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14 ぎゅんぎゅんしてます!

 そんなわけで俺たちは郊外の小高い丘にやってきた。


 ここは大陸東の王都にあって、さらにその東側。

 未だ開拓の手が入らぬこの地は丘陵地形ゆえか畑すらなく、雄大に蒼を湛えたアルヴィア海と、華やかなる王都の街を一望できる絶景スポットだ。


 近くの斜面で白モフのコボルトが昼寝をしている以外は人気もなく、ここなら多少派手なことをやっても問題にはなるまい。


「すごいです! お城があんなに小さい!」


 こちらには初めて来たのか、メイちゃんは年相応にはしゃいでいる。


「夜はもっとすごいぞ。王都の街とイカ釣りの漁船がキラキラしてて」


「そうなんですか。見てみたいです!」


「もうちょっと大人になったらな」


 ここはデートスポットでもある。

 丘の斜面で等間隔で寝そべるカップルどもの方がよっぽど絶景だ。


 そしてここは通称をナンパ山とも言う。夜は人肌恋しくなった男女が集い、ここで一夜のパートナーを探す。それはそれはアダルティックな場所なのである。

 メイちゃんには十年早い。


「──さて、それじゃ適当にブッパしてみろ。俺に向かってなんか撃ってこい」


「え、大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。駆け出しメイジの魔術なんて屁でもねえよ」


 とは言ってもメイちゃんは『マナ枯らし』。

 異常な速度でマナを吸収し、異常な速度で魔力を生成する特異体質。

 本当にやばそうなのが飛んで来たら避けるつもりだ。


「むむー。じゃあ全力で行きますからね!」


 ぷくーっと膨れてしまった。

 彼女なりの自尊心を傷つけてしまったのかもしれない。まあ、こういうのは遠慮して手を抜かれても意味がないからな。


 メイちゃんが構えると、ぶわっと周囲のマナが集まっていくのを感じた。

 風が立ち埃が舞うほどの吸収力。

 それらは彼女の足元から手のひらまでを熱の奔流となって収束し、右手中指に嵌められた『火精の指輪』を通して、より強烈に純化される。


 ──やべ、指輪を外しておくべきだったか。


「──《燃え広がる海(スプレッドシー)》!」


 そう思った瞬間、俺の周囲がぐにゃりとひしゃげた。

 ちりっと足元の草が黒く焦げつくと同時に激しく燃え広がり、雲まで届くんじゃないかっていう火柱がいくつも上がる。

 白モフのコボルトが何事かと飛び起きて、どっかへ走っていった。すまん。


 本当に全力で撃ったな。

 この術は処女迷宮のボス戦でも連射していたやつだ。一番自信があるのかもしれない。

 そこに俺へ対する信頼のようなものを感じて、少し嬉しかった。

 だが──


「駄目。ぜんぜん駄目」


 俺の身体は火傷ひとつ負わない。

 服すら燃えちゃいない。


 処女迷宮で見たときから思ってた。

 これは圧倒的な魔力をただ垂れ流しているだけだ。

 広大な湖に木を倒す力はない。これを川に、激流しなきゃ意味がない。


 まあ、それでも駆け出しレベルは卒業しているだろう。

 けど稽古ってんなら、当然より上を見据えるべきだ。


「う、うそ・・・・・・」


 メイちゃんはがっくりと膝をつく。

 そんなに自信あったのか。

 才能あるからって、これは親から甘やかされたな。ゲイリーもメルルもこの程度なら軽くいなすだろうし。


「こんなもん、それなりの冒険者や上位のモンスターにゃ通用せん」


「あうう」


 涙目の彼女に偉そうに講釈を垂れてやる。


「何が駄目かっつうと、魔力の精錬がまったく出来てない。出してる魔力自体は大量だから、派手に拡散して一見凄そうに見えるが、実際は大したことがない。これだと簡単にレジストされる」

 

 マナは石油のようなもの。

 目的に応じてそれを灯油やガソリンに変えなきゃならない。それが精錬だ。

 この子のそれはサラダ油みたいなもんで、大した熱量を持たない。


「せいれんって、どうやったらいいんですか?」


「んー、これは個人のイメージの問題で、ちょっと説明が難しいんだが」


 俺は自分の腹に手を置く。


「──俺の場合は、このへんにマナを集めてぐるぐる回す感じだ。ぐるぐる回して、余分なものを振り飛ばす。米を研いだことはあるか?」


「あります! 最近お店でやってます!」


「その、米を研ぐのに近いイメージだ。研いで研いで、マナの芯だけを使って魔術を放つ。俺は攻撃魔術はさっぱりだから、これは本当に基礎的な部分だ。本当はもっと小難しいポイントがあるらしいが、俺が言えるのはこれぐらい」


