表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢の中の鼻歌  作者: 夢路
4/4

すぐそばに


朝倉さんは、自分の腕をそっと撫でながら口を閉じた。


さっきまであんな話をしていたのに、店内には相変わらず穏やかな音楽が流れている。

隣の席では若い女性たちが笑いながら写真を撮っていて、カウンターの奥では店員が静かにグラスを拭いていた。


夢の話なんて、やっぱりこんな場所には似合わない。

俺は、手帳の上に落としていた視線をゆっくりと上げた。


「……それで、その後は?」


朝倉さんは、小さく首を振った。


「その後は、夢を見なくなりました」

「そうですか」


それはよかったですね。

そう返すべきなのだろう。


でも、うまく言葉が出てこなかった。


夢の中だけの話なら、腕に残った痣はなんなんだ。

そう思ってしまったからかもしれない。


「記事に、できますか」


少しだけ不安そうな声だった。

俺はゆっくりと頷く。


「ええ、もちろんです。多少整える必要はありますけど、記事にはできます」

「よかった……」


朝倉さんは、そこでやっと少しだけ笑った。


「正直、誰かに話したかったんです。変だと思われてもいいから」

「……まあ、そういう話を聞くのが仕事ですしね」


そう返すと、彼女は困ったように笑っていた。


グラスの中で氷がからりと鳴る。

その音に混ざるように、何かが聞こえた気がした。


ほんの短い、鼻歌のようなものだった。


「……?」


顔を上げたが、朝倉さんは不思議そうにこちらを見返すだけだった。

気のせいかと思い直して、俺は手帳を閉じた。


「今日はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」


会計を済ませて店を出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。


昼間の暑さはまだ地面に残っているのに、空気だけが妙にぬるい。

駅へ向かって歩きながら、さっき聞いた話を頭の中で整理していた。


夢の中のワゴン車。

名前のない駅。

無人の電車。

鼻歌を歌うピエロ。


どこまでが夢で、どこまでが現実なのか。

そんなもの、俺にわかるわけがない。


「……まあ、話としては出来すぎてるけど」


小さく独り言を漏らした、そのときだった。

喉の奥から、妙な音が漏れた。


「────……」


思わず足を止める。


今のは、何だ。


咳でもない。

ため息でもない。


もう一度、無意識に息を吐いたとき。

今度ははっきりと、それが鼻歌だとわかった。


背筋が、ひやりと冷える。


知らないはずなのに、どこかで聞いたことのある旋律だった。


「……は、」


喉がひゅっと鳴る。

やめようとしても、唇が勝手にその続きをなぞろうとする。


その瞬間。


背後で、じゃり、と砂利を踏むような音がした。


足が、止まった。


もう一度。


じゃり。


ゆっくりと、でも確実に近づいてくる足音だった。


振り返ってはいけない。


なぜか、そう思った。


それなのに、首の後ろにひどく近い視線を感じる。


ぴたりと、鼻歌が止んだ。

そして、耳元で。


「……みつけた」


俺は、息を止めた。


お読みいただき、ありがとうございました。

またどこかの夢の中で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