は、なるほど、と、思った。
システムはこの世界をループさせ、真実を話せないように枷をつけてきたが、俺たちがリスポーンできるのは、そのシステムによる恩恵だったのだ。
枷が外れたということは、同時に恩恵が無くなるということも意味する。
薔薇相手ならあまり心配は無いが、これからのことを考えると注意するべきだろう。
「さて薔薇。次はこっちの番だ」
「っ!」
リスポーンについての思考を終えると、俺は薔薇を弱らせるために動き出す。
今回のループでは、元から魔術が使えていたからだろうか?今までよりも体が動かしやすくなっている。
「普通の触手ではダメ。それなら、【触腕】+【鱗甲】。【鱗甲腕】!」
鱗によって強化された触手が、薔薇へと近づく俺に襲いかかる。
だがしかし、俺からすれば、その動きは亀の歩みの如く見え、その硬度は紙切れも同然である。
「がっ……!?」
技を使うまでもなく、触手を全て切り落とし、薔薇自身へも攻撃を加える。
体中を切り刻まれて、膝をつく薔薇。とはいえ、薔薇には再生能力があるので、あまり心配はしていない。
「薔薇、お前の狙いも気持ちも、全部、わかってる。だから、もうこんなことはやめろ」
「なっ……!」
俺の言葉を聞いた薔薇は、大きく目を見開き驚く。
しかし薔薇は、この程度の言葉では止まらなかった。
「僕の気持ちに気づかれているのには驚いたけど、それならなおのことわかるだろう?刀也。僕が止まる気は無いってことを!」
薔薇から魔力が吹き上がる。薔薇の姿が変わり、一部が龍のようになる。
「龍の力か……!」
「そこまで知ってるだなんてね!けれど、知っているからって対処できるかな!?」
薔薇が、龍の力によって強化された肉体で殴りかかってくる。
しかし俺は、、その全てを見切り、避ける。
「ぐっ……!だったら!」
薔薇が大きく息を吸い込む。
この動きは!
俺は咄嗟に目を瞑る。
「【煙幕】!」
黒い煙によって視界が塞がれる。
今の薔薇は、不意打ちか、【龍の咆哮】かのどちらかを選択するはず。
そして前回は、【龍の咆哮】を選んだ。
ということは……!
煙が次第に晴れ、光が見えた。
「これは……!」
薔薇が選んだのは【龍の咆哮】だった。そこまではいい。それは予想通りだった。けれど一点、予想外のことがあった。
いつか祈闘さんのルートの時、薔薇が【煙幕】を使い、同じようなことになった。
しかしその時は、煙が晴れてもまだ魔力を溜めている途中だった。
なのに今回はすでに、魔力を溜め切っている。
「その時は薔薇は変身前だった。今回は変身してから目眩しをしたから、魔力の集中が終わってしまったんだ!」
刀也の叫びによって、俺は判断ミスを悟る。
俺がするべきは、悠長に煙が晴れることを待つのではなく、即座に薔薇に攻撃を仕掛けることだった!
しかし時は戻らない。後悔が先に立つことは無い。
今俺がするべきは、どうにかして【龍の咆哮】を止めること!
避けること自体は簡単だ。背後にいる百合くらいなら、一緒に避けられるだろう。
しかしここは市街地だ。こんなところであの光線を避ければ、被害が民家に及んでしまう……!
「行くよ、刀也!」
「っ、来い、薔薇!」
とうとう薔薇が、圧縮した魔力を解放する。
ここで全て受け止める!
「【龍の咆哮】!」
「【魔切断】!」
魔術すらも切り裂く斬撃が、龍の熱線を迎え撃つ。
切るのではなく、押し留め、勢いを減らしていくイメージ。
それにより、少しずつ、少しずつ、【龍の咆哮】はその勢いを減じていく。
そしてとうとう、【龍の咆哮】は消え去った。
「そんな!」
薔薇が、己の最大の一撃を防がれたことでショックを受ける。
「今です優奈さん!」
ここが好機と捉え、俺は叫ぶ。
「待ってたわ!」
優奈さんが踏み出し、薔薇に右手をかざす。
「私、魔使優奈は汝と契約を結び、汝の主となる。
汝、我に従うか?」
「っ!?」
薔薇の体に紋章が浮かび出す。
「これは、魔使家の……!」
自身に契約が持ちかけられたことに、薔薇は驚く。
「なる、ほど。僕の体は魔獣に近い。だから、【使役】で縛れると考えたわけだ」
俺たちの狙いを理解した薔薇は、俺に向かって言う。
「そうだ。お前はどれだけ追い詰められても止まらない。だから、お前を殺さずに止めるにはこれしか無かった」
術木薔薇は、力でも、言葉でも止まらない。それは尊敬に値することであるが、薔薇を殺したくないこちらとしては非常に困る。故に、こうする必要があった。
「でも、そう簡単に、使役される僕だとは思わない方がいいよ……!」
「くっ……!抵抗して、契約ができない……!」
抵抗するために動きは止まったが、以前薔薇の意思は変わらない。
となるとやはり……。
刀也、頼めるか?
俺は心の中で刀也に頼む。
「わかった。俺が説得しよう」
刀也がそう言うと、意識が切り替わる。
「薔薇。どうしても止まってくれないのか?」
刀也が、薔薇に問いかける。
「そうだね。死ぬ気は無いけど、君が誰かの物になるのは、死んでも嫌だね」
刀也の問いかけを、絶対だと突っぱねる薔薇。
「実はな、今俺はとても困っているんだ」
「?それは、僕が言うことを聞かないからかい?」
刀也の言葉の意味が分からず、薔薇は尋ねる。
「それもあるけどな。助けたい人がいるんだ。その人を助けるには俺の力だけじゃどうしようもなくて、お前の協力が必要なんだ」
刀也が薔薇に手を差し伸べる。
「……それは、その人が刀也の好きな人だからとかそういうのかい?」
飄々としていた薔薇が、途端に真剣な顔つきになる。
「いいや違う」
「!」
刀也は、薔薇の言葉を否定する。
「俺がそうするべきだと思ったから、その人が救われないのは間違っていると思ったから、俺は、その人を助けたいんだ」
刀也が薔薇を見つめる。
「刀也……」
薔薇が、刀也の言葉を聞いて呆ける。
ナビ子を助けたいという純粋な思いは、かつて薔薇を救った黒峰刀也と重なっていた。
「……は、ははは。なるほどなぁ。あぁ、そうだ。君は、君の輝きは、誰かのものになんかなるわけがなかったんだね」
薔薇が笑い、光り輝く。
「これは……!」
優奈さんが驚いた声を出す。契約が成立したのだ。
光が収まり、薔薇が刀也の手をとる。
「これからもよろしく、刀也。少しばかり間違えた僕だけど、君に協力させてくれ」
「っ、……ああ!」
こうして、今回のループでも、薔薇を殺さずに済んだ。
そして、薔薇を殺さなかったということは、また一つ、問題が発生する。
「今度は、こっちの問題だな」
俺は、背後でただ見ているだけの百合を思う。
ここからが、本番なのだ。