「ふむふむ。──んむむ?」


 真面目に話を聞いていたメイちゃんが、ふと首をひねる。


「マナって、どうやって感じるんですか?」


「は? わかるだろ、普通に」


「えーと、お腹にマナを集めるのって、どんなふうに?」


「イメージしたらなんとなく溜まるだろ?」


「ん、ん、んーーーー??」


 メイちゃんは本格的に困り出した。

 もしかして俺って人に教えるの下手なのか。

 なんとかしてやろうとして、マナ感知のレベルを上げてみたら、彼女が首をひねる理由がわかった。


 マナがみっちみちだ。

 この子の身体は、常に張り裂けんばかりにマナがみっちみちなのだった。


 マナがどこにあるのかわからんのも頷ける。深海魚に水を探せと言っても困惑するだろう。──恐るべし『マナ枯らし』。

 何かきっかけがあれば、イメージしやすくなるんだが。さて──。


「ちょっと、触ってもいいか?」


 変な意味じゃないぞ。

 決してこのロリコン歓喜なぽっこりお腹を撫でさすりたいわけではない。


「はい、いいですけど──」


「どれどれ、と」


 彼女の無警戒な下腹に手を置いて、俺の魔力を半ば強引に突っ込む。


「んおぐっ」


 女の子らしくない声が出る。

 すまんな、軽いボディーブローぐらいは効くかもしれん。


「感じるか?」


「あぅ、おぐぇ。──な、なんでふか、これ」


 なるべく純粋なマナを入れてるつもりだが、多少は魔力化しているのだろう。少し気分が悪くなるかもしれんが我慢してくれ。


「俺のマナだ。どうだ感じるか? これを下腹に留めてみろ」


「はい。──んぐ、おぇぇ」


 そんなにえずくんじゃねえよ。ちょっと傷つくじゃないか。

 すでにお腹いっぱいのところに無理やり食わしてるようなもんだろうから、ひどいマナ酔いになるのも仕方ない。

 でもこうでもしないと、マナを一生イメージ出来ないからな。


「──お?」


 激しくえずいていた彼女のお腹が、急に温かくなってきた。

 見れば呼吸が整ってきている。


「あ、できてるかも! お腹がぎゅんぎゅんしてる!」


「そうだ。いいぞ。もっとぎゅんぎゅんするんだ!」


 ぎゅんぎゅんとはたぶん魔力が精錬されてるのだろう。

 思ったより早く出来るようになったじゃないか。

 これは俺の教え方が上手かったのか、彼女の飲み込みが良かったのか。まあ後者だろうが、それにしてもこれは──


 吸われてる! 俺の手が! 俺の魔力が!

 すっげ。これが『マナ枯らし』か。

 

 精錬によってマナの余分な部分が削がれて、その分もっとも近いところからマナを吸い上げている。こんなのを自動的に、無意識にできるのってやばい。

 俺はちょっとした恐怖を感じて、彼女から離れる。


「す、すごい! 止まらないです! 撃たなきゃ! 撃たなきゃ壊れちゃう!」


「落ち着け! ゆっくり精錬を止めるんだ。意識しなけりゃ自然と止まるから!」


「だ、駄目です! 勝手に吸っちゃうから、止めたら私、破裂しちゃう!」


 しねえよ。さすがに破裂はない。

 マナ酔いで吐いちゃうかもしれんが、上手いことやってくれ。


「撃ちたい! 私、撃ちたいです! 先生に撃っていいですよね!?」


「やめろばか!」


 今度のはまともに受けたら死にかねん。


「空! せめて空に向かって撃て!」


「空ですね! わかりました! ──《燃え広がる海(スプレッドシー)!!》

 

 白い雲がさっと散り、空気の層がひずむのが見えた。

 俺はとっさに顔を背ける。

 次の瞬間、凄まじい爆音と共に空が真っ赤に染まっていく。

 降り注ぐ火の粉は流星のように瞬いて、落ちる前に燃え尽きていった。

 

 さすがに街に被害は出てないだろうが、これはちょっとやりすぎ。

 拡散するタイプの魔術は控えた方が良いかもしれん。


「はふぅ」


 メイちゃんはその場にへたり込んで、満足そうに良い汗をかいていた。

 相当気持ち良かったんだろうな。

 溜めに溜めた魔力を一気に解放するというのは、独特の快感を伴うと誰かが言っていた気がする。


 ただ、このブッパに中毒性を覚えちゃうと危険信号。

 トリガーハッピー系メイジというのは一定数いて、そいつらは大概周りからやべー奴の烙印を押されるのだ。

 君はそんなふうになっちゃ駄目だからね。


「せんせえ、私、もっと撃ちたいです!」


 そう言うメイちゃんの目は妖しく輝いていた。

 これはもう手遅れかもしれない。



 


「メイリー・クラウディア」


性格:良い子、トリガーハッピー

成長:精錬を覚えた

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