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ギャル巫女  作者: MazukiLeo
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プロローグ

多国籍企業「スリーヘブン(Three

Heaven)」が主導する統合の時代において、東京はその革新の先駆者となっていた。AIパーソナルアシスタントロボット、電脳傘、携帯用折りたたみ防護ギアといったハイテク機器が、時代遅れの品々を次々と淘汰し、人々の暮らしをより快適なものへと変えていった。


だが、時代の歯車に巻き込まれ、生活が便利さを極めた代償として、他愛のない雑談や飲み会、遊びといった素朴な営みは次第に減り、人々は孤立していった。かつて東京という街を形作っていたはずの、その小さな温もりたちが抜け落ちた結果、東京はただ「賑やかで近代的なだけの場所」へと成り果てていた。


初秋の東京の夜は、驚くほど多彩でありながら、同時に無機質な一色に染まっていた。色鮮やかな光の海ですら、横断歩道を行き交う人々の心に冷え切った熱狂を蘇らせることはできない。

耳元で空虚に響き渡る雑音、見飽きたネオンサインの広告、誰にも目もくれず前進し続ける陰鬱な群衆。たとえ躓き倒れようと、彼らは魂のない操り人形のように立ち上がり、再び前へと進むだけだ。唯一、ある一人を除いては――。


「そこの貴様、止まりなさい! この妾(わらわ)にぶつかっておいて、そのまま立ち去る気か?!」


縮れ毛の黒髪をなびかせ、スーツを着こなした男が振り返る。そこには、薄汚れた茶色のマントを羽織った小柄な女が、地面に座り込んで彼を激しく罵っていた。


「自分からぶつかって勝手に転んだくせに、ずいぶんな口の利き方だな。それに『妾』って何だ? 子供の遊びか? こっちは付き合ってられないんだよ」

「な、何じゃと……」


女は彼をまるで強大な脅威でも見るかのように、じっと見上げた。萩原アツシという名のこの男は、生まれつき背が高い。こればかりは彼に非はなかった。


「ふん」思いがけず、女は鼻で笑った。「いい度胸じゃ、人間め。他の愚民どもとは違うようじゃな。今は確かに我が力は衰えておるが、妾は間もなく妖魔界を統一する身!

人間よ、特別にお前を配下に――」 「あ、青になった。じゃあな、おうちに帰りな、お嬢ちゃん」 「ちょ、待っ、おい……!」


アツシはわけのわからない戯言を並べる奇妙な女を置き去りにし、予約していたホテルへと足早に向かった。人々が再び大通りへと雪崩れ込む中、拒絶された女だけが信号機の前で立ち尽くしていた。彼女はひとりごちる。


「よくも……妾の誘いを断りおって……」


女は前へと手を伸ばした。薄汚れた茶色のマントから現れたのは、か細く繊細な、淑女の手だった。だが、その指先に伸びる漆黒の鋭利な五本の爪が、無情にも背を向けた男の背中に狙いを定めている。


「思い知らせてやる……」彼女は唸った。


握りしめられた拳の黒い爪が掌に突き刺さり、アスファルトの上に一滴の鮮血が滴り落ちる。落ちた瞬間、その血は煙のように消え失せ、雑踏の中、女の姿もまた掻き消えていた。


それからどれほど歩いただろうか。街行く人の波が数回引けた頃、アツシは予約していたホテルに到着した。


「お部屋の鍵でございます」フロント係の女性が微笑みながら両手で差し出す。 「どうも」


冷ややかに一言返すと、鍵を受け取ってエレベーターへと向かった。偶然にも、そこにはもう一人、待っている男がいた。その男もまた、自分と同じく長身で、いわゆる見目麗しい部類だった。同じ男として敬意を払い、アツシは少し道を譲ることにした。


「……」


互いに無言で見つめ合うこと、およそ一分。


「どうした? 乗らんのか? 人間のこの『えれべえたあ』とやらも、なかなか便利なものだな」男が唐突に話しかけてきた。 「あ、いえ……それじゃ、お先に」


エレベーターの扉が閉まり、階数表示が次々と点滅する中、その男は世の森羅万象についてペラペラと語り始めた。妖魔だの、狐族の聖女だの何だのと。最初は他愛のない世間話かと思いきや、次第に耳元をブンブン飛び回る蚊のように鬱陶しくなってきた。


