突然の来客は、押しかけ後妻候補(自称)
王都での生活も、今日で一週間。
当初の目的も達成し、トマス氏から出された課題もクリアした。
ので、そろそろ領地の屋敷に戻ろうかな、と。
もうすっかりユーストン伯爵家の養女としての生活にも慣れてきたライラとレイネシアに、一見すると双子に見える同年齢の従妹である担当メイドのエレノアとブレンダが戯れ合っているのを眺めながら、私はぼんやりと考えていた。
私は今、王都のユーストン伯爵家の邸宅の、一般家庭におけるリビングに相当する部屋で、ライラとレイネシアを相手に、お茶を飲みながら談話中。
私のお世話は、執事のトマスではなくメイド長のアイリスさん。
ライラのお世話は、真面目だけど表情が豊かで少しお調子者の若手メイド、青い髪のエレノアさん。
レイネシアのお世話は、無表情だけどしっかり者で面倒見が良い若手メイド、赤い髪のブレンダさん。
従妹メイドと双子姉妹は、背格好も似ている上に髪色も似た組み合わせなので、紛らわしい。
若手メイドの二人は、どちらも男爵家の令嬢であり、行事見習いも兼ねてメイドに来てまだ二年目の十代後半なので、ある意味ではお嬢様だから、私の目も前はお嬢様の集団と化している。即ち、喧しい。
私の後ろに控えるアイリスさんから、刺すような冷気が立ち昇りだしたのだが、お嬢様たちはまだ気付いていない。
コンコン。
部屋の扉が、ノックされた。
アイリスさんが、軽く咳払いをして若手メイド二人組に注意喚起をした後、私に視線で了承を取ってからすっと移動して、扉を少し開け、扉の外に待機していたメイドさんと一言二言交わす。
そして、いったん、扉を閉めた後、私の横へと戻ってきた。
「旦那様。ロンズデール伯爵令嬢のベアトリス様が、お越しになられたそうです」
「ん? 約束があったかな?」
「いえ」
「そうか。まあ、追い返す訳にもいかないから、取り敢えずは、会おうか」
「承知致しました。それでは、こちらにお通ししても、宜しいでしょうか?」
「ああ、そうだな。その方が良いのかな」
* * * * *
「おじ様、私がおじ様の奥さんになって差し上げますわ!」
「成る程。で、何があったんだい?」
「ですから、私がおじ様の奥さんに!」
「はいはい。娘に言われたい台詞のナンバーワン、だね」
「私は娘ではありません!」
「そうだね。ライラ、ライラ。ライラは、養父様の奥さんになってくれるのかい?」
「嫌です」
「えっ...」
「冗談です。そんな泣きそうな表情をしないで下さい」
「ははははは...」
「仕方ありませんわね。今晩から、寝室を移ればよろしいのですか?」
「えっ?」
「敬愛するユーストン伯爵様が幼女趣味とは思いませんでしたが、致し方ありません。夜伽は本日からで宜しいでしょうか?」
「...」
「おじ様が、本当に幼女趣味だった」
「冗談です」
「じょ、冗談、よね。ほほほほほ」
「で、ベアトリス様のご用件は?」
「...」
ライラによる私を犠牲にした強烈(?)なショック療法により、ベアトリスは、当初の気勢を削がれて少し落ち着いたようだ。
そんなベアトリスから、私は、当家を急襲した原因の説明を受けている。
ライラは、いつの間にかスッと離れて、レイネシアたちとお茶をする空間へと戻っていた。流石、だ。
「成る程」
「おじ様も、お父様が酷いと思うでしょ?」
「そ、そうか?」
「そうです! 侯爵家への輿入れと聞けばよいお話に聞こえますが、相手は、あの腹黒で有名な中年おやじ、ですのよ。私、まだ行き遅れた訳でもないのに、酷いですわ」
「そうなのか?」
「お父様が欲に目が眩んで、このような縁談を持ってくるなんて、信じられません!」
「ああ、信じられないね」
「そうでしょ!」
「そうだな。ウイリアムが、本当に、ハートフォード侯爵その人への婚約だと言ったのかい?」
「え、えっと...」
「例えば、ハートフォード侯爵家との婚約の話がある、とか言ったのではないかい?」
「...」
「ベアトリス。さては、最後まで聞かなかったな」
「そ、そんなことは...」
「困ったものだ。アイリス。ハートフォード侯爵家には、ベアトリスと釣り合う年頃の独身男性は居ないのかい?」
「公にされている人物には心当たりがございませんが、確か、少し前に、養子縁組があった筈です。少し、お時間を頂けませんでしょうか。調べさせて参ります」
「ああ、頼むよ」
「承知致しました。暫くお待ち下さい」
アイリスさんからの回答を待っている間、ベアトリスには、当家で結成(?)されたお嬢様の集団に加わって貰い、良家の子女である先輩のお姉さまとして、色々と指導をしてくれるようにとお願いした。
お転婆で猪突猛進のきらいがあり何事にもアグレッシブなベアトリスを、ライラとレイネシアがお手本にすると困った未来しか思い浮かばないのだが、伯爵令嬢として生まれ育ち厳しく躾されているのは間違いない事実なので、良い機会だと判断したのだ。
お茶の時間が終わり、ライラとレイネシアがベアトリスを自分たちの部屋に案内して、何やら勉強会を始めだしても、アイリスさんからの回答は無かった。
ロンズデール伯爵には、簡単な事情を添えた上でベアトリスとライラとレイネシアが意気投合したので今日は当家に泊って貰うことにした、と知らせる手紙を届けさせたので、まあ、良いのだが...。
結局、ハートフォード侯爵家の家族構成は、よく分からない、という結論となった。
アイリスさんによるご婦人方の情報ネットワークの精査からも、執事のトマスによる貴族社会の裏情報からの調査からも、曖昧な情報しか得られなかったそうなのだ。
ただ、婚約者の候補となりそうな人物は居たので、その旨をベアトリスには説明して、詳しくは父親から冷静に話を聞くように、と諭した。
「う~ん、でも、やっぱり...」
「大丈夫だ。あのウイリアムが、ベアトリスの意向を無視して勝手に縁談を決める訳がない」
「そ、そうかしら」
「ああ。まあ、先方からの申し出があったとしても、何の前振りもなくそんな話を勝手に進めることは無い、と思うよ」
「う、うん。お父様なら、そう、よね」
「もしかしたら、最近、ベアトリスの方から婚約関係で何か、ウイリアムにお強請りしたんじゃないのかい?」
「...」
「そう。心当たりは、ありそうだね」
「え、えっと...。ちょっとした願望を言ってみたことはあるけど、ま、まさか、ねぇ」
「その、まさか、じゃないのかい?」
「そ、そんなことは、ない、と思うけどなぁ」
「ま、兎に角。明日、キチンと、ウイリアムの話を冷静に聞くこと。いいね?」
「はぁ~い」




