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【4】

 記憶は残っている。他のことならぜんぶ慣れた。けれどこの瞬間の、胸を絞めつける甘い息苦(くる)しさだけは、何度でも上書きされてしまう。愛しさが何層も重なっていく。


「そんなに、かしこまらないでほしいな。こっちも緊張してしまうよ」

「……はい……」


 変わらぬ優しい言の葉。やわらかなまなざし。

 蝶よ花よと甘やかされて、欲しいものは何でも手にしてきた1回目(さいしょ)の私はこのとき、皇子(かれ)の心も絶対に自分のものにすると決めた。


 だから残り四人の候補たちを手段を選ばず蹴落として、正妃の座を手に入れた。

 あのときの私はまるで、物語の悪役の性悪な令嬢さながら──いいえ、そのものだった。


 けれどそれらの陰謀が婚礼直前に露見して、私は断罪される。今日からちょうど一年後、処刑場で首をはねられる。

 

『ざまぁ見なさい、この女狐』


 執行日( あのひ )。面会に現れた、御妃候補の一人で幼馴染のユキホが、ふわふわに愛らしい顔を歪め吐き捨てた言葉は、いまだ胸の奥底に突き刺さっている。


 冷たい刃が首を通り抜けて意識が暗転したあとすぐ、小鳥の声で目覚めた私は、自室の寝台の上で涙を流しながら感謝した。

 神様──天凪(アマナギノ)皇神(スメラカミ)がやりなおす機会を下さったのだと。

 だからその2回目は、断罪されずアマヒト様と結ばれる、完璧に幸福な結末を目指した。

 1回目での知識と経験は活かしながら、陰謀には手を染めずに正々堂々と。 


 そして、かつて自分がそうしたように、対立候補陣営の謀略に陥れられた私は、三十日(ひとつき)と経たず首を刎ねられて──また鳥の声と共に寝台で目覚めた。

 どうやら1回目の私は知らぬ間に、陰謀(どく)をもって陰謀(どく)を制していたらしい。


 そうして次も、その次も、その次の次の次も、どんなに頑張っても一年後には命を散らす。


 そんな繰り返しが100回目に近付くころ私は、もしかしたら1回目の罪の(あがな)いとして善行に励むべきなのかという考えに行き着いた。

 弱きを助け強きを(くじ)く、そんな行いをしていると、アマヒト様も自然と私のことを好いてくれたし、民たちからも愛された。

 私にとっていちばん自然な生き方は、これだとさえ思えた。


『……あれは都合(たち)が悪い……皇子を惑わす女狐じゃ……』


 ──結果、権力者たちに疎まれ、陥れられて首を刎ねられた。


 それなら悪しき権力者どもを根絶やしにしてしまおうと何度も試したけれど、いくらやっても、より根深い闇が姿を現す。

 対抗してより強い力を求め、次第に目的を見失いかけていたのが200回から300回ごろだったか。


 まあ、おかげで皇国の権力者の、ほぼ全員の弱みが私の手の内にある。

 その気になればどいつもこいつもすぐ私の言いなりだ。

 ただし、それが巡り巡って自分の首を絞める──というか刎ねることも、身をもって理解している。


 そう、すべての選択に正解などないと悟ったのは、忍びの技を修めつつ400回を超え、美食を極めたり筋肉を付けたりと迷走しながら500回に近付いたころ。


 最善手と思える選択肢が、後々に最悪の結末の呼び水になる。

 やむを得ず選んだ悪手が、いずれ窮地を脱する鍵になる。

 無数の運命の糸が複雑怪奇に絡まった、それこそ人生だと。

 だから、まるで皇棋(コウギ)の盤上のように、何手も先まで読み通さなければならないのだ。


 ──ちなみに皇棋とは、兵種に見立てた駒を取り合う遊びの中で用兵術を磨く、我が国(アマナギ)伝統の盤上遊戯(ボードゲーム)のこと。


 というわけで600回ごろの私は皇棋の名人に弟子入りし、未来を見通す手段(すべ)を得んとしていた。

 何回目からか強すぎてイカサマを疑われたり、兄弟子に嫉妬されて殺されかけたりしつつ。まあそのころには忍びの技を身に着けていたから、あっさり返り討ちにしたのだけれど。


「──大丈夫? 良ければ座って、すこし話そう」


 つい感慨に耽り黙り込んだ私の顔を、首をかしげて覗き込むのは、心配そうに眉根を寄せたお顔。絹糸のような白髪がさらりと肩から胸に流れる。


「いいえ、もったいのうございます……」


 私が何回やり直して新しい知識や技能を身に着けても、彼は変わらず温かく接してくれた。けれど、ひとつだけ気になることがあった。

 あまりに小さな変化だから、はじめは思い過ごしだと流していたけれど。

 1回目(はじめ)、王子の髪は艷やかな黒だった。

 そこから白髪がほんの数本ずつ、でも確実に増えていった。

 伴って、ほんとうに微々たる変化なのだけれど、すこしずつ顔色も青白く覇気も失われていくように思えた。


 それでも優しさだけは、ずっと変わらなかった。


 700回を過ぎたころからアマヒト様は、ときおり病に伏せるようになった。

 彼を癒すために最新の医術や古今東西の薬学、気功から仙境の秘薬(これは無駄足)まで、健康にかかわるものを片っ端から修得したのが800回あたり。

 最先端の知識を持ってやり直し、医学を数十年分は進歩させることができた。 

 おかげで自身が病で時間を無駄にしたりすることはなくなったし、流行り病もすぐに収束させられるようになった。


 けれども、アマヒト様のゆるやかな衰弱を癒すことはできなかった。


 900回台の半ばに差し掛かったころには、もはや誰も私を陥れることなどできなかった。すべてを先の先まで見通した振る舞いで、完璧な日々を過ごしていった。

 今度こそ一年を越えて生き延び、この繰り返しを終わらせる。

 アマヒト様の衰弱も、これで終わりにする。


 ──そして私は、呪い殺された。

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