第12話 前言撤回する。するったらする
◇一宮:四歳 二宮(後の光源氏):一歳 十月初頭
二条烏丸殿 寝殿東庇
「黒い衣をまとった、とても背の高い髭の御仁ってのは?」
「あの人服装のセンス皆無だから、いつも黒っぽい服着てたんだわ。あと、伊藤博文みたいな髭してた」
ミートソースが好きでさあ、いつもニコニコして食べてはヒゲにつけてたな。
「立派ってのは?」
「国立大の大学教授だよ?とても立派な職業でしょ」
十分立派な職業だよねー。
「漢詩と習字の先生だったらしいから、漢詩を好んですごくいい字を書くってのもわかる。で、馬は?」
「三度の飯より競馬が好きだった」
「競馬……」
ディープなんちゃらにはすごくお世話になったとか言ってたな。
あと馬肉は絶対食べなかった。うちの県、馬肉が名産なのに。
「当たるとたまにご飯奢ってくれたわ」
だいたい学食のから揚げ定食だった。そして教授はミートソースの大もり食べてた。ありがとう、ディープホニャララ。
「……無実の罪で陥れられたってのは?」
「下着泥なんじゃないかって疑われたことがあったんだって。無実だってわかるまでは針の筵だったらしい」
「下着泥……」
ちなみに、犯人は教授が怪しいとかぬかした近所のたエリートサラリーマンだったらしい。きっとストレスたまってたんだな。
千寿は頭を抱えた。こめかみがヒクヒクしてる。
「しかも俺まで巻き込んで……」
「それについてはすまんと思っている。けど、都合はいいだろ?」
「そうだけどさァ」
私は胸を張って答えた。
「大体私、嘘は言ってないよ。教授は恩師だし、母親の同級生だったらしいから当然名前も知ってただろうし、黒い服ばっかり着てたし髭面だし、馬好きだし、書道の先生だから字も上手だし、無実の罪で陥れられてたし?」
「お前、自分の母親は実質女御様だけとか言ってなかった?」
そうだけどー。
前世のお母さんだって母親には変わりないしー。
「母上が勝手に類似した経歴を持つ人の名前を出しただけだもーん。私は嘘ついてないもーん」
ひいじいちゃんだと思った?残念!前世の大学の恩師でした!
私は否定も肯定もしていない。
周りが勝手に勘違いして感動しただけだ。わはははは。
「甦らせるとか異国の神霊云々は完全な口から出任せだろうが」
「なんのことかなー」
甦らせるはともかく、異国の神霊は本とかネットとか、そんな感じじゃダメ?ダメか。
「いつか祟られるぞ、お前」
千寿がジト目でそう言ったけど、大丈夫大丈夫!神さまより人間のやることの方がよっぽど怖いって。
「科学の世界じゃ神は留守、政治の世界じゃ神も駒。穢れや祟りが怖くて君主がやれるか」
「ひー!平安時代人が聞いたら脳内出血して死にそうなこと言ってる、こいつ」
私は学者、科学の徒だぞ。
神々や信仰に敬意は持つし大事にするけれど、それはそれ、これはこれ。平安時代人に通じるかどうかはまた別問題だけど。
「とはいえ、母上が勝手に勘違いしてくれたおかげで、24、5年前に発生した政変がどんなもんだか見当がついた」
そう、かねてから気になってたこの時代の裏事情。
それがわかったので、右大臣邸二条烏丸殿に戻った私は、遊びに来た千寿とこうやって話し合っているわけだ。
ちなみに、二条烏丸殿に戻ったのは、周子ちゃんが熱出したから。母上も一緒だよ。そして遊ぶ私たちをニコニコ見てるよ。
あの謁見の時、桐壺帝のバカに我慢できなくなって、一宮くんが教わってもいない知識を使ってめっちゃ暴言吐いてしまった。
どうしよう、どうやってごまかそう。でもなかなか思いつかない。母上は急に知るはずのない知識をぺらぺら囀りだした息子を見て引いている。だから慎重行こうって言ったのに私の馬鹿!
というわけで、「実は死んでる間に超自然的存在から教えてもらいました」作戦を決行することになってしまった。
神霊=私の師=前世の大学の恩師ってことで、ちょっと甘えて泣いて口から出まかせいったら、何とかごまかせた。死んだジョコビッチ(柴・♂)のこと思い出したら、簡単に涙が出たわ。
類似した経歴をもつひいじいちゃんの存在が発覚し、政変について詳しいことを知ることができたのはラッキーだったけど。
しかし母上、“神霊の加護を受けるとはさすが我が子!”とか言って大喜びしてたな。チョロイよ母上。さすが怨霊に怯え続けた平安時代人。こうかはばつぐんだ!
