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源氏“裏側”物語 もしくはいずれの帝の御時にか光源氏の兄になってしまった不運な公僕の顛末記  作者: 松本紗和子
第一章:桐壺 もしくは主人公の水面下でバタバタする白鳥の足の如き裏側の活躍
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第19話  理想の人間を演じるのは意外とストレスがたまる

◇一宮:五歳  二宮(後の光源氏):二歳  6月中旬

内裏 梨壺


 今まで作った絵図や民の生活の実態調査書類、そして忠克に持ってこさせた農具の実物を一通り見た春宮様は、大きく息を吐いた。そして、誰に聞かせるでもなくつぶやいた。


「民がこのような苦労をしているとは……」


 春宮様、最初は書類をぺらぺらっと軽く流していた感じだったけど、途中からものすごく集中して読み始めた。疲れたんだろうな、たくさん質問もしてきたし。

 持参した農具の説明なんかも、かなり真剣に聞いていた。なんでこんな形をしているのか、どんな作業に使われるのか、どんな効力があるのか。

 特に、この時代の一般民衆たちの生活について書かれた部分は、かなり熱心に質問していた。

 結構びっくりしたけど、私もその熱心さに応えた。

 忠克に調査させた京周辺の民衆、そして忠克の故郷常陸国の民衆の生活の様子プラス私の前世時代の知識。重い税、国司によって課せられる苦役、貴族以上に死が近くにあるその人生。疫病や飢饉が発生した際の悲惨な状況を話した時には、涙を流していた。

 そして、それでも力強く生きる彼らの逞しさを知り、驚いていた。

 もちろん、まだ11歳の春宮様には難しいところもあったろう。でも、わからないなりに理解して、彼らの苦労を、気持ちを、悲しみを理解しようと努力していた。

 これって、結構すごーいことなのよ。

 平安時代のお貴族様は、庶民がどんな生活・苦労をしているなんてまーったく知らなかった。興味もなかったと思う。中流貴族である清少納言だって、「稲刈りって簡単そう、やってみた~い」なんてぬかすくらいわかってなかった。

 平安時代中期ごろから、貴族たちは地方行政を受領―つまり県知事的役割の役人に丸投げしていた。

 極論を言えば、彼らは規定通りに税が入ってきていれば、受領が農民たちを搾り取ろうと気にしていなかったのだ。もちろんやりすぎは罰せられることもあったが。

 で、貴族たちが寝殿造りの屋敷に住み、優雅を競うことと酒宴とを行い楽しみ暮らしていたころ、地方の民は縄文以来の竪穴式住居で暮らしていたのだ。

 ちなみにこの竪穴式住居、古代のものと思われがちだが、東北地方なんかでは室町時代ごろまで現役だったんだよね。

 いやあ、真夏の発掘キツかったわァ……と思いをはせていると、春宮様がこくんと首をかしげてつぶやいた。

 

「……しかし、なぜ田畑のことを最初に行おうと思ったのだ?」


 わっつ?

 え、なんでって……いや、食生活をどうにかしたいっていうのもあったけど、味方を得るためには資金が必要、そして資金を得るためには米の増産が手っ取り早い。この時代、布や米がお金代わりにされていたからね。


「清道公のお導きあらば、亭子の帝のころに行われ、清道公がなさっていた政を再び始めることができるだろうに」


 あ~そっち?そっちか~。あー、あー、う~ん。


(ちょ、宮様)

(あ、ごめん)


 意外な方面から疑問が来たもんで、無意識のうちにぽかーんとしちゃってたらしい。千寿君が裾を軽く引っ張って、こっち側に戻してくれた。

 亭子の帝ってのは、清道ひいおじいちゃんを重用してた3代前の帝のことね。

 んで、この帝は清道公と組んで政治改革を行ってた。内容は、菅原道真と宇多天皇がタッグを組んで行った、のちに“寛平(かんぴょう)の治”と呼ばれることになる改革と似たような感じかな。

 問民苦使(もんみんくし)という地方監察官を派遣し、その結果を民衆からの苦情処理を行ったり、治水工事の実地などで政策に反映させたりしていた。また、権門抑制や小農民を保護するという律令制への回帰、天皇直属機関(蔵人所とかね)の権限強化などをメインにした政治改革を行っていたわけ。

 その改革の主導者とパイプがあるなら、なんでそれをやろうとしないで泥にまみれた田んぼいじり(実際やってるのは私じゃないけど)やってんの?ってことだろう。

 えーっと。聞かれたからには答えなきゃならない。


「それは、それには……」

「それは?」


 春宮様が軽く小首をかしげた。

 なんでかって言われても……?

