はじめに
底抜けに青い空。地平線から挙がる白い雲。
頬を撫でる風は潮風のにおいがし、目映いばかりの太陽が僕を照らし、ほのかに僕の肌をジリジリと焼いているような感覚がする。
「ドッグくん。服の調子はどうですか、窮屈じゃないですか?」
そう僕に声を描けて来たのは一人の少女だった。
銀色の髪に星空を思わせる深い青を示す瞳。そして、その腕に抱くように持った一本の杖。
彼女の名前はシャルロット・グレース。
僕と彼女との関係はなんと言うか、話すと少し複雑ではある。
少し視線を落とし、僕は自分の服装を眺める。これは多分、執事服と言うのだろうか。
そうそう、髪だって、ぼさくさだったが一体何を塗られたのか、髪も綺麗に撫で付けられてしまった。
「はい、お嬢様。サイズもピッタリです」
そう言葉にすると彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
さて、なぜ奴隷だった僕がこんな格好をしているのだろうか。
僕は、ほんの数日前に彼女シャルロット・グレースに買われ。何を思ったのか、そのまま召し使いとして雇われることになったらしい。
まあ、奴隷であった僕が食いぶちに困らない為の当面の応急処置であると言っていたし。ある程度、大人になれば自由の身にしてくれると彼女から約束はされた。
正直な話。僕は彼女、シャルロット・グレースの従僕であることに何ら不満はない。むしろ、僕としては彼女の側に仕えることは至上の喜びと言ってもいい。
少し大袈裟かもしれないけど。彼女との出会いは僕にとって生きる意味と勇気を与えられた。
そして、あまつさえ彼女は僕を奴隷の身から解放してくれた。
それは奴隷の身であった僕には身に余る程の光栄だ。
「大丈夫ですか? ドッグくん。船酔いとかしてないですか?」
彼女の声がすると同時に視線をそちらに向ける。
心配そうにこちらを見る彼女の綺麗な瞳に思わずたじろぎそうになる。どうやら、彼女の威光は今の僕には少し眩し過ぎるみたいだ。
あまりにも住む世界が違いすぎるんだもの……
見ると、思わずたじろいだ僕の様子を見て。倒れないようにと心配そうな顔をした彼女が僕の裾を掴んでくれている。
「すいません、お嬢様。少し酔ってしまったのかもしれません」
そう言うと、僕は周りに視線を向けた。
今、僕達は大きな船の上にいるのだ。そして、周りには世話しなく働く船乗り達。更に周りを見渡せば地平線まで見える大海原。
僕は今、彼女……
いや、今はお嬢様と言うべきだろう。
僕は今、お嬢様と一緒に船の上におり、王都を目指しているのだ。お嬢様のメイドと執事。そして、僕の四人旅である。
そう、夢にまで見た、旅の景色だ。冒険の景色だ。
この景色も色も。全て、その全てが彼女と出会わなければ見ることのなかった物だろう。
「ドッグくん。調子が悪いなら、部屋で休んだ方がいいよ。さあ、客室に戻ろう」
そう言うと、お嬢様は僕の手を取ると誘うように手を引いてくれた。
ああ、これだけで。ただ、これだけ僕は報われた。
だからこそ、彼女の為に生きよう。彼女に仕え報いよう。
そして、いつかきっと。彼女へ、この大恩を返すのだ。
この景色を見せてくれた彼女の為に……
「はい、お嬢様。御気遣いありがとうございます」




