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源氏“裏側”物語 もしくはいずれの帝の御時にか光源氏の兄になってしまった不運な公僕の顛末記  作者: 松本紗和子
第一章:桐壺 もしくは主人公の水面下でバタバタする白鳥の足の如き裏側の活躍
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第22話 伝説の鬼、そして歴史に生きた人々

またまた説明が多い回となりました。

◇一宮/隆明親王:五歳  二宮(後の光源氏):二歳  6月中旬 二条烏丸殿 西北対


 二条烏丸殿の西北対にある、人気のない一角。

 そこに、私と千寿、お爺、母上、忠克。そして、あの辻で出会った修験者が集まっていた。

 お爺と母上の二人にはあらかじめ、あの日のことを簡単に説明をしている。「とある修験者と知り合った。もしあっちが接触してきたら、味方になってくれるやもしれない」くらいだが。

 あの日から数日たった今日の夕方、忠克から修験者が接触してきたとの連絡があった。

 私は急いで宮中から帰ってきていた母上とお爺に連絡した。あの修験者が接触してきた、と。そこで打ち合わせ通り、二条烏丸殿の人気のない西北対で、密談を行っているというわけだ。

 母上御簾の中に、私と千寿、お爺、護衛役である忠克は庇に、修験者は階の下で平伏している。そして、その周囲を、忠克が選抜した特に口が堅く、実力のある武者たちが固める。ちなみに私も御簾の中に入るよう言われたが、断固として断った。取次のやり取りめんどくさいし、顔見て話したいもん。

 ……のはいいんだけど。

 だーれも口を開かない。だよな、「あの修験者」とどういう口を聞けばいいのかわかんないんだろう。

 御簾の中から視線を感じる。隣の千寿とお爺と忠克からも感じる。修験者や武者の皆さんからも感じる。だよね、首謀者だもんね。

 私が行きますよ、はい。まずは名前だな。


「……直答を許す。御坊、何と呼べばいい?」


 修験者は戸惑ったようだった。

 私の後ろにいる見知った顔、忠克のほうを向いた。後ろで忠克が微かに動いた気配がする。頷きでもしたのだろうか。

 すると、修験者は震えた声ながらも、しっかりと答えた。


「……ギケンとでもお呼びください」


 ギケンね。字を問うと、修験者は義、賢、と答える。

 母上とお爺は沈黙している。とりあえずは私の行動を見守ることにしたらしい。

 次は自分の側の自己紹介だ。

 

「僕は一宮。こっちは従兄の千寿。御簾の中にいるのは母である弘徽殿女御と、祖父の右大臣だ」

「一宮、様……」


 真であったか。義賢は顔を伏せたまま呟いた。

 忠克から聞いていたのかもしれないが、貴族の若様だと思ったらまさかの帝の第一皇子登場だもんな。いわば雲の上の人だ。

 そんな人が、自分と直接会話をしている。義賢からしてみれば、信じられぬことなのだろう。


「して、一宮。この義賢とやら、いったい何者なのじゃ?」


 御簾の中から母上が尋ねてくる。

 ま、そうだよね。味方になってくれるとはいえ、小汚い修験者が一体何の役に立つのかって話だ。

 わたしは修験者を地ろりと見た。いまだに平伏したままだ。


「この者は、京を騒がせる“鬼”のごとき賊の一人です」

「何ッ!?」


 御簾の内からがたん、と音がした。母上が動揺したのだろう。ちなみに忠克と護衛の武者さんたちには話してある。東国武士の皆さんはピクリとも動かずただ護衛の任をこなしている。かっこいい。


「先だって五条の備中守の娘が髪を切られたとあったが……その賊か!?」


 母上が叫ぶ。

 あり、噂には聞いてたけど、マジでそんなことしてたの?

