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第9話: アンデスの子守唄②

 アンデスもマリアもジンも動きが止まる。その鳴き声に思わず耳を塞ぐ。


 脳をかき回すかのような超音波だ。


「こ、れは」

「あ、の、ドラ、ゴンか」


 葉と藁の上でいつのまにか目を覚ましたベビードラゴンが泣いていた。鳴き声があがるたびに翼が小刻みに震える。涙が黄色の眼からほろほろと溢れ、小さな体のどこからそんな声が出るのかと思うほど、高く大きな声が木の葉を揺らす。


 マリアは耳を塞ぎながら、よろめきつつベビードラゴンの前に跪く。


「お、ち、つい、て」


 マリアの声はベビードラゴンの声にかき消される。その目は何もみえないとばかりに、頭を振り、尻尾を地面に振り付けている。


 まるで駄々をこねる子どものようなその姿がマリアを駆り立てる。悲しみが胸を襲う。


「な、んで」


 ジンの涙に濡れる声が聞こえた。マリアも泣いているのだろう。頬を温かいものが流れていく。超音波のようなベビードラゴンの声にならない嘆きと悲しみが、マリアの心までをも刺激する。


 マリアは両手を耳からゆっくりと離す。


「マ、リア、だめ、だ」


 ジンの声が鳴き声に掻き消える。耳鳴りよりも大きな音が鼓膜の奥で破裂する。


 その痛みで理性が飛びそうになるのを、唇を噛み締めて耐える。キュアの魔法をありったけの力でかけ、ゆっくりとベビードラゴンの背中に手を伸ばす。すさまじい勢いで尻尾が飛んできた。


