13 第二章プロローグ あれから
「お願い、あなただけでも逃げて──」
怒号と悲鳴が交錯する戦火の中、エルフの少女は離れがたき故郷を走った。
思い出されるのは母との最後の言葉である。
きっとこれが今生の別れになることを、少女は理解していた。
「さあ走って! 早く!」
もはや敵は目前に迫っていた。
家の扉を必死で押さえつける両親を残して、少女は裏口を出て森へと走る。
夜の闇深きエルフの森は、今や燃え上がる里の火に照らされて、赤く赤く染まっていた。
──逃げなきゃ! はやく逃げなきゃ!
気ばかりが急いて足がもつれる。
息を切らし、何度も転び、それでも走って、傷だらけになった少女を待っていたのは、どこまでも残酷な現実であった。
「キヒヒッ! 逃げられると思っていたのか?」
「逃げられそうなところは最初から先回りしてたんだよ!」
「怖がらなくてもいいぜ? 巣に戻ったら母親に会わせてやるよ!」
「後でおまえも母親になるんだけどな!」
「ヒャーッハッハッハ!」
村を襲ったゴブリンの仲間たちが次々と木の陰から現れ、悲鳴を上げる少女に襲いかかる。
抵抗するだけの力はもはや残されていなかった。
──お母さん。
無残にも組み伏せられた少女は、絶望の中で母を想い涙を零すのだった。
──エルフの少女の運命や如何に!?
次号、ついに──!?
告知。
別冊リリスマガジンRにて、モンブラン先生の新作書き下ろし決定!
◇
「またかよ!」
俺は本をぶん投げた。
「毎度毎度やってくれるじゃねえか!」
なんでいつも良いトコで引くんだよ、この雑誌は!
しかも別冊に同じ作者を起用するとか、やっちゃ駄目だろそれ!
これは作者の問題なんだろうか、それとも編集か。いずれにしろ、このままでは生殺しかつ日々の生活費が吸われていくだけだ。
これを機にやめようやめようとは思うのに、つい買ってしまうのはなぜだろう。展開なんかワンパターンで決まり切っているのに。
むしろその様式美が見たくて買っているのかもしれない。
「それにしても、今回の挿絵はユーリちゃんに似ているな」
ごくり、と思わず喉が鳴ってしまう。
「くそ、次号も買わなきゃならないじゃないか」
今月の生活費もそろそろピンチだというのに。
投げ捨てた本を拾って、しっかりとベッドの下に保管した。
シェリンの一件から、はや一か月が過ぎていた。
俺はといえば仕事もなくそこらをぶらぶらしてるだけ。
最近はあまりにも仕事の依頼が少ない。
最後に受けた仕事はもう二週間も前になる。
あまりに退屈すぎて単独で処女迷宮を潜り、最深部の変態兄妹とモノポリーに興じたりしていたと言えば、その暇さ加減がわかるだろう。
ちなみにボスドロップはゴミだった。
メイちゃんは分割にしていた料金をすべて払いきり、今でもここで働いている。
住んでる部屋はすぐ隣で、壁の薄さは寝言が聞こえてくるレベル。
あの子が夢の中で何を食ってるかまでわかるからな。
それからエリン王女の伝言も聞いた。
結界は解かれた、と彼女は言ったそうだが、その言葉に震えあがった。
俺にとっては「次は殺す」と凄腕の殺し屋に言われたに等しい。
ただ気になるのは、続く言葉の「あとはあなた次第です」とはどういう意味だろう。普通に考えれば、もう無理強いはしないって聞こえるが。
だとすれば少しだけ気は楽になる。いきなり襲われるのはもうごめんだからな。
あー。
近況報告はこれで以上だ。
しかしあまりにも暇すぎる。このままでは今月の家賃が──。
「せんせいっ!」
バァン! とドアが開かれる。
ノックをしろ。
「私に稽古をつけてください!」
出てきたのは案の定メイちゃんだった。
同じ屋根の下に住むようになって、もう一か月。この子は最近、遠慮というものをしなくなった。
「稽古ぉ?」
「はい! お金が余ってるので、そのお金で先生を買います!」
なん──だと?
レンタルゴブリンにそんな使い方があったとは。
というかそんな金が受け取れるか。一か月働いて溜めた大事な金だろうに。
「いらんわ。タダでやってやるよ。暇だし」
「え、いいんですか? 先生いつもお金ないって言うから」
気持ちはありがたいが、十二歳の子に案じられるようになったらおしまいだ。
俺はこのぷにぷにのほっぺをつねる。
「なまいきー」
「いひゃいでふ、いひゃいでふぅ!」
「つーか仕事はどうしたんだ?」
「今日はお休みでいいって店長が」
ふーん。
ひょっとするとこの店の売り上げも芳しくないのかもしれない。
「稽古つっても何をすればいいんだ?」
「魔術を教えてください!」
魔術ねぇ。
そう来るとは思っていたが、あんまり気乗りしない。
正直な話、専門外である。
俺ができるのは便利系の魔術が主で、攻撃系はさっぱりなのだ。
そしてメイちゃんは攻撃系しか知らないらしい。
大きく系統の異なる魔術を教えるのはけっこう骨が折れるし、習得には生まれながらの素養によるところも大きい。
「それじゃ、基礎的なことだったらいいぞ」
「あの消えるやつとかは駄目ですか?」
「潜伏魔術は駄目だ。たぶんおまえじゃ理解できん」
「えー。──じゃあ、それでいいです。基礎的なので」
ちょっと不服そうだが、こればっかりは仕方ない。
人には向き不向きがあるからな。俺だって派手な攻撃魔術が使いたかったよ。
連れ立って一階に降りると、お昼時だというのに客の数はたった二人。
しかも注文しているものは互いにサンドイッチとミルクのみで、長尻らしくテーブルを挟んでカードゲームなんぞを始めている。
こりゃいよいよだな。メイちゃんが暇を出されたのも納得がいく。
「ちょっと出てくる」
いかにも暇そうにカウンターで頬杖をついてるユーリちゃんに声をかけると、手だけ振って見送ってくれた。
二章からはなるべく文字数を3000字前後にしようかと思います。
人が集中して読めるのが大体それぐらいと聞いたもので。