 私は義賢をみた。義賢は何も言わんけど、後ろの忠克がふんと鼻を鳴らした音がした。そんなことしてたらしい。

 こんなに大きい声出したら聞こえちゃう。私はとりあえず母上を宥めにかかった。


「母上、落ち着いてくださりませ」

「なれど……」


 めき、という何かが折れた音が聞こえた。それと、隣のお爺の「女御よ、落ち着くのだ」というあわあわ慌ててる声。

 御簾の中で何やってんのか知らんが、まあいいや、続けよう。


「母上、確かにこの者たちは賊ですが、人を殺めてはおりません」

「それはそうじゃが……」

「何ゆえに賊になったのかは知りませぬが……」


 私はじっと平伏したままの義賢を見た。

 鬼のような賊。

 私はあの時、この修験者―義賢にこう囁いた。


 ねえ御坊、この子たちって、もしかして、今都を騒がせている鬼のような賊とやらなんじゃないの?


 ぐったりして体が動かない、奇妙な幻、鬼、カルヤシャ、クガミミ、修験者、甘ったるい匂い。

 あの場所で見たもの、聞いたもの。私の中で泉が一本繋がった。

 おそらく、彼らは、兵衛が言っていた賊だ、と。

 そして手口は― 


「そなたたちが屋敷に侵入したときに使ったもの―あれは麻の葉か花だろう」

「!」


 義賢が頭を下げたまま、目を見張ったのがわかった。

 麻の葉か花、要するに大麻だ。

 千寿がアムステルダム云々って言ったときに気づいたんだ。

 オランダのコーヒーショップってのは、マリファナ、要するに麻薬の大麻を売っている店なのだ。

 大麻に関して寛容政策をとっているオランダは、AHOJ-G基準という規則に従っている限り取り締まりは行われない。

 で、そのコーヒーショップでは当然大麻をぷかぷかやっている人たちがいて、匂いもぷんぷんしているわけだ。千寿はそれを嗅いでしまったのよね。

 コーヒーショップの甘ったるい匂いがする修験者。あ、こりゃ大麻だな、って気づいたわけだ。

 え、大麻に修験者?平安日本で麻薬?この時代の日本で大麻スッパスッパやってんの?とかって思うかもしれん。

 けど、古来より日本では、麻は繊維として非常に身近なものだった。「麻打ち」という繊維をとる作業の最中に酔っぱらったようになる「麻酔い」という現象は古くから報告されている。

 どれぐらい古くからあるかっていうと、播磨国風土記(奈良時代初期編纂)に麻打ちをやってた女性が次の日死んでたという話が乗る程度には古くからある。

 江戸時代前期の忍術伝書「萬川集海」には、麻の葉を乾燥させ粉末にした「気が抜けてうつけになる」という「阿呆薬」なるものが記載されている。

 そして、忍者ってのは修験道の影響を多大に受けている。忍者が使う変装術、七方出の術の中には山伏(修験者)が入っているし、そもそもにおいて忍者の祖は修験者であるという説もある。山中で修業を行う修験者は山野草の知識をよく知ってるだろうし、その知識は忍者たちに受け継がれただろう。

 ゆえに、修験者である義賢が大麻に関する知識を知っていてもおかしくはないってわけだ。


「麻の葉や花を焚いて吸わせるでもして動けなくし、母屋に侵入した。部屋には香炉がある。吸わせるのは容易……違うかな?」

「……そこまでお気づきでございましたか」


 義賢はがっくりとうなだれた。自分たちの手の内がさらされたのだ、そらショックだろうな。

 大麻には、吸ってハイになると、ソファなどから動けなくなる「カウチロック」とかいうものをおこす品種がある。

 ちなみに、日本に古来からある麻は毒性が少ないらしく、こんな風にはならないらしい。でも、もし過去にやってきた転生者の中にヤク中がいて、大麻の効果はこういうもんだ、とかいう認識があったら。

