第1話 北方の異変
「西の空は問題なかったか?」
「はい! セシル隊長! 異常ありません!」
飛竜の背に乗り、各急所を効果的に守るプロテクターを装備した飛兵団は、純白の飛竜を駆るセシルと呼ばれた兵団長に率いられ、どこまでも続く国の領空を巡回していた。
地平の向こうまで続く大空に広大な領空を持つこの国は、アトランティス。古代から続く歴史を持つ王国であり、威厳ある高山を中心とした国土に首都を発展させながら、飛竜と共に暮らす軍事国家として近隣諸国から畏敬されている。
「そうか、それならいい」
部下の報告を聞き、微かに表情を緩めた飛兵長セシルは、率いる飛兵隊に下知し、統率の取れた見事な旋回で方向転換すると、その日の巡回任務を終え、相棒の聖竜リュカオンと共に、高山の稜線に広く栄える首都へと戻って行った。
(西と東、それに南の空は問題ない……。しかし、北の空の遥か向こうに見えた暗雲が気にかかる。微かな邪気が流れてきているように、リュカオンも感じていたようだが、あれはなんだったのか?)
飛兵隊とアトランティスの首都に戻り、聖竜リュカオンの背から降りた飛兵長セシルであったが、巡回中にその目で見た微かな不穏を思い起こし、表情を若干曇らせている。
「そうか、北の空に異変の兆候があったか」
「はっ! 僅かですが、邪気を帯びた不自然な暗雲が漂っておりました。私が駆る聖竜リュカオンが、北の暗雲を見て唸り続けていたのも気にかかります。杞憂ならいいのですが……」
巡回任務を終えたセシルは部下の飛兵隊を連れ、今、アトランティス城、謁見の間に来ている。国王と謁見し、巡回中に感じた、北の空の仄暗い微かな異変を報告しているのだが、事の詳細を聞いたアトランティス国王は、セシルが予想していた以上に、深刻な表情を浮かべていた。
「来るべき時が来たのかも知れぬ。アトランティス王家に古くから伝わる預言書に、こう書かれておる。長き平和の後、災厄は北の空から訪れるだろう、とな」
「そのような預言が……。アトランティスに生まれ育ち、今までこうして生きておりましたが、存じませんでした」
国王は飛兵長セシルの真正直な言葉がおかしかったのか、頬を緩めて笑うと、近衛兵を呼び、アトランティス王家に伝わる秘蔵の神槍を、謁見の間まで運ばせた。
「ふふふっ、セシルよ。お前は武芸に秀でているだけでなく、聖竜リュカオンや飛兵隊に慕われておる。人間的に優れた飛兵長じゃ。預言書にはこうも書かれておる。英雄となる若者が、国を救うだろう……。お前がそうなのかも知れぬ」
アトランティス国王は、セシルの目をじっと見た後、秘蔵の神槍を両手に抱え、
「この神槍ロンギヌスを、セシル、お前に託そう。神の力を宿したこの槍が、きっと国とお前を守ってくれる。頼んだぞ」
国の命運と共に、神槍ロンギヌスを託した。重大な負託を国王から受けたセシルは、恭しくロンギヌスを拝領すると、
「はっ! 死ぬつもりはありませんが、万一のときは我が身に代えましても、アトランティスを守り抜きます!」
忠臣の決意を持って、国王の負託に応えることを誓った。




