053
休憩がてら昼食をとったあと、次は靴屋に入った。
ちなみに装備品屋の三軒隣である。
ロザリンが明日以降に履く、街の外用の靴だ。
今まで街から出ていないため、街歩き用の靴しか持っていないことがわかったからだ。旅装の準備は完全に失念していた。
そんなに歩かせるつもりはないけれど、やっぱり要るでしょ。
足型をとるような本格的なものは間に合わないので、ちょっと簡易なものになるけれど、街歩き用で無理するより余程いい。
「底が厚くなっているのね」
「疲れにくいし滑り難いようになってるんだ」
「結構重いわ」
「そっちのは爪先に金属板が入ってるんだ」
ロザリンに似合いそうな柔らかい革を使った靴を選ぶ。金属補強までは無くてもいいかな。
ロックリンクスとか、上品でいいかな。
「このサイズで金属補強無しで、ロックリンクスかラウンドホーンディア革の女性用の靴、ありますか?」
「そうだね、金属補強無しだったらロックリンクスならあるよ。ただ、色が白しか無くてね」
売れ残ってる感がある。白は汚れが目立つせいで人気が無いからね。
でも綺麗な靴だ。ロザリンには似合う。確実に似合う。
実際には旅と言ってもポチさんに乗りっぱなしだから、これでも全然大丈夫なんだが。
「ロザリン、どう?」
「そうねぇ。見た目は好きだし履き心地もすごく良いけど、どういうのがいいとかがわからないわ」
「機能的には、靴底も厚いし足首を包む形だから、疲れにくいし歩きやすいと思うよ」
「そういうものなのね」
「それに、かわいいし似合ってる。本来なら白は汚れが目立つせいで敬遠されるけど、私たちの場合はあんまり問題にはならないから、全然問題ないよ」
試し履きしてみて実際に履き心地が良くて動きやすいなら、それがいいと思うよ。
…ってのは冒険者目線の選び方なのでデートにはNGかな。つい実用品って感覚になっちゃって見た目って二の次になるよねー。
「これがいいわ!」
ロザリンは嬉しそうに履いた靴を眺めていた。
「そのまま履いていくかい?」
「慣らすためにも履いていったほうがいいかな?」
「ふふ。そうするわ」
なんだか足取りも軽く、こころなしか跳ねるような歩き方になっている。かわいい。
「じゃ、次ね」
「次?」
「旅装なら外套が必要」
「必ず要るもの?私、冒険者じゃないわよ?」
ロザリンは不思議そうに小首を傾げた。
「風が強い時もあるし、埃よけに要るんだよ」
あまりピンと来てない様子。
「ほら、私が砂埃だらけのジャリジャリになって帰ってきた日とかあったでしょ?街の外は案外風だって強いんだよ」
容赦なく髪の中まで入ってくるからね。
酷いときには下着の中まで入ってた時がある。
尻だの大事なところがじゃりじゃりする切なさよ。
砂は粘膜系に厳しい。
「そういえばそんなこと言ってたわね」
髪の長いロザリンにはフード付きのほうがいいのかなぁ。
髪に入った砂埃を落とすのって結構大変だし。
そんなことを考えながら歩いていたら、程なく外套専門の店に辿り着いた。
店内には高ランク冒険者御用達な高級素材コートから、貴族の旅装用コートまで用途も色も素材も違う様々な商品が並んでいた。素材の見本も展示されていた。
ユニコーン革あたりが軽くて使いやすいかな。魔法への耐性もそこそこあるし。
霧鹿だと若干機能面に不安が残る。
店内では数人の冒険者が商品を選んでいるようだった。
そこそこ性能の良いユニコーン革にするか、リーズナブルなサンドリザード革にするかを迷っているらしい。
「こんにちは」
「いらっしゃい。どんなものにするんだい?先日、外国から月光竜の革が入荷したよ」
私のコートを見て判断したのか、白竜の上位互換素材をサラッと勧めてくる。
「フード付きの外套が欲しくて。ちょっと見せてください」
「ああ。カミさんのかい」
「あはは。結婚はまだだけどね。実家に挨拶に行くんで軽くて砂埃が入りにくい外套を探してる」
「ならユニコーン革か飛竜革だな。どちらかといえばユニコーン革のほうが薄い分柔らかいし軽いが」
店主はロザリンをちらりと見てから、いくつかの商品を示した。
「コートよりはケープかマントだな」
提案は短くて説明もないが、まあ納得である。
コートじゃ特注するしかない。
「ここからここまでは今流行りの冷却魔法が仕込んである。ここに魔石を入れとくんだ。こっちのは質はいいがそういうのはついていない。職人の爺さんが頑固でな」
もうすぐ夏だし、涼しくなる機能は人気にもなるだろうな。
最終的な候補になったのは、どちらも冷却機能の無いものだった。自分で掛ければいいだけだしね。
ユニコーン革をたっぷり使ったマントと、ユニコーン革に加えシルクフットラビットのファーが飾りについてるケープ。砂を防ぐ機能面なら前者だが、ロザリンに似合っててかわいいのは後者である。
悩ましい。
「ロザリン、どっちが好き?」
「…えっと…こっち」
遠慮がちにファーのついたケープを示す。
うん。かわいいもんね。
「じゃ、こっちで」
外套を購入し、店を出る。待っててくれたポチさんに礼を言い、撫でた。
買ったケープをそのまま着てきたロザリンは、店の前でくるりと回って見せてくれた。
「かわいいね。似合ってる」
「ふふ。ありがとう。色も素敵。靴にもぴったりだわ」
「そうだね。あ、そろそろ休憩しようか」
一般的な冒険者のおやつ的なもののほうが喜ぶかと思い、揚げ芋を買う。
魔物の脂身から取った脂で揚げているので、若干重いが美味い。香りも風味も強いから、シンプルに塩だけの味付けでも美味いのだ。
腹持ちもいいし、何より安いし。それも冒険者に人気の理由になっている気がする。
油紙に包んでもらい、広場の端のほうで食べることにした。
「んっふ!?熱っつ!!」
めっちゃ熱い!