 その認識がこの世界の大麻の効果として上書きされてしまってもおかしくはないわけだ。

 あ、私は薬なんてやってないからね。私がキメてるハーブは青じそだけだ。青じそ最高。大好き。


「しかし、親王ともあろう御方が、何故麻の葉の効果を……?」


 義賢が心底不思議そうに首を傾げたが、あ、前世に大学で。とか言えないし。

 私は千寿と顔を合わせてにやりと笑うことでごまかした。

 さて、静かになったところで、さっさと本題に入ろう。母上とかお爺がいろいろ言ってくる前に。


「単刀直入に言う、義賢。ぼ―私に仕えよ。そして、あの子たちの身内―与謝の大山の隠し鉱山(・・・・)の主たちと繋ぎを取ってくれ」

「……!」


 背後の忠克が息を飲んだのがわかった。忠克だけじゃない、御簾の中の母上、隣のお爺もだ。落ち着いているのは、あらかじめ話してあった千寿だけだ。

 そうじゃないか、とは思っていた。7割ぐらいは当たってるかな、とは思っていたが、一種の博打だった。

 けど、義賢の様子を見るに、どうやら正解だったらしい。

 顔を上げた義賢は、大きく目を見開き、わなわなと唇を震わせた。


「な……なぜ……」


 可哀そうに。人生でこうも驚かされたことなんてなかったんだろうな。

 それは母上たちも同じだったようだ。私と義賢のやり取りを、固唾を飲んで見守っている。


「少し歴史を知っていればわかること」


 私は大学時代に調べたことを思い出しながら続けた。


「あの場所で聞いたカルヤシャ、クガミミ、そして兵衛が言っていたツチグマ……これらはすべて、与謝の大山の鬼退治に関連する名前だ。大和の文献では、カルヤシャは軽足と書かれているはず、クガミミは―多分陸耳御笠(くぐみみのみかさ)のことだろう」


 暗くてもわかる。かがり火に照らされた義賢の顔色が、どんどん悪くなっていく。


「彼らは、その末裔なのではないか?」


 母上やお爺は何も言わない。どんな顔をしてるかわからんが、私の言葉を静かに聞いている。忠克もだ。

 ……しばしの沈黙があった。

 どれほどの長さだったかはわからない。

 義賢はしばしの間震え、唇を開いては閉じ―そして、平伏した。


「恐れ入りましてございます。すべて、一宮様が仰せられる通りでございます」


 武者たちがざわめいた。忠克がどんな顔をしているかわからないが、騒ぎ始めた部下を止めないあたり、びっくりしてるんだろう。

 一方、御簾の中とか隣からは「清道公……」「お導き……」とか聞こえてくる。一番めんどくさい人たちが勝手に納得して勝手に誤魔化されてくれた。ありがとうひいじいちゃん。

 さて、清道公で誤魔化されてくれたところでだが、古くは与謝の大山と呼ばれていた大江山周辺には、三つの鬼退治伝説がある。

 一つは崇神天皇の弟日子坐王(ひこいますのみこ)が、土蜘蛛族の陸耳御笠(くぐみみのみかさ)を退治したというもの、もう一つは、聖徳太子の弟の麻呂子親王(当麻皇子)が英胡、軽足、土熊を討ったというもの。最後は有名な酒呑童子伝説だ。 

 でだ。伝説はともかく、歴史上の事実として考えよう。この鬼ってのは何なのか? 

 実は大江山ってのは金属鉱脈が豊富で、戦前にはニッケルを産出する鉱山があった。また、古材のたたら製鉄跡や銅鉱山の跡が残っていたりする。

 さらに言えば、近年(西暦2000年代な)の調査により、大江山のある丹後国周辺には、大和朝廷と並ぶ独立性をもった勢力があったのではないかと推定されている(丹後王国論)。

 これらの歴史的事実を鑑みて仮説を立てるのなら―大江山を含む丹後一帯では、金属加工技術をはじめとする富の蓄積があった。これに目を付けたヤマト朝廷は兵を派遣し、支配下に置いた。

 また、丹後のみならずとも、権力者や武士たちが鉱物資源目当てに鉱山主や金属加工技術を持つ一団を襲い、その富と技術を我が物とした。

 それが後に、鬼退治伝説として伝わったという説である。

 私はカルヤシャやクガミミという言葉を聞いた際、これらの説を思い出した。

 そして思ったのだ。彼らは古来栄えた丹波王国の末裔であり、大江山のどこかに隠し鉱山を持つ産鉄民なのではないか?何らかの目的で、都にやってきているのではないか?

