スヴェンとコーデリア
「コーディ、ほら、これを飲め」
「ええ、ありがとうスヴェン」
スヴェンはガミジンの反撃によって大怪我を負っていたコーデリアを抱き寄せポーションを飲ませていた。敵の卑劣な攻撃によってつけられた傷がみるみる治っていく。
あの絶望的な状況の中、閃光の勇者ルークの参戦によりスヴェンパーティーは誰一人欠ける事なく戦いを乗り切った。
「ルーク、ありがとう。まさかあなたが来てくれるとは思わなかったわ。勇者の主な任務は王都防衛だから……」
コーデリアが無事である事を確認すると、ルークは彼女に優しく微笑む。しかし、戦闘中のガミジンの言動を思い出すとたちまち真剣な表情へと変わる。
「コーデリア姫殿下、それに皆、おそらく破神教の手はアストライア王国内部に及んでいると思われます」
「何だって!?」
ジャックが驚きの声を上げる。他の者も各々表情は暗い。
「あの十司祭ガミジンは、スヴェン以外の勇者が王都で待機している事を知っていました。僕達勇者がどこで活動しているかという正確な情報は騎士団でもごく一部の者しか把握していません。それもかなり上の立場の人間しか……。それをあの男が知っていたという事は由々《ゆゆ》しき事態であると私は思います」
「確かに……、敵は私達の予想以上に広範囲に渡り活動している。今、魔王軍がどうのこうのと言っている場合じゃないわ。十司祭1人相手にこのような結果だもの……」
スヴェン達は全員が満身創痍の状態、シェスタ城塞都市に至ってはアンデッド達に蹂躙され人も建物もボロボロであった。
「ルーク、お前の力ならガミジンを倒せたんじゃないのか? どうして早々に奴に逃げるように仕向けた?」
スヴェンがルークに問いただすと、彼は首を振って応対した。
「あの時、僕が押している様に見えたのは魔術の相性の一時的な問題だよ。もしも、あのまま戦いが続いていたら正直勝つ事は難しかったし、戦闘中に不利だと感じたら、たぶんあの男は君達の誰かをアンデッド化して戦力の補充を図っただろう。とにかく、この場で手打ちにした方が一番いいと思ったんだ」
「! そうか……そうだな、すまん」
(俺はまた、戦いの勝ち負けにこだわって仲間の安否を考えていなかった。なのに、こいつはそれをちゃんと分かっていた。……なっちゃいないな、俺は)
十司祭という災厄が去って仲間達が安堵する中で、コーデリアはスヴェンが落ち込むのを見逃さなかった。
遠くから激しい衝突音が聞こえてくる。まだ、誰かが敵と交戦しているようであった。スヴェン達は、連戦で疲れきった身体を無理やり起こし移動を始めていた。
まだ戦いが続いているであろう北門側にはルーク、スヴェン、シャーリーが向かい、騎士団監視塔へ東門の敵の撃破を報告するのにコーデリア、ジャック、エルダーが向かう事となった。
パーティーが二手に別れて移動を開始しようとする中で、コーデリアは元気のないスヴェンの元へ来た。
「大丈夫、スヴェン?」
「……怪我なら大丈夫だ、ポーションでかなり楽になったからな」
「身体の事じゃないわ。心の方よ」
「何だそれ?」
「あなたは外見に似合わず、やたらと真面目な所があるから。どうせ、ルークと自分を比較して自分を卑下しているんでしょ?」
「なっ、何で!?」
「分かるわよ。だっていつも見てきたもの。一人前の勇者になるために努力するあなたを、正義の味方という目標を見つけてさらに頑張ろうとするあなたを、魔王さんと知り合って勇者として正義の味方としてひたむきに前に進もうとするあなたを…………私はちゃんと知っているから。だから、自信を持ちなさい! 私が好きな豪炎の勇者は、常に前を見ている猪突猛進な男よ。その分周囲に目を配るのが私の役目なんだから! 気後れせず、前だけ見てなさい!」
コーデリアはスヴェンの背中を思い切り叩いて彼を前に送り出す。戦いで傷つき、土や泥で汚れているものの、その内面から来る彼女の美しさにスヴェンは見惚れていた。
「――行ってくる!」
「行ってらっしゃい! 私達も報告が終わったらすぐに合流するわ」
「ああ!」
スヴェンの表情にはもう悩みの感情は残ってはいなかった。ただ、自分の背中を押してくれる、あの勝気な姫を失望させるような、そんな男にだけはなるまいと心に誓う。
そして、ここシェスタ城塞都市をめぐる長い一夜の戦いは終わりが見え始め、間もなく日の出の時刻を迎えようとしていた。