慌てて魔法で口内を冷やした。
「…だいぶ熱いので気をつけて」
「もう。アルったら。こっちの台詞よ」
ほんとに面目ない。
ロザリンは適度に冷ましてから上品な仕草で食べていた。
食べてるのはただの揚げ芋なのに、すごく高級な良いものみたいに見えるから面白い。
さて、あとはどこへ行こうかな。夕方には串焼き屋さんに行くにしても、少しだけ時間が余ってる。
新しい靴を慣らすためにも歩いてそのへんを散策がいいのか。
「ロザリン、靴擦れとかできてない?痛いところない?」
「大丈夫よ」
ゆっくり第三商業区方面に歩くことにしよう。
現在地からはギルドや銀麦亭のある大通りを通って南に向かい、そこから西へ向かったほうがいいだろう。
「一旦大通りに出よう」
大通りは多くの人の目があって安全ではあるけれど、反面馬車の往来も多いため、気をつけて歩かないと危ない。
道路交通法のような法はないので、ある意味街の外並みに警戒心や危険察知能力が必要だったりする。
暗黙の了解みたいに大雑把に分けられた馬車用の道、いわば車道と、歩く人の道、つまり歩道が分けられている程度だ。
だから他人の迷惑など知ったことかと急いでいる馬車が歩道側を走ってしまうことも、ままあるのだ。
ひとまずロザリンには歩道の建物側を歩いてもらい、車道側を私が歩くようにしている。この場合ポチさんは私たちの後ろだ。
こうするとそもそも馬が怯えるので近づくこともなく、後ろから馬車がぶつかってくることもない。
そうやって少し歩くと冒険者の姿がさらに多くなってくる。
ギルド付近だし、そろそろ早めに仕事終えた冒険者が戻る頃合いだからだ。
「冒険者ってこんな時間に帰って来たりもするのね」
「請けた依頼さえ達成すればその日の仕事は終わりだからね」
ギルド付近のこの辺りだと昼下がりになれば酒場も開いているのは、そんな事情もあるのかもしれない。
ちなみに第三商業区の開店はだいたいもう少し後だ。
いつもの場所に行ったのにメネル草が採れなかった、黒竜が出たらしい、といった噂話が飛び交っている。
自身に関わる事件の噂だったからか、ロザリンは一瞬身を固くした。
すぐに何でもないことのように振る舞ったけれど。
「冒険者の噂って回るのが早いのね」
「んー。噂から判断して請ける仕事を選ばないといけないからね。んで、多分黒竜の情報はこれから商人に回ったり、貴族に回ったりする」
「…私の噂も回っているのかしら」
「……それは……回ってはいたけど、今まさにもっと衝撃的な噂で上書きされてる最中みたいだよ」
――攫ったのは王都のギルド職員だったらしい、と。
職員だったのか。推定犯人氏。
あんまり私が行かない時間帯の人だったのかな。
「これはギルドの今後の立場にも影響ありそうだなぁ…」
ちょっとキャサリンちゃん辺りに話を聞きたい。
「ねぇ、アル。保安部かギルドに話を聞いてみない?」
「大丈夫?」
「ええ。私は大丈夫よ」
様子を見る限りでは大丈夫そうなんだけど…。
ロザリンは演技も上手いからなぁ…。
「じゃ、保安部の詰所に寄ってみようか」
「ええ」
行き先を変更し、保安部の詰所へ。さほど距離が離れてるわけでもないけどね。
詰所で、昨日の件で、と伝えると別室へと案内された。
対応してくれた人には会うなり酒の礼を言われた。
「昨日の者は冒険者ギルドの職員だったようです。数ヶ月前に王都から移ってきた者でした」
「王都…」
「王都でも最近、突然失踪する者が増えているらしいのですが、関連が疑われています」
最初は冒険者や娼婦など、居なくなってもさほど探されない者達が狙われたらしい。
最近では子どもが狙われるようになり、問題が明るみに出てきたという。
「背後に貴族がいる可能性も、かなり高いと見られています」
「……デイヴィッドの事件」
ロザリンがぽつりと呟いた。
確かにあれも貴族の関わる人身売買事件だったか。
「今回の犯人がギルド職員だというのは確定?」
「ええ。犯行に利用された少年が現場近くで保護されていまして。間違いなくあの男だと証言をしてくれましたし、所持品にギルドの職員用身分証がありました」
ロザリンは静かに話を聞いていた。子どもは無事ですよ、という言葉に安堵しているようだった。
「詳しくありがとう」
詰所で情報収集後は混雑する時間帯になってしまって、ギルドへは行けなかった。
「さあロザリン、串焼きを食べに行こう!」