 私がこういう面倒なことをしてるのは、元の世界に帰るために、物語に穴をあけることだ。プラスコケにされる生活回避と、見た目は華やかでも実態はすごーく辛い平安時代生活の改善。

 物語に穴をあける。違う展開を用意するということだが、はっきり言ってどこをどう変えれば穴が開くことになるのかなど、詳細はさっぱりわかっていない。

 源氏か桐壺帝を暗殺でもすれば早いのかもしれないが、そんな勇気はない。なら私たちがどうにかこうにか頑張るしかないのだが、しかしである。

 平安時代ってのは、美しさ至上主義の時代だ。風雅、優雅、耽美。某氏の言を借りれば女性的な時代であった。

 転生者やらなんやらで多少穴だらけのなんちゃって平安時代とはいえ、それは同じ。そんな価値観が蔓延るこの平安宮廷で、21世紀からやってきたガサツな学者の公務員が対抗できるか?

 無理である。

 元の私―朱雀帝は“きよら”という最上級の誉め言葉でもって賞される美男子な上に、教養もあり何より風雅を好む人物だった。

 そんな彼でも、源氏には対抗できなかった。彼の味方は母弘徽殿女御をはじめとする右大臣一族だけだった。

 そんな彼に劣る私が味方にできる人々はだれなのか―平安貴族とは別の価値観を持つ人々。彼らしかいない。

 その筆頭が、宮中とは全く関係がない一般庶民達であり、忠克をはじめとした黎明の武士たち。そして“鬼”だ。

 そういうわけで、源氏が決して成すことのできない実績を残し、そして源氏に魅了される平安宮廷の人間以外を味方につけようというわけである。

 そうすれば、少なくとも「春宮様(笑)」みたいな扱いを受けることはなくなるだろうからだ。

 つまり一言でいえば、保身である。見紛う事なき自分本位な理由だ。

 しかしながら、由緒正しき血統と後ろ盾をもつ第一皇子の乳母(めのと)だということを誇りに思う中務や兵衛、そして私のことを自身を引き立ててくれた恩人だと思っている忠克氏の前で、「保身でーす☆だって源氏の野郎にバカにされたくないんだもーん」とか言えるわけがない。

 私は背後から感じる期待の視線を一身に受けつつ、脳ミソをフル回転させた。

 あー、えー。うーんとォ……。

 よっし、故事の引用で行くか。魏徴もよく使ってた手だ。


「……君たるの道は、必ず(すべから)く先ず百姓を存すべし。若し百姓を損じて以ってその身に奉ずるは、猶ほ(はぎ)を裂きて以って腹に(くら)わすがごとし。腹飽きて身(たお)る」


 春宮様は目を見開くと、最もだというように何度も深く頷いた。


「……最もなことだ。その言は……何が由来なのかな?」

貞観政要(じょうがんせいよう)でございます」

「貞観……政要?」


 春宮様の顔にはてなマークが浮かぶ。

 あれ、もう日本に入ってきてるはずなんだけどなあ。それともまだ習ってないだけ?まあいいか。ひいじいちゃんから教わったことにしよう。


「大唐帝国第二代皇帝太宗の治に関する言行を記録した書でございます」


 貞観政要とは、後漢光武帝、清康煕帝に並ぶ中国史三大名君の一人(独断と偏見による私選出)、唐の第二代皇帝、太宗の言行録である。

 唐太宗、李世民は、兄と弟を殺害し、父に無理やり譲位を迫り即位したという血なまぐさい経歴の持ち主だ。

 しかしながら、その治世は後世“貞観の治”と呼ばれるほど評価が高く、言行録である貞観政要も、古くより帝王学の教科書とされてきた。

 遅くとも平安時代中期までには日本に伝来していて、寛平3年(891年)ごろに作られた漢籍目録「日本国見在書目録」にも載っている。から、春宮様は知らなくてもほかのだれかは知ってると思う、多分。

 ちなみに、さっきの文章を現代語訳すると、


 君主たるものは、まず何よりも民の生活の安定を心掛けねばならぬ。民を搾取して自らに奉仕させ、ぜいたくな生活にふけるのは、自分の足の肉を切り取って食らうようなものだ。腹いっぱいになった瞬間に両足を無くし、倒れてしまう。


 こんな感じになる。

 あ、ちなみにこれに出てくる“百姓”はいわゆる“お百姓さん”という意味ではない。百姓(ひゃくせい)、すなわち色んな姓を持つ公民の意味で、分かりやすく言えば一般民衆のことを指している。

 百姓ついでに私は続ける。


「我が国の大鷦鷯天皇おほさざきのすめらみことも、民が煮炊きもできぬほど貧しい暮らしをしていることを知り、3年間課税と労役を取りやめられるなど、民を想う政を行い、聖帝と称えられております」

「うん」


 大鷦鷯天皇、つまり4世紀末から5世紀前半に実在したと思われる第16代仁徳(にんとく)天皇である。詳細は省くが、課税と労役の免除は結局10年にも及び、宮の屋根が壊れ雨漏りしても直すこともしなかったという。


