001
私、アルフレート。56歳。
エルフとしては成人したばかりで、人族に置き換えれば十五、六歳くらい――たぶん。
それでも冒険者歴は十五年になる。
昨日頑張って仕事をしたせいか、少し寝過ごした。
うとうとしながら寝床で過ごしていたのだけれど、ぐぅ、とお腹が鳴いたので、そろそろ起きようと決心する。
階下からは良い香りがしてくる。
この宿屋は料理人でもあるご主人の焼くパンも売りの一つで、毎朝階下からいい匂いがするのだ。
脚を上げて下ろした反動で起き上がり、私はベッドからおりた。
「アルフさぁん、おはよーございまーす起きてますかー?」
個室の扉がノックされ、今朝も元気な声で呼ばれる。
人族の青年フェイだ。
3年前に加入した同じパーティの後衛職で、本人の自己申告によれば17歳らしい。黒髪黒眼で懐かしい感じのカラーリングが私的には落ち着く。
私自身が淡い藤色の髪に空色の眼なことでわかるように、この世界すごくカラフルなんだ。
フェイは私とほぼ同時期にパーティに入ったこともあって、わりと仲はいい、と私は思ってる。
だいぶ歳が離れてるせいか敬語で話されちゃってるけど。
「おはよ。起きてるよー」
魔法で窓を開け、扉を解錠しながら挨拶を返した。
身支度でもしようかと空中に浮かべた水球に手を突っ込む。
ちょっと冷たかったので体感で5℃ほど温度を上昇させてから、顔を洗った。
うん、適温。
水球を気化させて消しながら、魔法って便利だと初めて思ったときを思い出した。
したいこととそれに必要なことを詳細に思い浮かべて魔力を込めると発動する。少なくとも私はそういうもんだと思ってた。
エルフはみんな呼吸をするように、手足を動かすのと同じように、魔法を使える。
当たり前のことだから、便利だなんて思うわけがない。
私は昔から、ほかのエルフより少し魔法が苦手だった。
その一方で、誰もやらないような特殊な使い方だけはできた。
今にして思えば、無意識に齊藤朱里の知識を使っていたのかもしれない。
齊藤朱里。亡くなったときは、たしか46歳。
酷い頭痛に襲われ、自分で救急車を呼ぼうと携帯電話へ手を伸ばしたところで、その人の記憶は途切れている。
十年前に突然思い出したものの、私にとっては本で読んだ誰かの人生のようなものだ。知識はあっても、感情は残っていない。
だから今の私は間違いなくアルフレートで、男として生きている。
「アルフさん、本当に目、覚めてます?」
「んー?覚めてるよ」
「顔洗ったまま拭かずにボーっとしてるのは覚めてるって言いませんよ」
おぉ…。
入室してきたフェイに言われて気づけば自身の身体はもちろん床までびっちょびちょですよ。
そして考え事してたせいで拭くもの用意しとくの忘れてたよ。
魔法で乾かすことは簡単だけど、それだとあまりきれいになった気がしないんだよね。
「フェイ、ごめん、何か拭くものとって」
「はい」
渡された手布で顔と胸の辺りを拭い、濡れた寝衣を脱ぐ。髪を整えたついでに魔法で乾かした。
季節柄朝はまだ下着姿では少し肌寒いので、室内の気温を3℃ほど上げてみる。
うん。適温。ふわっと温かくなる。
私自身は若干成長が早めらしく、同じ歳の同族と比べると体格もいいほう。
身長は姿見で見る限り百八十五センチほど。骨格は細いままだが、それなりに鍛えているので肩や胸には人族並みの筋肉がついている。
ただし、そもそも筋肉がつきにくく華奢なのが普通のエルフなので、ここまで鍛える同族はそうそういない。
おかげで同族からはわりとドン引かれる。
なお、私の体格を知る者からは、顔から下の違和感がひどいと何度か言われている。
耐刃繊維の黒いアンダーを着込み、同素材同色のズボンとミスリルで補強したショートブーツを履き、順番に装備を身に着けていく。
性能いいしかっこいいかなと思って買ったけどやたらとベルトが多いのがものすごくめんどくさい。
最後に白竜の革のコートを羽織って、同素材のグローブをつけ、腰に剣帯をつければいつも通りのお仕事モード準備完了だ。
「朝食食べに行こうか。食いっぱぐれるよ」
「そうですね」
部屋を出て階下に降りる途中でパーティメンバーのリィナに会った。
「おっはよリィナ」
「リィナさんおはよう」
リィナはハーフエルフの女の子だ。
歳はまだ24歳らしいけど人族の血も引いてるからか見た目は人族の13〜14歳くらい。人族的には若いというよりまだ幼いのかな。
