絶望の淵で②
「げほっ! げほっ! ごほっ!」
腹部を思い切り殴られた事で、アラタは倒れ腹を押さえて苦しんでいた。アサシンはそんな彼の様子を見るとニヤッと笑い、腹を蹴り上げ空中に吹き飛ばした。
一時的な浮遊感を感じた後に、アラタは二階建ての家と同等の高さから地面へと落下した。
地面に力なく横たわる彼の指が時折痙攣しているのがアンジェの目に映り、すぐにその視界がぼやけ始める。アンジェの目から涙が溢れていた。
今すぐに彼を助けに行きたいという衝動に駆られながらも、そうすればセスを見殺しにするという極限の状況に苦しめられる。
主である魔王を一方的に傷つける凄惨なショーをまざまざと見せつけられる地獄に、アンジェの中の怒りが爆発しそうになっていた。
だが、それでもここを動くことは出来ないのだ。アサシンは、アンジェの方を見ると、その笑みを一層歪ませる。
(この男、アラタ様を苦しめるだけじゃなく、それを見続ける事しかできない私の状況をも楽しんでいる。やはり最初からこの状況を狙っていたの!?)
「くかかかかかかかか! 悔しそうだなぁ、女! どうした? こいつをこのままにしておいていいのか? このままだとこいつは死ぬぞ? あー、でもそれをやったらそこの赤髪の奴が死ぬなー! さぁ、どうする!?」
「うる……せぇよ! 俺は……まだ戦える! よそ見する暇があるのかよ!」
アラタはボロボロの身体を何とか立ち上がらせる。無意識に微量の魔力で防御力を上げていたのだろう、通常あの高さから落ちれば危険な状態になっていたはずだが、こうして動く事が出来る。
「戦う……だと? サンドバック風情が生意気だなぁ。そんなに喋りたいならいいものをくれてやるよ」
アサシンは途端に無表情になりダガーを手に取った。そして、その場から消えたと思った瞬間、アラタ左腕を斬りつけた。
さらに身体のいたる部分を斬っていくが、その斬撃は全てが浅く致命傷になるものではない。
しかし、あのアサシンの武器には魔術による毒が付与されている。アンジェの表情が青ざめる。
「あ……れ? あ……ああ……あがあああああああああ!! ぎゃああああああああああああああ!! うぐぁああああああああああああああああああああ!!!」
突然アラタが狂ったように大声を上げながら、地面をのたうち回り始めた。アンジェは何が起きたのか分からず茫然としてしまう。
アサシンは彼女の反応に満足した笑みを見せながら、得意げな様子でアラタの状況を饒舌に説明し始める。
「いい表情をするじゃないか、特別に今のこいつの状態を教えてやるよ。俺はこいつを斬った時にある毒を流した。それは、痛覚を何倍にも引き上げる神経性の毒だ。通常、そんな痛みを受ければ身を守るために意識を失うもんだが、この毒には意識を覚醒させる効果もある。……くかかかかかかかか! ここまで説明すれば分かるだろ? こいつは気が遠くなるほどの痛みを意識が鮮明な状態で味わい続けているんだよ!! 一体、どんな感覚なんだろうなあああああああ!? くかかかかかかかかかかかかっかかかかかかかかかかかか!!」
アサシンが語っている間もアラタは、地面を転がり奇声を上げる。そして、悦に浸る彼に蹴り上げられ、身体が宙に浮いたところを背中に打撃を入れられ地面に叩き付けられる。
その無慈悲な攻撃を何度も何度も繰り返し行い、絶叫を放っていたアラタの叫び声は次第に小さくなっていった。
「か……はぁ……あぐ……あ……あ……!」
「おいおい、まだ終わるには早すぎるだろうが! 長持ちするようにわざわざ致命傷は避けているんだからよーーーーー!」
地面に這いつくばるように倒れるアラタの左手にダガーが突き立てられ強制的に意識が覚醒される。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
その絶叫を聞き、アサシンは満足した表情を見せる。ダガーをぞんざいに引き抜くと傷口から鮮血が噴き出し、アラタは頭を左右に振りながら襲って来る痛みに苦しんでいた。
非常な黒装束は再びアラタを素手でいたぶり始め、ひとしきり行うとアラタの反応は薄くなっていった。