耐えかねたアツシは、エレベーターの「チン」という到着音と同時に飛び出し、自分が予約した部屋へと一目散に向かった。勢いよくカードキーをかざし、部屋に入るなりバタンとドアを閉める。

ドアスコープから廊下を慎重に覗き込み、左右を何度も確認する。あの奇妙な美男子の姿が消えたことを確かめると、アツシは安堵のため息を漏らし、ベッドへと倒れ込んだ。


「今日は変なやつばかりに遭うな……」アツシはうんざりしながらスマートフォンを取り出した。「厄払いでも行くべきか」


ネット上の経済ニュースをしばらく眺めていると、大きくあくびが出た。画面の時刻を見て独り言ちる。


「もうこんな時間か」 スマホの画面を消し、気だるそうに伸びをしながら立ち上がった。


少し風呂に浸かることにした。出発前にシャワーは浴びていたが、あの奇妙な二人組の余韻を洗い流すためにも、温かい湯船で心身をほぐす必要があった。


「はぁ……」


火照った顔で深く身を沈め、満足そうに長い息を吐く。わずかな振動で水面が揺れる。バスタブから立ち上る白い湯気が、湯に浸かったばかりの襟足を優しく撫でた。天井を見上げ、そしてゆっくりと目を閉じる。


こうしてリラックスしていると、アツシの脳裏にかつての遠い夢、かつて自分が追い求めていた願望がふと過った。その夢のために歩み、生き、名を成したはずだった。


ただ惜しむらくは、現実というものはあまりに非情だ。アツシは心の中で思った。

その茨の道は、かつて彼の人生を支えていた夢をすり減らしていった。今や彼の目的は、この社会が変革を迎える前に、より高い地位へと登りつめること、ただそれだけになっていた。


だが、今日出会ったあの二人。個性的、と言えばそうだろう。だが何より際立っていたのは、その生命力だ。彼らは違っていた。それは彼も認めざるを得ず、それゆえに昔の夢への郷愁を呼び覚まされたのだ。


その思いは意識から思考へと広がり、徐々に口元へと伝わっていく。胸がわずかに持ち上がり、口が開く。かつての彼の純真な夢が、今まさに言葉となって溢れ出そうとしていた。


「……彼女、いつになったらできるんだろうな……?」


呆けたような顔で、アツシはぽつりと呟いた。 その妄想は、現在の出世欲と絡み合い、無邪気とも思える笑みを伴った新たな野望へと変わっていった。


「うんうん、それも悪くない……」アツシはほくそ笑んだ。


その不意の喜びは、湯に浸かった全身へと広がっていった。両のこめかみの心地よさ、足先のかすかな痺れ、胸の温もり……そして、腹の奥のざわめきへと。


「ん……?」


他の感覚とは違い、そのざわめきは次第に、より鋭い激痛へと形を変えていった。アツシはバスタブに留まろうと踏ん張ったが、腹痛は収まるどころか、むしろ猛烈さを増していく。


「チッ。なんて日だ!」


アツシは怒りに任せてバスタブの縁を叩いて立ち上がり、スマホをひったくるとトイレへと駆け込んだ。便座に勢いよく腰を下ろすと、冷たい感触に思わず深いため息が出た。

体から排出される不要物には目もくれず、彼は仕事の思考に没頭しようとした。


「今回の相手は……こう攻めればいけるはずだ……」


アツシは仕事の構想へと深く沈み込んでいった。一時間、二時間……どれほど経っただろうか、目標の土地を手に入れるための完璧な計画案が頭の中で組み上がった。


「ふっ、完璧だ」得意げに口角を上げる。「京都の女ってどんな感じなんだろうな? 『統合』の波に乗っていない土地だし、独自の風情があるはず……」


アツシの妄想はさらに遠くへと羽ばたき、その脳内風景はまるで1980年代の画家が描くそれのようだった。

だが、下から響いた「コトッ」という不気味な音が、浮かれる男を現実に引き戻した。


「なんか……さっきからグラグラ揺れてないか……?」


呟きながら、便器の中を見下ろした。

二十代の若者気取りだった男の美しい夢を打ち砕いたのは、そのプリッとした尻の真下でうごめくおぞましい現実だった。自動洗浄機能が作動し続けているにもかかわらず、詰まりは一向に流れず、まるで生き物が息を吸って吐いているかのように膨らんでは縮んでいた。