淡い金髪に緑色の瞳、尖った耳、華奢な体型。
リィナはまるでファンタジー小説に出てきそうな、エルフって言ったらコレでしょう!?って外見をしている。
「おはよう、アルフレート、フェイ」
「リィナ、後ろの髪ちょっとハネてるよ」
「えっ、どこよ」
見当違いな場所をいじるリィナの後頭部を手櫛で整えてやる。
「アルフレートはいつもとちょっと髪型が違うのね。どうしたの?」
「んー。なんとなく?」
「うっス」
「おはよう」
食堂へたどり着くと、豹の獣人ライリーと人族のルドルフが先に席について待っていた。
ライリーはキャラメルブロンドに金眼、大柄な棍術・拳術使い。成人したばかりの十五歳で、身長は二メートルくらいありそう。ゴツい。
獣人は成長が早いので、いまだに年齢感覚がよくわからない。
ルドルフは紺色の髪と瞳の大剣使い。
私よりがっしりした体型で、少し身長が低い。このパーティのリーダーで二十三歳だ。
見た目的にはライリーとルドルフが年上で、他はまだまだ若輩に見える。
実際には私一人が平均年齢をグッと引き上げている状況よ。
気にしたら負けだろうか。まあいい。
朝食についてきたサラダをもっしゃもっしゃ食べながらリィナとルドルフの会話を聞く。
このパーティの方針を決めるのはだいたいこの2人。そもそもこのパーティの立ち上げ当初から居るのがこの2人で、私を含めた他は後から入れ替わったりで所属してるメンバー。
「火炎結晶の森でダンジョンが見つかったらしい」
「随分近いわね。その森ってここから馬車で半日くらいしか離れてないじゃない」
「当然未踏破のダンジョンだ。そこへ明後日から行かないか?」
えっ?ヤダよダンジョンなんて。
しかも未踏破だなんて何が居るかわかんないし危なそうじゃない。私は楽な仕事だけして生きていきたい。
そう思いながらキャベツとベーコンたっぷりのスープを頂く。
相変わらずここの食事は美味しい。
このために私はこの宿屋から移るのは嫌だとパーティ加入の際に言い張ったのだ。けっこうお高め料金設定だろうが美味しい食事と快適なお部屋は譲れない。
別に一緒の宿じゃなくてもいいでしょ、と思ってたんだけど、気づいたらいつのまにか全員この宿屋に移ってきてた。彼らにも快適に思えたんだろう。
「もう少し様子を見てからがいいんじゃないかしら」
「そんな悠長なことを言ってたら出遅れてしまうだろう?」
リィナは慎重派だな。いいぞもっと言え。
未踏破ダンジョンの危険性について二人が言い争っているあいだ、私は目の前のオムレツに集中していた。
バターの香りのするオムレツにハーブソルトを掛けて一口頬張る。
とろけるように美味しいけど醤油が掛けたい。朱里さんはケチャップではなく醤油派だったのだ。
「アルフレート、どう思う?」
なぜ私に振る。アレか。最年長だからなのか。
「…ムグ…せめてどれくらいのランクが適正なダンジョンなのか、判断できるようになってからにすべきだと私は思うよ」
安全確実なランクのダンジョン以外は正直行きたくないです。
「怖気づいているのか?」
そんな鼻で笑いながら言われても煽られたりしませんよ。
「うん。怖い。やだ。私は今は行きたくない」
「くッ……!アルフレート!どうしてお前はいつもそうなんだ!」
あらら。怒っちゃった。
でも危険なことは回避しないとね。
叱るのは年長者の役目でしょうし、しかたがない。
「ルドルフ。私はランクCパーティでも問題無いって確証が持てるまで行く気はないよ。ランクに合った仕事を選ぶべきだ。身の丈に合わないものを望むのは自分以外にも不利益を齎すものだよ」
ここはパンも美味しい。
前世好んで食べていた柔らかふっくらとはまた違うリーンなパンだけど、天然酵母のフルーティーな香りが素晴らしい。
スプーンで掬いきれないスープをパンで拭い、口に放り込む。ごちそうさまです。
「森から近い集落に被害が出てからでは遅いんだ…!」
ルドルフの言い分ももっともだし、間違ってないというのもわかるのだけどね…。
「……お前自身はBランクだろ」
「関係ないよ。個人ランクがどうだってパーティで行くなら全員の安全が確保されて然るべきだ」
ギルドの規定では、パーティランクは所属メンバーの平均戦力で見られる。
私とルドルフがBランク、リィナとライリーがC、フェイがDランクで、このパーティはCランクということになる。
運ばれてきた食後の紅茶を一口含む。
熱っつ!火傷した!