……ごめんね母上。一宮くんはもういない。けど、一宮には、まだ母上が必要なんだ。
「ああ、じいちゃんと女御様が話してたって政変?」
「うん」
そう、まだ千寿と知り合う前にこっそり盗み聞きしたやつね。
「簡単に言えば、昌泰の変に近い事件が起こったってことだ」
「たしか、菅原道真公が大宰府に左遷された事件だっけ?」
昌泰の変。
西暦901年、即ち昌泰4年1月。醍醐天皇の治世中に発生した政変で、藤原氏による他氏排斥事件の一つ見なされることもある。
右大臣菅原道真が、醍醐天皇に変って自らの娘婿である斉世親王を即位させようとしたという讒言で、大宰府へ左遷させられた事件のことだ。
道真を疎ましく思っていた権力者、左大臣藤原時平の意向のみならず、醍醐天皇と宇多法皇の親子対立などが背景背景にあったと言われている。
しかしながら、道真の名誉回復とともに政変に関する資料が廃棄されたと考えられているなどのことから、真相は明らかになっていない部分も多い。
道真がマジで陰謀企んでたんじゃないかという説もあるくらいだ。
「そう。そして道真公は怨霊になり、事件の首謀者に祟って殺し、なんやかんやあって受験生の神様になった」
「元々学者だからな。逆にこれでよかったって安心してるかもしれん」
「そうかもしれないね」
で、それに似た事件が、24、5年前に発生した。
まず私の曾祖父、野見清道を重用していた三代前の帝―めんどいんで帝その1と呼ぶが、息子である帝その2に譲位した。
で、帝その2はまだ若かったので、曾祖父右大臣野見清道と、左大臣藤原時臣がその治世を支えた。
その数年後、藤原時臣の讒言により、野見清道は大宰府に左遷されてしまう。そしてその時、清道公の娘婿であったお爺とお爺の父親も、政権の中枢から追いだされてしまっている。
さらに数年後、帝その2が乳母子である殿上人を殺した。
内裏で殺人事件起こす帝なんて無理。帝その2は藤原時臣によって帝その3に譲位させられてしまう。帝その3は、藤原時臣の姉妹の子である。
で、即位して数年後、藤原時臣が天然痘に罹り、苦しんだ末に死んでいった。その時、うわ言のように曾祖父の名を呟いていたらしい。
さらにさらに、時臣の死を皮切りに、他の関係者たちも悲惨な死を遂げていく。このころから、“清道公の祟り”がまこと密やかに囁かれるようになったようだ。
そんな中、時臣の娘が産み、春宮に立っていた皇子その1が死んだ。皇子その1の息子である孫皇子その1が春宮に立ったが、また死んだ。
次に春宮になった皇子その1の同母弟、皇子その2も死んだ。これで、時臣の孫である帝の皇子が全員死亡した。
なんということだ、でも帝はまだお若いんだから跡継ぎを儲けてもらわないと……と思ってたら、今度は清涼殿と隣の紫宸殿に雷が落ちた。
それだけでも大騒動なのだが、ここからがヤバかった。清道追放に関わった貴族たちが雷撃をダイレクトに喰らい、即死、焼死、大火傷で人事不詳多数。最終的に9人が内裏内で死亡し、十数人が重軽傷を負った。史実よりエグイ。
帝その3もショックで病気になってぶっ倒れ、寝たきりの状態になってしまった。もうあっちこっち死に放題である。
現代だったら「天災による不幸な出来事」でニュースになるだろうが、怨霊恐怖症の平安貴族たちはこう思った。
「あれもこれもそれも、野見清道公の祟りに違いない」
そういうわけで、朝廷はは清道公の罪がでっち上げられたものだと認めて名誉を回復。
帝は時臣の血を引かない皇子を春宮(後の帝その4)に立て、翌年、退位し出家する。
幸い帝も寝たきり状態から回復したし、清道公の祟りはようやく収まったっぽい、よかったね。というとこである。
「貴族怖いなあ……」
「で、ここに登場する人物を今の状態と源氏物語に当てはめると……」
帝その1→先帝の父。
帝その2→源氏物語の登場人物、先帝。兵部卿宮、藤壺中宮の父。