「漢籍にも、“君は舟なり。庶人は水なり”とあります。舟が浮かぶことができるのは水があるおかげ。つまり天子が天子としてその座にあることができるのは、国家と天子を支える臣下と民がいるが故でございます」

「その通りだ」


 使い古された表向きの理想論だが、内裏で育った純粋な少年にはよォ~く効いたらしい。

 春宮様は身を乗り出し、目を輝かせうんうんとうなずいている。

 ちなみに、“君は舟なり。庶人は水なり”の後には続きがあるんだけど、まあいいか。


「私がしていることは、確かに親王と呼ばれるものがやることではないのやも知れませぬ。帝の子なれば、もっと高みより政を見るべき―そのことで非難を受けることもございます」


 私はそっと目を伏せた。

 やっちゃいけないことってわかってるよ~自覚はあるよ~、と一応ばつが悪い姿を見せておく。

 実際お爺にも言われたしな。

 でもなぁ、今の段階で指示出して絵図描けんの私と千寿君だけなんだよ。だから仕方ない。


「しかし、何よりも優先すべきは民の安寧。民の暮らしを安んじることができれば、おのずと国も栄え、豊かになります。ゆえに、私は彼らに最も身近な“暮らし”という場所より彼らを支えていこうと、清道公より授けられし知識を広めているのです」


 うーん、わかるようなわからないような理屈を美辞麗句で飾ったようなわけわかんない理屈だ。自分でも何言ってるのかよくわかんない。

 で、さりげなく悪名をかぶってもいいのさ、民のためだもの……!といい子ちゃんのふりをして私は平伏した。 私ったらいい演技!保身が目的なんて微塵も感じさせないいい子ちゃんだわ!そこに痺れる反吐が出るゥ!

 ……私がしばらく平伏したままでいると、正面から、ほォ……ッというため息が聞こえてきた。そして、ううッ……という嗚咽の音。

 そろりと顔を上げると、春宮様がさめざめと泣いている。目からは涙。


「なんということだ……春宮という地位にありながら、そこまで民草のことを想ったことはなかった……」


 何ということでしょう、春宮様が感動してらっしゃる!

 民草の暮らしなど考えもどうのこうの、とか、米がどのように云々、とか、春宮でありながらこれこれ、とかなんかうだうだ言いながら、さめざめと泣いている。

 あのね、春宮という地位にありながら~とか言ってたけど、私は見た目は子供、頭脳はアラサーだから!中身はれっきとした大人なのよ喪女だけど!いわばズルなの!それに比べたら君、数え11歳、小学5年生だぞ!十分すごいからね君!

 ちら、と後ろを見ると、中務や兵衛も目を潤ませている。忠克氏も目元を抑えている。春宮様に仕える梨壺の女房達も、なぜか感動している。千寿は笑いを耐えている。

 「清道公の薫陶を受けし慈悲深く心優しい神童一宮様(笑)」を頑張って演じたつもりだが……ここまで褒め殺しな反応をされると困る。やめろ、私はただの歴オタ公務員なんだよ!心優しくもなければ慈悲深くもないんだよ!


「知っての通り私は病弱……それ故に春宮の地位を辞退しようと考えていた。しかし、それは間違いだった」

「春宮様、それは!」


 思わず、といった風に声を上げた女房を、春宮様が制する。

 苦悩する私をよそに、春宮様は目をキラキラさせて微笑んだ。まるで、迷いが晴れた、とでもいうべき晴れやかな笑顔である。

 え、何?何を言おうとしているの?


「私などより、一宮のほうがよほど国のこと、民のことを思っている。そればかりか、自ら先に立ち民を救おうと努めている」


 悪意も邪気もない春宮様の言葉。

 私の世を忍ぶ仮のいい子ちゃんな姿に、心から感銘を受けているその言葉が、私の本性に突き刺さる。

 純粋ゆえに鋭いッ……拷問でもうけてるみたいだ。


「神霊に導かれ、経世済民の志を強くもつ一宮こそが次の帝として立つにふさわしい。ふさわしいものがその地位に就くべきだ」


 後ろから誰かが「経世済民の志ィ~?」とつぶやいたのが聞こえた。おい千寿、やめろ!言うな!わかってるんだよ自分でも!

 くっ……自分の蒔いた種とはいえ、ちとやりすぎたか?でも、こうでもしないと計画が……。

 あああああああ、少年!そんな顔で私を見るんじゃない!純粋な少年の眼差しが世の汚さを見てきた元宮仕え(こうむいん)のアラサーに突き刺さる!こうかはばつぐんだ!くッ、殺せ!いっそ一息に殺せ!


