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12 第一章エピローグ ある覚者から見た王都

 駅前はコボルト像の下。


 そこには像を囲うようにしてレンガ積みの花壇があり、今朝がた咲いた白い花のそばで、珍しくもハチドリが一所懸命に首を花弁へ差し入れて、小さな羽根を震わせている。


 花盛りの春が美しく尊く感じられるのは、精一杯に生きる命のきらめきが垣間(かいま)見てとれるからであろう。


 人の一生は、何事も為さぬにはあまりにも長いが、何事かを為すにはあまりにも短い。そう言ったのは中島敦だったか。


 私はがんがんと痛む頭を押さえながら、朧げで頼りない前世の記憶を手繰っていた。

 どうにも昨晩は飲み過ぎた。羽目を外し過ぎた。


 毎月のこととはいえ、己の自制心が少々情けなくなる。近頃は缶詰仕事の連続でだいぶ溜まっていたのかもしれない。


 ──ああ、見れば素っ裸じゃないか。

 今さらといえば今さらだが、恥じらいもまた女の化粧のようなもの。せめて胸と下は隠しておこう。


 獣化を上手いことコントロールすれば、服のように毛皮を纏うことが出来る。後は尻尾を股に挟んで胸まで持ってくれば完璧。

 満月の昂揚感までは得られないが、また馬鹿をやるわけにはいかない。


 少し覚束ない足取りで街を歩けば、道行く男どもが鼻の下を伸ばして振り返ってくる。己の容姿には自信のあるところだが、今は喜ばしい気分にはなれない。

 

 今日はこれから仕事だ。

 来週は休載だから、多少はゆっくり出来ると思っていたが、そういう訳にもいかないようだった。サプライズで一本短編を上げろとの編集からのお達しだ。死ねばいいのに。

 

 前世では叶えられなかった夢が、まさかの来世で、それも異世界で叶えることになるとは思わなかった。

 夢は小説家だった。志望していたのは、胸躍るような冒険を描いたライトノベルだったが、気が付けば男性向けのエロ小説を書かされていた。


 ペンネームは『もんぶらん』。前世で好きだったケーキの名前だ。


 人生とはままならぬもので、私は十五歳のときに自ら命を絶った。

 理由は色々とあるが、父の暴力と、学校でのいじめ。この二つが一番大きかっただろうか。毎夜毎晩、一人になれる風呂場に引き籠って、よく泣いていたものだ。

 

 私には兄がいた。

 兄は、学校を卒業したらこの家を出て、自分と一緒に暮らそうと言ってくれた。この生き地獄に時間の限りがあることが唯一の救いだった。


 兄だけが頼りだった。よく手首を切って困らせていたことを謝りたい。

 あの日死んだのは構って欲しかったから。死ぬ気なんてなかったんだ。ただちょっと深く切りすぎた。まったく我ながら馬鹿にもほどがある。

 もう少し待てば、あの地獄は終わりを告げたというのに。


 人生とはわからないものだ。

 一番わからないのが、まさかの二度目があったこと。

 人生は一度きりだって、誰もが言っていたじゃないか。嘘つきめ。


 ──お兄ちゃん。私はこっちで上手くやってるよ。心配しないでいいよ。

 ごめんね、約束が守れなくて。


 約束は守れなかったが、締め切りは守らなくちゃいけない。

 実を言えば、件の短編についてはまったくアイデアが思い浮かばない。


 私は歩きながら考える。


 たとえば、いま冒険者ギルドから出てきたこのゴブリンはどんな人生を送ってきたんだろうか。冒険者なら、なかなか刺激的な人生を歩んでいるかもしれない。

 

 そうだ、彼をモデルにして何か書いてみようか。

 竿役がゴブリンなら、どうしたって頭に浮かぶのは凌辱モノ。しかしそれでは今連載中のものと変わらない。

 じゃあ種族を超えた純愛モノ? それもしっくりこない。

 というか純愛モノは苦手なのだ。純愛が苦手というか凌辱が好きというか。


 暴力に晒されてきた経験から、私の性根はひん曲がっている。登場人物にこれでもかという絶望を味わってもらわないと、私自身がノれないのである。己のリビドーには正直でなきゃ良いものは作れない。


 よって断言しよう。エロ小説家は自分の文章で致している。自分で致せないものを、どうして他人に致してもらえようか。

 

 いろいろ考えていたら、お腹が空いてきた。

 朝食は半分の林檎亭(ハーフアップル)でとろうか。あそこは覚者料理、つまり和食もある。全裸だが毛で隠せば問題ないだろう。多分。

 私は好きだったJ-POPを口ずさみながら、街を歩いた。





 店の前までくると、雀たちがちゅんちゅんと可愛らしく歓迎してくれる。

 美味しそう、と思ったら雀たちは散っていった。

 おっといけない、リカントの本能が出てしまった。

  

 中に入ると客はまだ誰もいないようだった。

 ひょっとして私が最初の客だろうか。

 ハーフエルフの給仕が私を見て少しぎょっとしていたが、何事もなかったように席へ案内した。良かった。この店は裸で来れる。覚えておこう。


 思えばこの子もなかなか良い身体をしている。

 次のやられ役のモデルはこの子にしようか。


 今連載中のやつはエリン王女をモデルにしているが、残り二週ぐらいでもう終わらせる予定だ。

 あのあとは容赦なく輪姦されて、孕み袋として数か月オークに嬲られ続ける。最後は出産プレイをやって快楽堕ちさせてやろう。

 やっべ濡れる。椅子が汚れませんように。


 思わず垂れたよだれを拭っていると、今度はやけに小さな子が水を持ってきた。

 あれ、こんな小さい子いたっけ? 新しく入った店員さんだろうか。

 ハーフリンクなのかな。ああ、この子も可愛いな。ロリ系も捨てがたいが、あまり幼く書きすぎると発禁になるから気をつけなきゃいけない。


 さすがに前世ほど規制は厳しくないが、こちらの世界にも倫理というものはある。すでに王女をモデルにして編集から怒られたからな。


 ほどなくしてやってきた料理(うどん&おにぎりセット@8G)に胸を躍らせつつ、髪を後ろで束ねる。──いただきます!