帝その3→源氏物語の登場人物、一院(先の朱雀院)。先帝とは別の皇統。
帝その4→桐壷帝。一院の息子。
藤原時臣→左大臣(頭中将・葵の上)の伯父。清道追放の首謀者。
「と、いうことになる」
「なるほどね」
私はタブレットのメモ帳を開いて入力し、千寿に見せた。
「で、その清道追放首謀者の一人が、按察使大納言とその兄貴」
「桐壺更衣の父親と、明石入道の父親だな」
明石入道とは、明石に住んでいた奇妙な僧侶だ。桐壺更衣の従兄で、光源氏にとっては従兄伯父にあたる。
元々は三位中将というエリートだったが、何を思ったのか自ら地位の劣る地方長官、受領となり播磨国(兵庫県)に赴任。そのまま出家して住みついてしまった。
彼の子、明石の君は、朧月夜事件で摂津国須磨(現兵庫県神戸市須磨区)に自主退去してきた源氏との間に、唯一の女児明石姫君を儲けることとなる。
「そう。大納言のほうは落雷事件の半年前、牛車の事故で橋から落ちて大ケガして、それがもとで死んでる」
「うっわ……」
しかも、死んだのはケガをしてから3か月後だったという。かなり苦しい死だったようだ。
ちなみに明石入道の父親も死んでる。こっちは溺死。曾祖父怖い。
「明石入道が受領になって明石に引っ込んだのも、祟りのことがあったかもしれないね」
「成程・・…」
人付き合いが苦手だったらしいけど、「あっ、あの祟りで死んだ人の……」とか言う目で見られるのが嫌だったのかもしれん。
元々、藤原氏は、奈良時代から娘を帝に嫁がせ、生まれた子を即位させ自分は外戚として力を握るという形で権力を維持してきた。
平安時代になると、その“外戚”が“摂政”あるいは“関白”という地位につくようになり、“摂関政治”と呼ばれるようになる。
平安中期の摂政は、君主が幼少などという理由で政務をおこなうことができないときに、君主に代わって政を執り行う役職のこと。
関白は成人の帝の補佐で、事実上政の実権を握る立場にある役職だ。内覧については権限が関白と被るし面倒なので省略する。
そういうわけで、自分と血縁のない皇子が即位してしまうと、政治の実権は皇子の母方の親族にうつってしまい、それまでの摂関の地位にいた一族は力を失ってしまう。
その“母方の親族”が“藤原氏以外”になりそうな時(そういう理由じゃない時もあったけど)、その氏族を蹴落とす―他氏排斥事件を起こして、権力を維持してきたわけなのだ。
だからおそらく、今回の曾祖父が排除されたのも、その一環だったんだろう。
ちなみに、最初の他氏排斥事件、承和の変で伴健岑・橘逸勢(つまり大伴氏と橘氏)を排斥し、皇太子恒貞親王を廃した藤原氏は、最後の他氏排斥事件、安和の変で源高明(臣籍降下した醍醐天皇の皇子、光源氏のモデルの一人とされる)、つまり源氏を排斥したことで、並ぶ者のない絶大な権力を得る。
4人の娘全てを帝に送り込みんだ藤原道長の時代が、その全盛期だろう。そして、その道長の時代に、政敵である“源氏”が栄華を極めるという源氏物語が描かれた。
日本以外だったら許されないんだけどね。エリザベス一世の時代にメアリ・スチュワートの栄光を描いたIF小説を発表するみたいなもんだ。
ま、これについては後で話すよ。
「とはいえ、曾祖父のおかげで内政への手がかりができたわけだ」
これから未来知識を使っても、“清道公から教わりました!”で全部どうにかなる。ありがとう、ひいじいちゃん。
これから、ガンガン未来知識を使って財力をつけて、人々からの支持を集め、源氏に対抗する。
と宣言したら、千寿がまた生温い目で私を見た。
「技術だの環境だの習慣だので難しいところもあるから、自重するとか言ってなかった?」
「撤回する、自重は投げ捨てるもの。千寿が反対しても私はやる」
目的のためには手段を選ばん!私一人でもやってやる。母上という資金提供者もいるんじゃ。
したら、千寿は首を振った。
「反対はしないよ、協力する。むしろ惜しまない」
あれ、そうなの?