 そして、時代的に見れば今は10世紀初め。10世紀後半の源頼光による酒呑童子の鬼退治が起こっていない以上、まだ、大江山には隠し鉱山を営む酒呑童子(鍛冶技術者)たちが住んでいるのではないか?

 そしてもう一つ。酒呑童子伝説で頼光一行が山伏(修験者)に化けているように、産鉄民を含む山の民と修験者は、同じく山に生きる者として一種の仲間意識を抱いていた―一種の山の民としてのネットワークを築き、共存していたのではないか?という説も。

 そして、予想は見事に的中した。


「あの者たちは、麻呂子親王の侵攻によって滅ぼされた丹後の豪族の末裔でございます。今は大江山に隠れ住み、一宮様の仰せられる通り、鉱山を営んでひっそり暮らしております」


 もはや全面降伏、といった様子で、義賢が話す。


「おお……」

「なんと……」


 御簾の中から溜息と驚愕の声が聞こえてくる。

 よし、今が好機だ。僕は義賢を説得しにかかる。


「悪いようにはしない。鉱山を私に献上し、採掘した物の何割かをこちらに渡してくれ。報酬として米や布を支払う。残りの鉱物は今まで通り好きなようにすればいい」

「ほ、報酬をくださるので?」


 義賢はびっくりしてた。

 そらそうだよな。

 きっと、鉱山を私のものにして、自分たちから年貢みたいに鉱石をとりたてようとするんじゃないかとか考えてたんだろう。

 平安貴族ならそれでもいいけどさ、私としちゃ社員にはちゃんと報酬を払いたいのよ。


「我々は鉄を得る。そちらは安全と金を得る。何しろ親王、そして右大臣の庇護下に入る。お前たちをどうこうしようとする者たちはいなくなるはずだ」


 鉱山開発がまだまだなされていないこの時代、一部の者しか知らない隠し鉱山ってのは文字通り山のようにあるはずだ。そして貴族だの武士だのは、彼らを武力で排除して富を自分のものにすることを厭わない。鉱山主たちもかなりの被害を受けるはずだ。

 けど、私の庇護下に入ればそんなことはなくなる。私は今を時めく右大臣の後ろ盾を持つ帝の第一皇子。春宮候補の私の所領にそんなアホなことをする奴は、まずいないだろう。

 

「こちらで管理者を命じるが、あくまで名目上だ。実際の管理はそちらに任せる。不安なら、そちらの推す人物に適当な役をつけよう」


 これでどうだ。

 こっちで上役つけるけど、不安なら現場監督とかそういう名目つけてあげるよ~一宮様はアンタたちを適当に扱う気はないのだよ、と優しく伝える。

 これ、平安時代のアウトサイダー的民に対する扱いとしちゃ結構破格のもんだと思う。私の21世紀的価値観が従業員さんは優しく扱いましょうって言ってるのもあるけど、こうやって隠し鉱山主によい待遇を約束しとけば、他の鉱山主も私の味方になってくれるんじゃないかな~という下心もある。

 鉄をはじめとする鉱物は重要な資源。交易にでもなんにでも使える。必ず私の力になる。手に入れたい!

 私が熱心にそのことを伝え終わると、義賢はがくーんと顎を落としたまま、私に平伏する。


「……かしこまりました。近日中に与謝の大山に向かい、必ずお伝えいたします。しかし……」


 ん、しかしなんだ?


「あの者たちが……」

「あの者たち……ああ、クガミミとかカルヤシャと呼ばれていた人たちのこと?」

「はい」


 義賢は顔を上げてため息をついた。


「一宮様が仰せになったことを伝えても、あの者たちは山には帰りますまい」

「……」


 一瞬何言ってんだと思ったがそうだった。あの子たちは何かよくわからんけど京で鬼のフリした盗賊やってんだよね。

 そもそもなんで縁も所縁もない京におりてきてンなことやってんだ?なんか目的があるからに決まってるわな。それが解決しない限り、あの子たちはずっと盗賊を続けるだろう。

 何が目的なんだ?