敢えて空気は読まないぞ。
「ふふ。そうね」
強引に気持ちを切り替え、第三商業区方面へ。
「アルフレート!」
「やあ今朝ぶりだ」
串焼き屋に行くと、クレイも居た。
「なぁ、アルフレート。これって今ギルドで噂になってる黒竜なのか?」
私にしか聞こえないようにコソッと声を抑えてはいるが若干興奮ぎみに聞かれ、素直に答えた。
「うん。そうだよ」
「で、こちらが先日言ってた」
「こ、こんやくしゃです。クレイ、よく覚えてたね」
「ぃやぁ。あまりに濃い体験だったからな」
そうだねぇ。あの日はいろいろ有益な体験したからなぁ。
「アルフレート。頼まれた串焼きは今から焼くが、いいか?」
「マジか!お願いしまぁす!」
私の期待の高まりは留まるところを知らないよ。もう串焼きのことしか考えられないよ。
どうやら親父さんは既に串を打って待っていてくれたらしい。
「もう、アルったら…」
「だって、こんなに美味そうなんだよ!?…もう焼いてる手元から目が離せない。肉の表面がまたたく間に艶やかな飴色へ変わっていく様子も、ぱちぱちと脂が溶けて弾ける様子も、狂おしいほどに食欲をそそるッ…!」
「何を言っているんだ」
おかしなテンションになってしまっているのは自覚してる。
「つまり、私はコレを美味しく食べたい」
美味しいは正義です。
「頼まれたのは五本分だったが…本当にそれでいいのか?」
「うん。今は五本でいい。試食だから。だいたいの味が知りたい。残りは手間賃代わりに売るなり食うなりどうぞ。いつも世話になってるしね」
「お前な…。どう借りを返せばいいやら…。よし、お前、今後来るたびに串焼き三十本サービスな!」
「そんなに!?」
「ホントなら全然足りてねえからな!? でもまあ、お前さんなら何十年も通ってくれんだろ?」
「いや、自分で買う楽しみも欲しいし、通い詰めかねないから、毎回五本がいいよ」
黒竜さんは白竜さんとどう違うのかも検証したいし。
親父さんが損しかねない。
「おう、焼けたぜ」
「これが…。…前に狩った白いのより香りが強いかな」
「とりあえずその五本は仕舞っちまえ。それで試食はこっちのを食え」
そう言ってクレイの親父さんは持ち帰り用に包んでくれたものとは別に三本差し出してくれた。
クレイにも一本と親父さん自身にも一本用意していたので、これは私たちで食べろという意味なのだろう。
「味がわかり易いよう、塩だけで味付けしてある」
ごくり、と唾を飲む音は、誰のものだったのか。
「…美味い」
親父さんは串焼き一口食べたまま、何かを考え込んでいるらしかった。
確かに美味かった。白竜の繊細な舌触りや味とは違い、こっちは少し野性味のある、そんな味だ。
「アルフレート、これはウチではとてもじゃねえが売れねえ…」
「親父…?」
「普段一本十ロフで売ってるような店で売っていいもんじゃねえ…」
何故?駄目なの?職人さんの拘りなの?
「よくわからないけれど高級肉なら、入荷次第で突発的に高級肉も売る、っていうのを売りにしたらいいんじゃないかしら?高いものだけれど、串焼き一本分だけ分けて売ってもらえたら嬉しいっていうひとは多いんじゃない?」
「なるほど…」
「…嬢ちゃんすげえな」
私もロザリンの経済に関する知識に驚いてます。
「クレイ、ギルドあたりで宣伝してこい」
「わ、わかった。何本用意できたんだ?」
「…限定三十本、一本…五百ロフ。客寄せ価格だ!」
「分かった…行ってくる!」
ギルドのほうへクレイが駆けていく。
「さて、私たちはこの後混む前に帰ることにするよ。またねありがとう」
「おう。こっちこそありがとうな!」
そうして今日のお出かけを終えて、私たちは銀麦亭へと戻ったのだった。
「今日は凄く楽しかったわ」
「私もだよ。今日は早めに寝て、明日朝食後に出発かな」
寝支度を整えてベッドの上で今日のことを話し合う。こういう時間もいいね。
すり、と私の腕に抱きついていたロザリンが私の肩に頬ずりする。
愛しい。
「おやすみ、ロザリン」
灯りを消して、目を閉じた。
ん?
なんだかスリスリと…。あらぬところが…。
「ロザリンさん?ナニをしているのかなぁ…!?」
「ずっとその気にさせようとしてるのに!さっきからしましょうって誘っているのに気付きもせず無反応ってなんなのよもう!!」
「わぁごめんなさい!?」
なんかその後めっちゃ怒られた。