 鈍い音と感覚で手の骨が折れたのがわかる。咄嗟に手を引きそうになるのを抑える。キュアをかけていなかったら、痛さで悶えていただろう。


「だ、いじょうぶ。大丈夫よ」


 手全体に力の入らないまま、そろそろと手を伸ばす。尻尾の衝撃にベビードラゴンの方が引っ叩かれたかのような顔をしている。


 ふっとマリアから笑みが漏れた。


 リリアが癇癪を起こして八つ当たりをしてしまった時の顔と一緒だ。

 マリアの指がベビードラゴンの艶やかな毛並みを捉え、弾力が優しくマリアの手を押し返した。


「こわかったのね」


 かろうじて力の入る指で、なだめるようにベビードラゴンの背中を叩く。


 はっと正気づいたかのようにベビードラゴンの体に力が入るのがわかった。


「!」

「マリア!」


 衝撃に身構える。ジンがこちらに走り出すのがわかった。バチバチと空の空気が鳴る。


 雷鳴が──。


 〜〜♪


 空気を貫く瞬間、淡い音色が辺りを包んだ。


 ベビードラゴンが息を呑むように動きを止め、ピクピクと音を探し出すかのように耳を動かす。怒りをたたえていた瞳がやわらぎ、ゆっくりと身体を横たえる。


 振り返ると、アンデスが、木の下に座るアンデスが灰色の翼を広げて歌っていた。


 真綿のようなふわふわとした優しい音がベビードラゴンやマリアを包み込む。


「マリア!」


 駆け寄ってきたジンがマリアを抱きしめる。


「……子守唄だわ」

「え?」


 腕を垂らしたままに、マリアは呟く。

 驚きに眼を見開く。アンデスは歌声に合わせて、その大きな灰色の翼を擦り合わせている。


「アンデスの子守唄。子を成し育てる間だけ、母親のアンデスが歌うと言われているわ。初めて聞いた」


 マリアの手に力が入る。アンデスの歌がマリアを癒す。


「最上級のヒーリング魔法だったのか」

「すごい。湯船につかってるみたいに気持ちいい」


 全ての心身を癒す魔法であるヒーリングはそれだけで難易度が高い。これはその中でも極上だ。


 母親の腕の中にいるかのように、ベビードラゴンが藁に潜り込む。


 今まで攻撃をしてきていた雄のアンデスがゆっくりと飛び立ち、雌のアンデスに寄り添った。


「お腹に、子どもがいたのね」

「だから、あんなに気が立っていたのか」


 雄のアンデスは生まれてくる子どもと母親になる彼女の分の食料を用意していたのだ。


 マリアがアンデスたちに声をかける。


「ごめんね! あなたたちを傷つけるつもりはなかったの!」


 雌のアンデスの歌が止む。雄のアンデスの首に頭を擦り付けると、雄のアンデスが頷いた。


 色鮮やかに煌めく翼を広げて木の裏へと回ると、口に黄色いものをくわえて戻ってくる。


「バナナ?」

「は?」


 ベビードラゴンの前に降り立ったアンデスが、そのくちばしでベビードラゴンの尻尾をくわえる。


「おい!」

「待って、ジン」


 持ち上げられたベビードラゴンは、目を丸くしながらアンデスを振り返る。


 アンデスはくちばしの中で器用にベビードラゴンの体制を変え、地面に優しく下ろすと、足を使いながらバナナを剥き始めた。白い身が顔を出すとくちばしでそれをつぶす。周りに甘い香りがただよった。


「もしかして」

「あげようとしてる……?」


 地面にぺたりと座っていたベビードラゴンは、その匂いにパタパタと翼を動かす。興味があるようだが、動きはしない。アンデスはベビードラゴンから目を離さずに、バナナを潰し終えると、その実を少しくわえてベビードラゴンの前に持っていった。


 ベビードラゴンはくちばしを叩いたり、アンデスの体の黄金の毛を引っ張ったりするが、アンデスは微動だにしない。やがてベビードラゴンは、アンデスのくちばしの間に潜り込み、頭も突っ込ませながらバナナをつかみだす。


 潰れたバナナを手のひらでペタペタと叩く。その感触が面白いのか、何度も繰り返すのを、アンデスがくちばしで止めた。


 ベビードラゴンの両手がアンデスのくちばしに挟まれる。傷つけることはないだろうもわかっていてもマリアはハラハラするが、ベビードラゴンはキョトンと手とくちばしを見ているだけだ。


 ベビードラゴンの様子を見ながら、アンデスはベビードラゴンの手を離し、潰したバナナをくちばしにくわえて舌の上に乗せ、少しくちばしを上に傾けて飲み込んだ。


 もう一度、潰したバナナをベビードラゴンに渡す。ベビードラゴンはアンデスの顔を見て、今度はバナナを口に含み、上を向いてそのバナナを口に入れた。


「そのまま飲み込むとーー」


 本能なのか、マリアが危惧したようには丸呑みせず、舌を動かすようにもぐもぐとしたあと、ごくりと飲み込んだ。


「! リューウク!」


 ベビードラゴンの目が輝く。


「うまいって言ってるのか?」

「そんな気がするね」


 小さな翼をパタパタさせながら、短い手を伸ばす。せがむベビードラゴンに、アンデスが潰したバナナを少しずつ渡す。

 もぐもぐとバナナを詰め込む姿がリリアそっくりだ。


「か、可愛い」


 抱きしめたい。思い切り抱きついて頬ずりしたい衝動をぐっとこらえる。


 半分ほど食べて満足したのか、ベビードラゴンがせがむのをやめると、アンデスは残りのバナナを皮ごと飲み込んだ。


 満足したベビードラゴンがトテトテとアンデスに近寄り、その姿を見上げて、尻尾をふる。


 アンデスは頭を下げて、くちばしを近づけると、コロンとベビードラゴンを転がした。


「リュークリュークリュー!」


 ベビードラゴンか尻尾をブンブンと振り回し、もう一度と起き上がる。アンデスは同じようにベビードラゴンを転がした。


「なんか、笑ってないか?」

「そうだよね、笑ってるよね!」


 何度も転がり起き上がるのを繰り返すたびに、ベビードラゴンの尻尾の振り幅が大きくなり、鳴き声が高くなっていく。


 大泣きした先ほどと同じように、その鳴き声がベビードラゴンが「楽しい」と言っているのを教えてくれた。


 こちらまで笑顔がこぼれる。


「モンスターが他のモンスターの子どもをあやしてあげるなんて聞いたことなかった」


 アンデスとベビードラゴンが遊んでいるその後ろ、大木の幹の下で雌のアンデスはその瞳に柔らかな光をたたえていた。


 ベビードラゴンがまたコロコロと転がり、鳴き声があがる。


「あいつが、この森を変えるかもしれないな」


 ジンの言葉に頷く。それはかすかな、しかし確かな予感だった。

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