 僕と同じ思いだったらしい。千寿が尋ねた。


「そもそも、お前たちは何で京に来たんだ?」

「……それは」


 義賢は話し出した。

 なんでも、半年前、与謝の大山の隠し鉱山の主の息子である青年には、恋人がいた。

 散楽などの芸を演じて各地を渡り歩く集団、いわゆる傀儡子(くぐつし)の一団に所属する女性らしい。女性だから傀儡女(くぐつめ)だな。

 そういう集団が傀儡子って呼ばれてるかどうか時代的には微妙だが、まあめんどくさいし傀儡子っていうところにしておく。とにかくその傀儡女ちゃんと付き合っていたわけだ。

 ところが、その傀儡女ちゃんが所属する傀儡子の一党が、京の郊外の宇治にあるお貴族の別荘で講演したとき、その貴族に使えてた武者(多分忠克と同クラスの下級~中級貴族)が彼女を気に入った。で、その武者は無理やり傀儡女ちゃんを一党から引き抜いて自分のお手付きにしちまったというわけだ。

 その武者の名前はわからんが、とりあえず京にいることはわかったので、彼女を探すため、親の反対を押し切って捜索を続けている。

 義賢は御曹司の父親に頼まれ、彼らを追い、手助けをしているのだという。

 義賢の話を聞いた母上が、なんと哀れな……と呟く。

 息子ちゃんと傀儡女ちゃんがどんな関係だったかは知らんが、こうやって危険な場所で危険なことをしてまで取り返そうとしてるということは、もう相当に仲が良かったんだろうな。