「うわああああっ?!」


アツシは恐怖のあまり、便座から跳び退いた。慌てて下半身を洗い流し、手近なバスタオルを掴んで腰に巻きつけ、大事な部分を隠す。

よろめきながらバスタブの縁に縋り付いた。部屋全体を飲み込まんばかりのその光景を前に、アツシは必死で冷静さを保とうとした。


「あれ……俺の腹から出たのか……?」


アツシは目を細め、自分の腹筋を見下ろした。

便器と自分の腹を何度も見比べ、やがて目の前で起きた超常的な現象を否定しきれなくなった。いや、それよりも、これはホテルの配管に問題があるのだと思い直すことにした。


「はぁ……一体何なんだよ……」重いため息をつきながらスマホを手に取った。「フロントに電話だ。こんな理不尽な話があるか……排水管の管理はどうなってんだ」


スマホを持ち上げたその瞬間、バスタブの平らだった湯面に細かいさざ波が立った。次第に揺れは激しさを増し、腰に巻いたタオルすら解けそうになる。


(なんだ、これは……?!)


慌ててしわくちゃの服を引っ張り出し、手当たり次第に荷物を掴むと、非常階段を使って一目散に駆け下りた。普段は静まり返っているはずの非常口の前には、すでに人だかりができており、混乱した怒号が飛び交っていた。


「顔洗ってたら、黒い水が噴き出してきて……」 「部屋のトイレが急に逆流したんだ! しかも……」 「入浴中だったのに、何も持たずに飛び出す羽目になって……」

「あなた! 服着てないじゃない!」 「うちの猫ちゃん見ませんでした?!」


無数の苦情と混乱。だがその大半は、地震のような揺れの原因が建物の地下配管にあることを示唆していた。そして折り悪く、誰かが「震源はこの階あたりじゃないか」と声を上げた。


「う……」アツシの胸に罪悪感がチクリと刺さる。


混乱の中とはいえ、彼らは新時代の上流階級の人間たちだった。ホテルスタッフの誘導のもと、整然と退避していく。

宿泊客全員が無事に避難を終えて間もなく、ホテル全体が完全に崩壊した。百人近い人々が、地響きを立てて瓦礫の山へと変わり果てる建物を呆然と見つめていた。夜空を覆う粉塵が立ち込め、野次馬が集まってくる。ホテルのオーナーは膝から崩れ落ちて号泣し、他の客たちは家族や友人、秘書に迎えを頼むべく電話をかけていた。


「あ」アツシは声を漏らした。「スマホ、部屋に忘れた……」


唯一の連絡相手である助手に連絡も取れず、アツシはその場にへたり込み、かつてホテルだった残骸をただ見つめていた。


(昔の公衆電話って、本当に便利だったんだな……)ふと、そんな思いが頭をよぎる。


五分、十分、一時間、二時間……やがて居残る人々もまばらになり、噂を聞きつけて集まった記者たちも去っていった。現場を封鎖する数人の警察関係者と自分だけが取り残されたとき、アツシは顔を顰め、怒りを露わにした。


「あのクソ女め……」


立ち上がり、ズボンの埃を払った。その時、冷たい風が吹き抜け、崩壊したホテルから漂う悪臭が街中に広がった。初冬の冷気に混じる鼻を突く異臭に耐えかね、アツシはその場を離れた。事前に手配していた運転手との合流地点へ、歩いて向かうことにした。


人気のない道をしばらく歩いていると、見慣れたスーツを着た少女が息を切らして駆け寄ってくるのが見えた。彼女の引きつった顔は、アツシの姿を捉えた瞬間にぱっと明るくなった。


「先輩!」嬉しそうに手を振る。


その歓迎ぶりとは裏腹に、アツシは舌打ちをして眉をひそめた。彼女が駆け寄ってくるなり、矢継ぎ早に言葉を投げかけてくる。


「大丈夫ですか?! 怪我はありませんか? 西武ホテルが倒壊したって聞いて、急いで迎えに来たんですよ! あ、腕に傷が……今包帯巻きますね……」 「キサメ」


アツシは苛立ちを露わにして遮った。


「仕事の意識が低すぎるぞ。こんなに情報が遅くて、不動産ビジネスが務まると思っているのか?」


彼女の顔から笑みが消え、申し訳なさそうな表情へと変わった。サメのようだと評される鋭い目つきも、アツシの前では形無しで、目には涙が滲んでいた。


「すみません……次はもっと気をつけます……ごめんなさい、先輩……」

「はぁ……」アツシはため息をつき、手をひらひらと振った。この手の演技に何度騙されてきたことか。「もういい。車は手配したのか?」


その言葉を聞いた瞬間、キサメはパッと顔を上げた。先ほどの涙は跡形もなく消え去っていた。この変わり身の早さには、サメというよりワニの涙と呼ぶべきだとアツシは心底呆れた。


