宗教は苦手だが、教会にも探りを入れてみた
ユーストン伯爵領の修道院や教会は、質素倹約を旨として静かに信仰に生きる人達が集う場所、だ。
だが、王国という少し広い視野から見た場合の教会は、権威に基づく大きな組織でもあり魑魅魍魎が少なからず生息している厄介な相手だ。
と、ユーストン伯爵家の有能な執事であるトマス氏に指摘されて、今、私は、王都にある教会の本部組織が併設された大聖堂へと来ている。
表立って大袈裟に行動する訳ではないが、建前上は、アイヴァー伯爵家に仕えるラグラン男爵家から養女を迎えた事にしている一方で、非公式には、ラグラン男爵家を経由して教会が管轄する孤児院に在籍していた子供を引き取ったという話にもなっているので、教会をこっそりと表敬訪問したという体裁を整えておこう、という趣旨だ。
王都の大聖堂で、記帳して寄進を行い礼拝をする。
そんな、ちょっとした散歩がてらの一仕事、の筈だったのだが...。
「ユーストン伯爵さまは、大聖堂によく来られるのですか?」
「いや、大変申し訳ないのだが、あまり屋敷から出掛けない質なので...」
うん。そのような暇はない、ね。
と、内心では断言しながらも、言葉を濁して、相手の出方を窺う。
なぜだか、今、私は、王都の大聖堂の礼拝室で、豪奢な金髪の美女に絡まれていた。
ご本人の自己紹介によると、ユーファミア司祭。三十代後半の怪しげな雰囲気を纏う美女、だ。
その横には、何故だか全く意図の読めない微笑みを浮かべた、謎の美男子。といっても、若者ではなく四十代くらい、だろう。服装や立ち居振る舞いは、間違いなく高位の貴族階級。
私は、今、この怪しげな雰囲気が漂う二人組に、不本意ながら、捕まっていた。
話し掛けてくるのは専ら、女性司祭。横の貴族男性は、意味不明に微笑むのみで、沈黙を守っている。
さて、どうしたものか。
ここを訪れた目的は、ほぼ達成しているので、速やかに撤退したいのだが...。
「体調の方は、もうよろしいのですか?」
「ええ。お陰様で、周囲の助力もありますので、何とか執務も熟しております」
「まあ、それは良かったですわ。一時期は、かなり...あら、申し訳ありません。口が過ぎてしまいましたわ」
「いえ、お気に為さらずに。私が暫く臥せって執務が滞っていたのは、事実ですから」
「ほほほほほ。ユーストン伯爵さまは、お優しいですわね」
「そうでしょうか?」
「ええ。お優しいと言えば、ユーストン伯爵さまは、孤児を養女に迎えられたとか」
「養女という事であれば、先日、ラグラン男爵家から双子の姉妹を迎えましたが。なかなか優秀な娘たちで、今から将来が楽しみなんですよ」
「優秀だから養女に迎えた、と?」
「はい。女伯爵、というのも良いかもしれませんね。まあ、婿養子を迎えるのも有りでしょうが」
「あら、ユーストン伯爵さまは、面白いことを仰いますのね」
「そうでしょうか?」
「ええ。養女を当主に、などとご冗談を」
「まあ、女性の当主に前例が全く無い訳ではありませんので、本人次第、ですがね」
「...」
おほほあははと、あまり気分の良いとは言えない嫌味の混ざった腹の探り合い的な会話を交わしながら、私は今後の展開を考える。
確か、司祭というのは、教会の中でもかなり高い地位だった筈ではあるが、伯爵家に一方的な喧嘩を売っても支障がないのだろうか?
ユーファミア司祭は、横にいて名乗りも発言もせずに微笑みと沈黙を守る高位貴族と想定される男性の庇護があるからなのか、ご本人の実家が権力を持っているからか、かなり傍若無人な態度だ。
取りようによってはかなり失礼な発言が続いているので、こちらが怒って決裂させたとしても外聞は悪くならない、とは思うのだが、不気味だ。
しかも。
この金髪美女のお相手は、私には、少しばかりストレスがきつめだ。
元から、どうも私は、美人が得意ではなかったのだが、それにしても現状の継続は精神的な負荷が高い。
この世界は美男美女や美少女美少年ばかりなので、美形の相手にも少しは慣れたのかと思っていたのだが、そうでも無かったようだ。
高飛車な態度だけでは此処までの不快感は生じないと思うので、彼女の纏う優越感と上から目線などの態度全般に起因するもの、なのだろうが...。
* * * * *
結局、小一時間ほど、王都の大聖堂での精神力をガリガリと削られる拷問まがいの社交(?)に時間を取られた後、ユーストン伯爵家の邸宅へと戻った。
極力、相手の機嫌を損ねないように注意しながら、のらりくらりとかわして、ユーストン伯爵家の内情に関する情報を漏らすことなく、見目は良いけど不快な二人組を何とかやり過ごして帰宅することが出来た、と思う。たぶん。
しかし、まあ、いったい、何だったんだ? あの二人は。
事の次第を、報告がてらトマス氏に説明すると、何やら考え込んでいたようだが、私が気付いた時には執務室から居なくなっていた。
トントン。
「養父様、呼ばれましたか?」
「ああ。ライラとレイネ、そこにお座り」
「「はい」」
「こちらでの生活には、慣れたかい?」
「「はい」」
「王都の邸宅での生活も、今日で一週間。習熟運転はこれくらいで、そろそろ、次の段階に向けて準備を始めないとな」
「...」
「次の段階、ですか?」
「ああ。来年の春には、王立魔法学園へ入学することになるからね」
「そうですね」
「そうなんですか」
「うん。そうなんだよ」
「入学、できるのですね...」
「学校に行くのですか?」
「ああ。ユーストン伯爵家の娘として、しっかり学んできなさい」
「「はい」」
ライラは無表情ながらも少し感慨深げな様子で、レイネシアは唯々無邪気に、喜んでいた。
貴族として認められる為には、魔法の素養は必須で、王立魔法学園での教育課程をキチンと修めたという実績がその証拠となる。
だから、貴族としての人生を差し障りなくスタートさせるためには、十三歳の春に同じ年代の子供たちと一緒に学園へ入学する、というのが必要十分条件となる。
ライラは、それを十分に理解しているのだろう。レイネシアは、分かって無さそうだが...。
ちなみに、ライラたちと同じ孤児院にいたヒロインを連想させるオーラが半端ないアンジェリカは、途中入学となる筈だが、彼女であれば特に問題は無いような気がする。
あのアンであれば、どちらにせよ悪目立ちすることは間違いないので、一つくらい特異点が増えたところで誤差の範囲内だろう。
ライラとレイネシアとは学年が違うが、アンが目立って目眩ましになってくれると有難い。
是非とも、ライラとレイネシアには、平穏無事で思い出深い学園生活を過ごして欲しい、と心の底から思う今日この頃だった。