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庶民の魔王道~魔力が使えないので地道に訓練していたら覚醒後チートになった件~  作者: 河原 机宏
第1部 第7章 大地の精霊ノームと決戦シェスタ城塞都市
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覚醒の胎動③

「ヒール!…………アラタ様、傷は治癒しましたが魔力を使った反動でしばらく倦怠感が続きますから、その間は魔力を使ってはいけませんよ」


「了解、ありがとうアンジェ、楽になったよ」


 アサシン部隊との戦いの後、ダメージを負っていたアラタはアンジェに治癒術をかけてもらっていた。

 掌や頬の傷が治っていき、傷痕は残らず元通りになった。


「魔王様、大丈夫ですか? 動けそうですか?」


 セスが心配そうにアラタの顔を覗き込む。中性的で整った顔立ちの彼は同性から見ても素直に美しく、少し緊張してしまう。


「大丈夫、少し身体が重いけどさっきよりは大分マシになった。もうこの辺りには敵はいないようだし、トリーシャ達の所に行こう」


 広場に目を向けるとそこには何十人もの住民が横たわっている。戦いの後セスが彼らの安否を確認したが全員死亡していることが分かった。


「この戦いが終わったら埋葬してあげましょう。今は、他の場所で戦っている皆の救援に行かなければ」


「ああ、そうだね」


 アラタとアンジェが住民の亡骸に手を合わせている時であった。何かが音も立てずに暗がりに身を潜めてアラタに近づいていた。

 アラタがふと気が付いた時、そこにはセスの背中があった。アラタの前で壁になるようにして立っている。

 最初は何事かと思って茫然としていたが、彼の正面に何者かがいるのが分かると、アラタは血相を変えて2人の間に割って入る。

 セスの正面にいた者は何かをセスから引き抜くと後方に跳び退いて距離を取った。黒装束に身を包み手にはダガーを握っている。

 その凶器の刃には血液が付着しぽたぽたと地面に落ちていた。アラタはそれを見ると、目を見開きセスに視線を向けた。

 セスはその場に膝をつき、腹部を押さえる手から流れ落ちた血液が地面に血だまりを作り始めていた。


「セス、大丈夫か!? アンジェ、早くヒールを!!」


「はい! セス、少し待っていて……ヒール!」


「ぐうっ! くっ、すまない」


 即座に患部の治癒が開始される。アラタはその間、ニヤニヤしているアサシンを睨み付けながら壁のように立ち塞がる。


(なんだこいつ、笑っている? 他のアサシン達は感情を見せなかったのに、こいつは何か他の連中とは違う。……それに、セスはこいつの攻撃から俺を庇って負傷した! ちくしょう!! 俺が油断したから!!)


 アラタは戦場で気を抜いた事を後悔していた。せめて魔眼だけでも発現させていればこんな事にはならなかったかもしれない。

 だが既に起きてしまった事を悔やんでも仕方がない。今はアンジェの治癒術によってセスの怪我が治ってくれる事を待つばかりだ。だが、そこで異常事態が発生した。


「傷が塞がらない! どうして!?」


 アンジェの表情が強張っている。ヒールをかけ続けているにも関わらず、ダガーで刺された傷は治る気配が見られなかった。セスの顔はますます青ざめ、呼吸も荒くなっていく。

 慌てふためくアラタとアンジェ、そして状態が悪くなっていくセスを眺めていたアサシンは未だニヤニヤしていた。そして、気味の悪い音が聞こえ始める。


「くくくくくくくく! くかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかか!」


 最初はその音が何なのか分からなかったが、程なくしてそれが黒装束の笑い声だと気付き、アラタ達はぞっとした。

 生理的な不快感とも言うべき嫌悪感が身体の奥底から湧き上がって来る。その甲高く気持ちの悪い笑い声をひとしきり出し終えると、黒装束は黒い仮面を取り外し投げ捨てた。

 毒々しい紫の髪は無造作に伸び、歪んだ笑みをアラタ達に向けている。この状況が楽しくて仕方がないという感じが伝わって来る。

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