「武者……武者ねぇ。忠克、何か知ってる?」


 武者のことは武者、というわけで忠克に尋ねてみると、忠克は少し髭を撫で、首を傾げた。


「はて、聞いたことが……いや。そういえば」

「何か知っているの?」


 忠克は軽く頷いた。


「たしか源氏の……名は忘れましたが、ともかく何某(なにがし)かが、宇治より見目麗しい娘を雑仕女(ぞうしめ)として連れ帰ったとか」

「まことで!」


 義賢が食い入るように忠克に尋ねる。縁も所縁もない京の都で、やっと見つけた手掛かり。鉱山主に頼まれた身としては、それこそ藁にでもすがりたいんだろう。

 あ、雑仕女ってのは内裏や公卿の家に仕える女性の召使のことだ。位階はなく、皇族に直接お目見えすることは許されない。けど、貴族の妾になる人もいたらしい。

 忠克は少し驚きながらも答えた。


「うむ。しかしその者、今は京におらぬぞ」

「そうなの?」


  千寿が尋ねると、忠克は「はい」と返す。


「確か先だっての小除目(こじもく)相模介(さがみのすけ)に任じられ、相模に向かったはずでございます」

「お爺」


 小除目とは、臨時除目とも呼び、何らかの事情で空席となった官職を決定する等、恒例の除目以外に臨時に実施される小規模な除目のことだ。あ、除目ってのは、

まあ官職任命行事みたいなもんだと思っとけば大体あってる。

 まあその小除目でなんかあったってんなら、右大臣であるお爺が知ってるはず。私は隣のお爺に尋ねた。

 すると、お爺は思い出すように目を泳がせ、ぽんと手を売って答えた。


「おお、確か、急に亡くなった先の相模介に変わり、左大臣が推した源元平とやらが相模介になったはず」

「相模に……」


 義賢が唇をかんだ。

 相模。現在の神奈川県だ。んで、相模介ってのは、国司。つまり相模を治めるために中央から派遣された官僚の次官である。神奈川県副知事?みたいなもんだろうか。

 現在は京都から国府があったとされる神奈川県海老名市付近(諸説あり)までは、新幹線を含む公共交通機関を使えば4時間もかからないだろう。

 けど、平安時代なら2週間以上はかかる長旅となるだろう。あまりにも遠すぎる。

 もし、その傀儡女ちゃんとやらが相模に連れていかれたとするならば―御曹司はどうするのだろうか?この時代、旅というのは一歩間違えれば死の危険があるもの。

 しかも、縁なければ土地勘もない相模まで、どうやって行くのだろうか。

 もしかしたら義賢の修験者としてのコネを借りればどうにかなるかもしれないが……それにしても難しいだろう。

 僕は忠克に尋ねた。


「どうにかならない?」

「一宮様……」


 忠克は困ったようだった。

 まあそうですよね。あなた常陸(茨城県)出身だもの。神奈川に縁なんてないよな。でも、東海道を通るわけだし、国府にちょっと寄っていくとかはできると思うんだけど……。

 忠克にそのことを話すと、腕を組んで唸った。

 傀儡子ってのは諸国を巡って芸を披露する旅芸人なのだ。その旅芸人に恩を売れば、各地の情報を得ることができるようになるかもしれない……。繋ぎはつけておきたい。


「もし彼らと縁をつなぐことができれば、諸国の情報を得ることが容易になるんだ」

「それは重要だな。何とかならない?忠克」


 千寿も援護してくれる。義賢もすがるように忠克を見た。

 しばらく唸っていたが、誠実な忠克は主人の無茶ぶりにもきちんと答えを出してくれた。


「……先日、歯刷子の材料である馬の毛を届けに来た一族の者が、そろそろ国に帰りますが……それに同行させることなら、なんとか」


 そして彼らと入れ違いになる形で、忠克の弟二人が上京するという。うまくいけば、帰りは彼らについてくればいいだろう。


「義賢」

「御厚意、心より感謝申し上げます。必ずや、あの者たちを説き伏せまする」


 義賢に顔を向けると、彼は深々と地に顔を伏せた。


 義賢が帰った後、御簾の中に入った私と千寿に、母上が言った。


「隠し鉱山の主と繋ぎをつけ、修験者や旅の傀儡たちから情報を得る、か……清道公のお導きか?それとも、そなたの自身の思いつきかや?」


 母上はため息をついた。

 しかし、悪いため息ではない。感心のそれだ。自分では思いつかない、それをまさか我が子が?といった。

 母上はこの時代の女性にしちゃ珍しいリアリストな部分がある人だ。地位や身分は気にするが、身分が低くとも優秀ならば使い、功績を褒める。

 前にも言ったが、この時代の女性に生まれたのがこの人の不幸だろう。現代、いや、戦国時代の城主の息子にでも生まれたら、それこそ織田信長クラスの戦国武将として歴史に名を残していたかもしれない。

 私は清道公の名を出そうと、口を開いた。すると、


「一宮様の思い付きでございます、女御様。修験者や傀儡の者たちのことは教えていただいておりましたが、それをまとめ、使うことを思い立ったのは一宮様。素晴らしいお考えかと存じます」


 千寿が母上に向かってそう言った。そして、私をちろりとみて小さく頷く。


「清道公は常々おっしゃっておられました。天子の役目とは民を愛しみ、安んじること。鉄の農具が増えれば田畑も米も増え、暮らしも楽になりましょう。情報を集めることができれば、民の苦しみをいち早く知ることができましょう」

「そうか……」


 母上はうんうんと深く頷いた。

 だが、一方のお爺は厳しい顔だ。


「しかしながら一宮様、いかに世をよくするためとはいえ、下賤の者たちと直にお会いになるなど……他の者たちに知られでもしたらどうなることか」

「父上」


 感心していた母上も、ちょっと同意するところがあったらしい。微妙な顔でお爺を見る。まー雲の上の立場な皇族様がどこの馬の骨とも知れん奴と接触してたらよくないわな。たとえ世界観若干ガバななんちゃってお平安世界でもさ。


「もちろん、おおっぴらに会うようなことはしないよ、お爺」

「しかし……得体の知れぬ者がこの二条烏丸殿に入り込んでいるとなると……」


 うーん……。

 いくら平安時代の貴公子は素行が悪いのがデフォルトとはいえ、次期春宮候補が住むお屋敷に、傀儡子はともかくスラムの子どもみたいなのがうろちょろしてるんじゃよくないか。

 僕たちが悩み始めた、その時。


「……忠克、確かもうすぐ弟が来るんだったよな」

「千寿?」


 千寿が急に、御簾の外側にいる忠克に声をかけた。


「はい、左様でございます」

「じゃあ、今までやってきたことは弟たちに引き継いで、忠克は彼らの統率に専念してもらう、とか?」


 忠克に?