「いろいろ産物作ったら、今の平安ライフもちょっと楽になるだろ?というか、楽にしたい。畳の上で寝るのキツイ。布団欲しい」
わかる。めっちゃわかる。1100年前の生活、ガチでキツイ。
「同意する。布団欲しい。枕も硬いしどうにかんないの?よく寝違えないな平安時代人!あとトイレ。おまるは仕方ないけど、ウォシュレット、ウォシュレット!竹で作るか!?」
一息でそう言い切ると、千寿が激しく首を振った。ヘドバン一歩手前だ。
「わかる!めっちゃわかる!ウォシュレット欲しい!軟弱なケツを硬い和紙で拭くのキツイ!」
ああわかる!和紙はキツイ!拭く前に揉んで柔らかくしてるけど、やっぱりキツイ!庶民は縄とか葉っぱとか木のヘラだから、こう言うのは贅沢なんだろうけどさ。
意外とうっ憤がたまっていたらしい。千寿と私は、周囲に聞こえないように小声ではあったけど、激しく平安時代の愚痴を吐きだし続けた。
「風呂入りたい!毎日入りたい!なんだよ五日に一度って!石鹸が欲しいシャンプーが欲しい!それから化粧水!」
「香ってどうにかならねぇの?臭い消しなのは仕方ないけど、強すぎるんだよ体洗えよ!どこもかしこも線香みたいな匂いなんだよ!」
「食事もどうにかならんの?毎日毎日同じ様なメニューを儀式みたいに食べさせやがって!仕方ないのはわかってるよこの時代食事にああだこうだいうのは恥ずかしいってんだろ!?うるせぇなおいしいもの食べたいって思って何が悪いんだよ!」
「それから出汁のきいてない塩と素材の味しかしない吸い物どうにかなんないの!?。味噌汁飲みたいんだけど!」
「出汁が最初に登場する文献は、室町後期の資料とされる江戸時代の書物、大草殿より相伝之聞書が最初だよ」
「ぬあああああ、まだ後か。21世紀の日本人にとってだし汁のない食生活はきついんだよ~」
「大丈夫、昆布と鰹節のもとになったやつと濃縮鰹汁はある。その気になればいくらでも出汁はとれる!」
「さすが宮様、これからじゃんじゃん出汁をとろうぜ!」
深ーいため息がこぼれた。……ちょっとすっきりした。
ストレスたまってるなー。どうせならローマ帝国の騎士階級あたりに転生したかった。オフロあるし、女の人でも自由に外出歩いてたし、娯楽もそれなりにあるし、平安時代よりは快適な生活送れそう。問題はラテン語を会得できるかぐらいだな。
さて、一通り愚痴を言い合ってすっきりしたところで、これからの話し合いだ。
「それで、具体的にはどうするんだ?」
そうだなあ……そもそも大前提として。
「とりあえず、私たちは皇族と貴族だから、あんまりあちこち動けないよな」
「特に宮様は難しいだろうな」
「うん。京の中ならどうにかなりそうだけど……」
そうなんだよな。物語通り春宮になったら、もっと難しいだろうしな……。
ある程度は職人さんたちに丸投げするにしてもさあ。
「だから、私たちの味方であり、手足になってくれる人を探さなきゃいけないわな」
つまり、使い走りだ。
ただの使い走りではない。私たちの財産を産む(予定の)、未来と外国の技術を扱う使い走りだ。
口が堅くて、他の貴族どもに買収されず、そして職人さんたちにちゃんと敬意を払ってくれる人がいい。
「じいちゃんに頼むか?」
「いや……」
……確かに、お爺に頼むのが一番早い道ではある。けれど……。
「お爺は確かに身内だけど、いずれ対立する可能性もある相手だ。完全な味方とは見られない」
「三条天皇と藤原道長みたいになる可能性もあるしな」
お爺の狙いは、それこそ摂関の地位と権力だ。
そのためには、私にはできるだけお爺のやり方に口を出さない存在であってほしいはず。
お爺のやり方次第だけど、もしお爺と私が対立するような羽目になったら、私は息子か甥か弟に譲位させられるだろう。
だから、お爺は完全な味方と見ることはできない。
それに、お爺は私たちが生み出した知識を、自分の勢力伸長に使いかねん。
別に使ってもいいけど、程度がある。あくまで私は私自身を旗頭とする勢力を作り上げたいんだ。
自分の政党を作っていたら、お爺の政党に財と人員が流れ込んでいたとかなったら笑えんからな。
「そう。だから、お爺の息のかかっていない、あるいはかかりにくい人を探す。お爺のみならず、帝や平安貴族たちが歯牙にもかけない人たちを、私たちが掬い上げる」
「そんな奴いるのか?」
私はにやりと笑って答えた。
「武士と鬼」