「こっちです!」彼女は誇らしげに路肩に止まったタクシーを指差した。「会社の手配した運転手さんが寝ちゃってて、早く先輩を迎えに行きたかったからタクシー捕まえちゃいました!」


そう言うと、彼女は急にもじもじと俯き、指を弄びながら上目遣いで尋ねてきた。


「先輩……まずは会社に行きます? それとも京都のホテルに直行します? それとも……私の家、来ます?」


その仕草と眼差しは、まるで恋する少女のようだった。他の男ならコロリと騙されていただろう。だが、相手はアツシだ。この狡猾な後輩の安っぽい手口など知り尽くしている。こめかみを押さえ、頭痛を堪えながら答えた。


「いいから京都のホテルへ向かえ。ついでに現地の視察も兼ねる」 「チェッ……」キサメはあからさまに落胆した。「分かりましたよーだ」


二人はキサメが呼んだタクシーに乗り込み、東京を後にして「文化の都」と呼ばれる素朴な京都へと向かった。

そのタクシーは、まるで「統合」前の時代、いやそれどころかさらに昔の遺物のようだった。サスペンションは完全に死んでおり、シートベルトを締めていてもバレーボールコートのテニスボールのように跳ね飛ばされる。フロントガラスには蜘蛛の巣のようなヒビが入り、吹き込む風がアツシのくせ毛を容赦なくかき乱した。もっとも、その不便さのおかげで、壊れたエアコンの代わりにはなっていたが。


「お水飲みます? 喉渇いたでしょう」キサメが優しくペットボトルの水を差し出してきた。


先ほどの騒動以来、アツシの腹は依然として不気味に蠢いていた。あのタクシーの揺れのせいか、何か変なものでも口にしたのか。水を飲めば悪化するかもしれないとは思ったが、同時に、この立て続けに起こる不快感を少しでも和らげてくれる何かが欲しかった。


「じゃあ、もらう」


キサメからボトルを受け取り、一気に半分ほど飲み干した。案の定、この水が腹痛に効くことはなかった。だが、胸の中の苛立ちは次第に静まり、代わりに瞼が鉛のように重くなってきた。


「眠くなってきました?」キサメはボトルを受け取り、飲み口を拭いながら言った。「色々大変でしたもんね。少し寝てください。着いたら起こしますから」


弱り目に祟り目のアツシにとって、その後輩の労わりの言葉は妙に心地よく、信じたいと思わせるものがあった。何か言い返そうとしたが、キサメのぼんやりとした声はまるで子守唄のように響き、彼の意識を現実から遠ざけ、深い眠りへと引きずり込んでいった。


アツシは短い夢を見た。この不動産会社のオーナーに引き取られた日の、記憶の断片のような夢だった。決して美しい思い出ばかりではなかったが、それでもその夢は彼にささやかな幸福感を与えてくれた。

小さく、しかし確かな幸福。目の前のオーナーに思わず腕を伸ばし、抱きつきたくなるほどに。


……いや、おかしい。


いくらあの人が鍛えていたとしても、晩年の老人がボディビルダーのような分厚い肩幅をしているはずがない。


「おか……しい……?」


重い瞼を開いた瞬間、視界いっぱいに飛び込んできた顔に、アツシの目は見開かれた。

そこにいたのは、筋骨隆々たる肉体、無精髭、そしてスキンヘッドの頭には到底収まりきらない小さな黄色い帽子をちょこんと載せた中年男――あのタクシー運転手だった。

視線を落とすと、自分は三歳児のように抱き上げられ、そして自分自身もまた、その男の肩にしがみついていた。


「なっ……何だこれえええっ?!」


アツシは狂ったように暴れ、運転手を突き放した。勢い余って背中が硬いものに激突し、もう少しで後ろへと真っ逆さまに転落するところだった。

混乱の中、目を白黒させながら周囲を見渡す。前方に昇り始める朝日、峠道の路肩に停まったタクシー、向かい合う運転手と後輩の少女。そして背後を振り返れば――そこには底知れぬ暗闇を湛えた樹海の谷底が口を開けていた。