 御簾の外の忠克がどんな顔をしているかはわからない。でも、いい案に思えた。

 忠克は宿衛(警備員さん)の任についているときは、二条烏丸殿近くの小屋に住んでいた。けど、官位を得て左馬寮に努めるようになってからは、五条のあたりの小さな屋敷に住んでいる。私はまだ会ったことないけど、お嫁さんも呼び寄せて一緒に住んでいるようだ。

 たから、義賢やほかの修験者、傀儡子なんかが尋ねてきても、そんなに話題にはならないだろう。


「でも、負担が大きくない?負担を大きくした僕が言えることじゃあないけど……」


 御簾の外にいる忠克がどんな顔をしているのかはわからない。忠克は黙って

 戸惑っている私に、千寿がさらに忠克に任せることのメリットを話す。


「でも忠克が取りまとめするのが一番いいと思うよ。口は堅いし誠実しだし、字は金釘だけど書き物もできるし。僕たちの考えもわかってくれてるし」

「そんなのはわかってるよ、しばらくの間は、僕が直接接触するよりよっぽどいいってわかってる。けど……」


 平忠克という男は、千寿が言ったように口は堅くて誠実だし、二条烏丸殿(うち)に仕える誰よりも腕っぷしが強いし、馬の扱いに関しちゃ京どころか馬寮で一番だし、教養だって“士別れて三日なれば刮目して相待すべし”って感じですごく努力してる。

 彼が有能な男だってのはわかってるけど、そういう問題じゃないんだ。

 この時代、身分、官位というのは大きい。

 忠克だって。今は土豪の坊ちゃんだが、元は桓武天皇を祖とする皇胤だ。当然、プライドも高い。

 しかも、忠克が接することになるのは、農民なんかじゃなく流浪の民とか、得体の知れない産鉄民とかそんな人たちだ。彼らとは歴史的な意味でもいろいろと因縁があるし、デリケートな対応が必要になる。

 一回や二回の短期接触ならまだしも、長期的に接触することとなると……。

 悩む私の下に、静かな忠克の声が届く。


「お気遣い、感謝申し上げます。一宮様」

「忠克……」


 微かな衣擦れの音がした。

 顔はわからないが、かすかな灯台の灯からでも、彼が平伏しているというのがよく分かった。


「その件、私にお任せいただきたく」


 私は千寿と目を合わせた。


「でも忠克、いいの?彼らことを任せても」


 私は言外に身分のない者たちと接触してもよいのか、と尋ねる。

 すると、忠克ははい、と力強く答えた。


「必ずや、一宮様と千寿君の期待と信に応えて見せまする」


 ……自分の中で納得してくれたらしい。

 しかし、僕が対応できない以上、忠克に対応してもらう以外の選択肢がないのも事実。

 私は母上とお爺を見た。二人は小さな声で話し合い……というか母上が反対気味のお爺をぐいぐい押している感じだったけど、とにかく話し合っていたが、ついに母上が推し勝ちOKが出た。


「左馬小充ならば問題なかろう」

「はい、母上」


 僕は忠克を見た。

 忠克の顔は見えない。心配でもある。けど、任せる人が彼しかいないし、彼ならばしっかりやってくれるだろう。


「お願いできるかな」

「は!」


 忠克は力強く返答した。

 

 ……それから二か月後、桐壺更衣が皇女(ひめみこ)を出産した、まさにその日。 

 忠克に連れられて、一人の青年と16、7とみられる少女、10歳に満たぬとみられる少年がやってきた。

 青年と少女は帰ったが、少年はそのまま二条烏丸殿に残り、小舎人童として仕えることになった。

 少年は夜叉丸という小舎人童としては一風変わった名付けられ、私たちのそば近くに仕えることとなる。

 そしてその顛末を知る者は、ごくごく僅かであった。

 

210213:牛飼童→小舎人童に修正

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