「一宮……私も、そなたの済民の行いに、ぜひ加わらせてほしい。なんでも申し付けておくれ」


 私の精神に大ダメージを与えているとは気づかない春宮様は、畳から降りて私のそばににじり寄り、手を取った。

 そして、ケガレのない、希望の光を見つけたという眼差しで。自分よりも年下の、わずか五つの幼子を、心から尊敬しているということを隠さぬ目で。


「私も世のため、民のために役立ちたいのだ」


 汚れた大人の精神にとどめを刺したのだった。

 



「いやあ、さすが“神霊に導かれし”一宮様、春宮様ガチで感動してたよ」


 乳母たちを人払いし、私と千寿とお猫様だけになった弘徽殿北庇。

 白雪のモフモフ毛皮に頭をうずめて唸る私の肩を、千寿がぽんとたたいた。

 さすがとか言っておきながら、可愛らしいショタボイスの中には、明らかにpgrの響きがある。pgr。今の子にも通じるのかなこれ。


「や……やりすぎた。やりすぎて辛い。こんなの私のキャラじゃない……」


 対光源氏対策として「神童・一宮様」を演じている私だが……やりすぎて辛い!自分のキャラとかけ離れすぎてだんだん辛くなってきた。なんだ神霊って。誰だこの設定考え付いたの。私だ!


「墓穴が深くなってきたなあ」

「うぐぐ……」


 そもそもアラサー喪女が第一皇子やるなんて設定に無茶があるんだ!……いや、世の内政系転生悪役令嬢とかチートを授かった転生王子とかどうしてるんだろ?メンタルの維持方法教えてほしいわ。それともメンタルにもチートを授かってるの?


「しかし、“君は舟なり。庶人は水なり”だっけ?いい言葉だよな、さすが中国。宮様もよくそんな言葉知ってるなぁ」


 落ち込む私の姿を見て気を使ってくれたらしい。千寿が話をそらしてくれた。微妙に逸らしきれてないけど。本当気の利く男だなあ。


「あ~、荀子ね」

「荀子」


 荀子とは、中国戦国時代末期に活躍した思想家だ。近い時代に活躍し、性善説を唱えた思想家孟子に対し、性悪説を唱えたことで有名である。余談だけど、後漢末期、曹操に「我が子房」と呼ばれた荀 彧(じゅんいく)は彼の子孫であるらしい。


「あれ、実は続きがあるのよ」

「続き?」


 君は舟なり、の全文だが、こうである。


 伝曰、               伝曰く

 君者舟也、庶人者水也     君は舟なり、庶人は水なり

 水則載舟、水則覆舟      水則ち舟を載せ、水は則ち舟を覆す

 此之謂也             此れ之を謂ふなり


 で、大意はこんな感じ。


 古伝に曰く、君主は舟のようなものであり、人民は水のようなものであるという。

 水は舟を浮かべもするが、転覆させもするように、君主の座も人民の出方次第で安定もするし、ひっくり返りもする。

 

「だから、君主は人民の信を得るような政をしなければならないのだ、ってこと。ただの理想論じゃなくて、君主に対する警告なんだよねこれ」

「あー……」

 

 王朝末期の政治混乱やそれによる生活苦に苦しんだ民衆が蜂起し、王朝が倒れた例は数多い。

 例えばフランス革命。民衆のみの力で成ったわけではないが、重税にあえぐ民衆の怒りが革命の成功に大きく寄与したことは間違いないだろう。

 中国なんて王朝が倒れる時は、かなりの確率で農民反乱が絡んでいることが多い。陳勝・呉広の乱(秦末)しかり、赤眉の乱(新末)しかり。

 みんな大好き三国志の初っ端、ゲームだと最初のステージになってることが多い黄巾の乱(後漢末)しかり。


「そうならないために、宮様は理想の皇子様を演じていると」

「また話を戻すッ……」


 千寿がによによ笑いながら“りそうのおうじさま、いちのみやさま”に言及しやがった。このやろう、傷口に練り辛子刷り込むような真似してッ!

 第一、日本で国が揺るぐぐらいの農民反乱ってほぼないのよ。それぐらいの力を持ちかけたのは一向一揆ぐらいだろう。

 ぎりぎりと歯ぎしりして千寿を睨みつける。

 すると千寿はけらけらと明るく笑った。


「わかってるって。光源氏に負けないためだろ。まあ、サポートは全力でするから、大船に乗った、とまではいかないだろうけど……俺の前ではちょっとは気を抜きなよ」

「千寿……」


 千寿、お前……やっぱりいいや……。


「まあでも、理想を演じ続けていれば、そのうち本物になるかもしれないじゃん?頑張って」

「他人事だと思って……ッ!」


 結局そこかよッ!


※経世済民:世を治め、民の苦しみを救うこと(三省堂 大辞林 第三版)

 

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