創世の日に その3
更新に時間が空いてしまいました。
ちょくちょく頑張って更新します。
昼食を終え、通りへと戻ってきたふたりを待ち受けていたのは激しい人波だった。
まるで都中の人たちが出てきたかのように溢れかえった状況に、ネイトはさりげなくフィリアの手を取る。
「はぐれるとまずいからな…」
「あ、えと、うん。そうだよね」
ふたりして若干頬を赤くしながらも手を繋いで目指すのは王都の中でも一際大きな劇場だ。そこでは今、他の国でも有名な旅の劇団が演劇を披露している。
評価の高さ故に、その劇団の演目チケットは販売開始からものの数分で売切れたらしい。
王族は別としても貴族ですら入手が難しいらしく、一部ではプレミア扱いになっているというのだから、その人気は語るに及ばずといったところだろう。
しかし、今日のふたりのメインイベントはなんとその超レアな演劇鑑賞だ。
「でも、よく手に入ったね。最近はもう全然ダメって噂になってたよ。しかもまさか誘ってくれるなんて! ここのところずっと楽しみにしてたんだっ」
「ああ、運良く父上が仕事関係で手に入れたらしくてな。母上と一緒に行くと思っていたんだが、急な仕事で行けなくなったそうだ。母上も父上が行けないならやめておくと言って俺に回ってきたんだ」
ここ最近では一番機嫌が良さそうなフィリアに事の経緯を説明するネイトだが、彼自身は今回の両親の狙いは理解していた。
実は彼の父は騎士として優秀であることは間違いないが、『創世の日』にまで仕事だったことはほとんどない。
というのも、人通りが激しくなるため、通常の騎士や衛兵は哨戒などに当たっているが、ネイトの父はそれらとはまた違う役割の騎士であるためだ。
詳しい話は聞けたことがなかったが、ネイト自身が一人前の騎士になったときには話してくれることになっている。
そんなわけで、ネイトの父が今日まで仕事というのは今まにはなかったことだ。
しかも今日の演劇のチケットを譲られるにあたって、両親からフィリアを誘うようにそれとなく差し向けられていたのだから気づかない方がおかしい。
(父上、母上…。最近フィリアがこの演劇を観たいと漏らしていたのを知っていましたね…)
チケットを渡される際のあの悪戯小僧みたいな父の顔を思い出して、げんなりとするが女性と一緒に歩いている最中に相手を心配させるわけにはいかないと、ネイトは気を持ち直す。
ネイトのそんな内心を知らずに、フィリアは純粋に彼の両親のことを考えているようだった。
「そうなんだ…。それじゃ、今度叔父様や叔母様に何かお礼を考えたほうがいいかな」
叔父、叔母とはネイトの両親がフィリアにお願いして呼んでもらっている呼び方だ。
本来ならば親戚の類しか呼ばないはず呼び方だったが、義父や義母と呼ばせようとしていたのを彼が必死に止めた結果それになった。
「気にしなくてもいいぞ。こちらの都合でこうなっているんだからな」
「うん、でもいつもお世話になってるし、そのお礼も兼ねて今度何か用意するね」
「まぁ、何もなくても遊びにくると良い。どちらも喜ぶだろうからな。……と、着いたか」
ネイトの言葉に反応してフィリアが前を見ると、すでに目の前には目的の劇場があった。
その圧倒的な存在感。意匠を凝らしながらも華美になりすぎずに洗練されたデザインは彼女を圧倒させるには充分な効果があった。
「うっわぁー、すっごいねぇー。こっちまでは来たことがなかったから知らなかったよ…」
「初めはそうなるな。だが、中はもっと凄いぞ」
どこか愉快そうにネイトは微笑むと、フィリアの手を優しく引いて劇場の中に案内する。中はもう、今日の演目を観に来た観客で溢れていた。
一目見た服装だけで、その場にいる人の大半が貴族かその関係者だということが分かるほどに皆、上等な仕立ての服を着ている。
「………なんだがわたしだけ場違いな気が」
雰囲気に圧倒され、またもや自信が無くなって項垂れるフィリアの肩を、見かねたネイトが軽く抱く。
「言っただろう? その服はよく似合っている。それとも俺の言葉が信用できないか?」
「そっ、そんなことないよっ。ネイトのことは信じているよ!」
「なら、自信を持て。今日の俺のパートナーはフィーなんだからな」
力強い笑みでフィリアを励ますネイトに気持ちを押されて、彼女のなけなしの自信が少しではあるが戻ってくる。
ネイトのパートナーならこの場所で情けない姿など見せられないとフィリアは顔を前に向けた。