 この世界の連中は麺類の食い方がなってない。

 うどんと蕎麦は音を立てて(すす)るべし。


 どいつもこいつも箸でたぐって全部納めてから、もっちゃもっちゃ食う。それではいけない。フォークを使うなど言語道断。邪道ここに極まれり。

 

 見よ、これがうどんの食い方だ! はふはふっ、ずぞぞぞぞぞ、じゅるるるるる!

 うっま! うんめ! これうんめ!


 マジやっべ。ここの料理人天才だろ。前世で食ったどのうどんより旨い。なんで異世界人がこんな旨い和食を作れるんだ? 

 手打ちだろコレ。仕込みとかどうやってんだろ。

 そのとき──


「たのもーう!」


 バアン! と入口のドアが勢いよく開かれて、私は咽せそうになる。

 誰だ? 藪から棒な客人だな。


「誰か、誰かおられますか!?」


 そりゃいるだろ。いったい何事か。

 振り返って、私はうどんを噴き出した。


 目に入ってきたのは、美しくも猛々しき獅子色の髪を、綺羅びやかなサーコートに下ろした絶世の美女だった。


 その夏の海を思わせる双眸は、波ひとつ立たぬ水面の如き静かな青を湛えていて、どこまでも深く深くこの身を沈められそうだった。


 清楚と剛毅を司るこの女神の名を知らぬ者はこの国にいない。


 アルヴィア王国第一王女にして、一軍を駆る王国第一の猛将。

 戦乙女、エリナーデ・フォン・アルヴィアその人であった。


 え、えええええええ、エリン王女!?

 なんで王都のアイドルがこんなところに!?

 まさかエロ小説のモデルにしたことがバレたのか!?


 狼狽してがたがたと震える私をよそに、姫様は何やら店員と話している。

 気が気でない私は思わずその内容に耳を傾けるのだった。


「失礼いたします。こちらに名を持たないゴブリンが泊まっていると聞きましたが、いらっしゃいますでしょうか?」


 名を持たないゴブリン? 

 不法滞在者か何かか? 


 王都は亡命者でごった返してるから、そんなの珍しくもないだろうに。わざわざ王女自ら出てくる用件とは思えなかった。


 店員が恐縮して何かを言っているが、小さくて聞き取れない。というより王女の声がでかい。王族ってやつは教育なのか、みんなしっかりはっきり声が大きい。


「──そうですか、ではこれだけお伝えください」

 

 エリン王女はやはり聞こえる声で言った。


「結界は解かれました。あとは貴方次第です、と──」


 なんだその中二ワードは。

 いやいや、ここはファンタジックな異世界だった。

 え? なに? 魔王でも現れるの? 巨大モンスター襲来とかするの?

 

「それでは私は公務がありますので。──失礼致しました」


 そう言って、王女はあっけなく店を去った。

 なんだ、何が起こるんだ。そのゴブリンは何者なんだ。

 頭に浮かぶ謎をぐるぐる回していたら、すっかりうどんは冷めてしまうのだった。





 店を出ると、人通りはずいぶんと増えていた。

 もういい時間帯だ。先ほどまでは(まば)らだった人の波も、多くなってきた馬車の数に応じて端に寄っている。


 凝縮した集団はアリのように隊列をなして、冒険者通りを足早に過ぎていく。

 人いきれの活気にマナは陽炎のように立ち上り、暖かな陽光の中で溶けるように王都の空を巻いては消えていった。


 すれ違う人の群れ。

 ふと立ち止まる私。

 川底に切り立った岩をよけるかに人は流れていく。

 それは前世のスクランブル交差点を思わせた。


 たぶん、私はこの世界が好きだ。

 この街が、王都が好きだ。


 金物屋の店先に立つ、釘を咥えたドワーフと、短剣を値踏みするエルフ。

 鎧を着たまま大股で闊歩する、冒険者風のヒューマン。

 両脇にサキュバスの娼婦を侍らせた、羽振りの良さそうな朝帰りのオーク。

 上を見れば屋根の上で未だ眠りこけるリカントが。

 下を見れば膝下をうろちょろするハーフリンクの子供が。


 それらがごちゃ混ぜになって冒険者通りを彩っている。

 

 花盛りの春が美しいのは、精一杯に生きる命の輝きが見えるからだ。

 人生は長くて短い。


 私は、仕事場へと向かった。




 ──拝啓、お兄ちゃんへ。


 そちらはいかがお過ごしでしょうか。

 こちらは精一杯やっているのでどうか心配しないでください。


 約束は守れなくなっちゃったけど。

 一緒に暮らそうって言ってくれて、とても嬉しかったです。


 お兄ちゃんは、もう少しそちらの世界で私の分まで精一杯生きてください。

 それともひょっとして、もうこっちに来てるのかな?

 

 もしそうなら、早く会って話がしたいです。

 お兄ちゃんが私のこと、覚えててくれてるといいな。



 ──敬具。馬鹿な妹より。

 

 

 

「もんぶらん」(ペンネーム)


種族:リカント

身長:170センチぐらい

特徴:覚者、前世ではブラコンだった、エロ小説家

   バイセクシャル、露出狂、変態

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