「あら? もう起きちゃったんですか? もっと睡眠薬入れとけばよかったな」


後輩の少女は肩をすくめ、手にしていたペットボトルを放り投げた。


「ど、どういうことだ……キサメ?!」


アツシは錆びたガードレールに背を預けながら、激昂して叫んだ。朝日に照らし出された彼の狼狽ぶりを見ながら、少女は車に寄りかかり、嘲笑を浮かべた。


「どういうことも何もないですよ、アツシ先輩。パラシュートなしのスカイダイビングをプレゼントしようと思っただけです。世界記録、塗り替えたくないですか?」

「ふざけるな!」アツシは腕を振り回して怒鳴った。「世界記録は7600メートルだぞ! ここはどう見てもせいぜい500メートルじゃないか!」


それを聞いて、キサメは「ふっ」と鼻で笑った。


「意味は分かってるくせに。今さら戻ったところで、あの借金を背負わされるだけですよ。手荒な真似をさせないで、さっさと自分で飛び降りてください」


彼女が言い終えると同時に、背後の運転手の拳から骨の鳴る不穏な音が響いた。だが、アツシの頭には彼女の言葉への疑問が引っかかっていた。


「借金……? 何の借金だ?!」 「あれ? とぼけちゃって」キサメはスマホを取り出し、画面を突きつけてきた。「見覚えあるでしょう?」


そこには大手メディアのニュース記事が表示されていた。内容は、排水管の詰まりによるホテル倒壊事故。そして警察の捜査により、容疑者の範囲が絞り込まれたというもの。そして、そこにデカデカと載っていた見慣れたイケメンの顔は――紛れもなく。


「これ……俺……?」アツシの口から呆然とした声が漏れた。 「そうですよ、犯罪者さん」


『犯罪者』――その告発の言葉を耳にするのは、一体いつ以来だろうか。いや、いつ以来かなどではない。あまりにも長きにわたり、忘れていた響きだった。


「あ……」


キサメの指先が、トンと軽く胸を押した。 アツシはガードレールを乗り越え、背中から眼下の樹海へと投げ出された。


自分の地位を奪うためだけに彼を突き落とした、冷酷で狡猾な女の笑みが、視界の中でみるみる小さくなっていく。 そして――アツシの脇腹に凄まじい衝撃が走った。


(いつ以来だろう、こんな感覚……) (いつ以来だろう、この骨の髄まで凍みるような冷たさは……) (いつ以来だろう……あいつらのことを思い出さなかったのは……)


枝葉をへし折りながら落下する中、アツシの頭に走馬灯のように自問が巡る。枝から枝へと弾き飛ばされる様は、まるで昔のゲーム『ポン(Pong)』のボールのようだった。

やがて、アツシは小高い茂みの中に激しく叩きつけられた。


「…………」 「…………」 「……ッ! が……はっ、げほっ、ごほっ……!」


死のような静寂の後、荒い呼吸がアツシを失神の淵から引き戻した。震える両手を持ち上げて見る。無数の切り傷が走り、中心からは鮮血が滴り落ちてワイシャツを赤く染め上げていた。

必死に顔を上げると、腹部のあたりからシャツを真っ赤に染め抜く鮮烈な染みが目に飛び込んできた。


「く、クソが……ッ! ぐあっ!」


叫ぼうとしたが、喉から声を出そうとするだけで腹部に激痛が走る。


(裏切り者め……ッ!)心の中で怒りを爆発させる。


アツシは痛みに耐えながら身をよじり、紅葉の落ち葉が一面に敷き詰められた地面へと転がり落ちた。地面に叩きつけられた衝撃すら、今の腹の激痛に比べれば物の数ではなかった。


(生きるんだ……絶対に生きてやる……!)


泥水が服や口に入り込むのも構わず、持てる力のすべてを振り絞って前へと這い進んだ。這って、這って、這い続けた。

やがて、視界の先に小さな東屋と、青苔に覆われた古い手水鉢(ちょうずばち)が見えてきた。


アツシは手水鉢の石壁に背中を預け、肩で荒い息を吐いた。視界はすでに霞み、前方の景色すら定かではない。


「……?」


だが、耳に届いた。 ザッ、ザッ、と――今時見かけることもなくなった、竹箒で落ち葉を掃くような微かな音が。


アツシはその音のする方へと顔を向け、掠れた声で必死に絞り出した。


「助け……て……くれ……」


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