大慌てで魔法で冷やしてから口内粘膜を癒やす。
本当に魔法って便利だ。魔法がなかったら私の口内で大惨事が起きていたところだ。
一人静かに慌てていると魔力の動きを感知したのか、リィナとフェイがこちらを見ていた。
「…場所だけ確認してもいいだろうか?」
おっ?これは全然諦めてないな?
懲りずに手を変え品を変えいろいろ企む子供の相手を散々したことのある記憶を持つ私には解るんだからね。
でもここで制限しすぎると本当に意固地になってしまうかもしれないな。
「まぁ、場所だけなら。火炎結晶の森ならランクD相当だし」
「…朝食食べ終わったらギルドに行って火炎結晶の森で請けられる仕事でも探しましょう」
リィナにも解っているのだろう。
溜息を吐き、リィナはとりあえずの方針を示したのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~
目的地が森、というだけでテンションがダダ下がりな私です。
歩きにくいし迷いやすいし、そのうえ虫嫌いなんだよね。
食後、パーティ全員でギルドへ。
普段はルドルフとリィナが向かうときに、私が気が向けばついていく程度なので、全員で行くのは珍しい。
そもそもウチは四六時中一緒に動くパーティじゃない。
七日に一度くらい全員で仕事をして、それ以外の日は個人で依頼を請けようが、別の臨時パーティに混ざろうが自由、というかなり緩い集まりだ。
ルドルフとリィナが受付カウンターの順番待ちの列に並んでいる間に、依頼票を貼り出してあるボードにライリーとフェイを連れて向かう。
いつ来てもどれだけ消化されようとも減らない、代わり映えしない依頼票の数が不思議でならない。
「アルフレートはダンジョンには興味がないのか?」
じっと黙ったままだったライリーが、ぼそっと聞いてきた。宿でのやり取りに思うところでもあったのだろうか。
若いからいろいろなことに興味津々なのだろうな。
「ライリーは行きたいの?」
「…わからない」
「私は元々日帰り出来ない場所が苦手だからね。出来れば毎日ベッドで眠りたいよ」
冒険者としてそれはどうなのだと突っ込まれそうなことを言ってみるけど、本心だった。
やだよ、ろくな装備もないのに野宿とか。
朱里さんはキャンプするにもオートサイトで快適な車中泊しかしたくなかったほどなのだ。
「…ぼくのせいですよね」
どうやらフェイは落ち込んでいるようだ。
フェイが抜ければたしかにパーティはBランクに上がるだろう。
でもBランクパーティ向けの仕事は今よりずっと危険度も上がるはずだし拘束時間も長くなる場合もあるだろうから私にとっては出来れば避けたいものでしかない。
「私はフェイのおかげでダンジョンに行かずに済んだと思ってるけど?やだよトイレもシャワーもない生活なんて」
甘ったれたセリフに聞こえようが本心です。
しかたがないじゃない。
ダンジョンじゃ、「ちょっと雉撃ちに」なんて勝手に離れて用を足すなんて難しいし。
他メンバーのときだろうが自分だろうが気まずいじゃないか。
排泄音の聞こえる距離でなんてしたくないし他人の音を聞きたくないです。
「えっ?アルフさんトイレなんて行くの?」
フェイちゃん面白いこと言いますね。アイドルはトイレ行かない系の都市伝説の一種ですか。
「当然行くよ。私は植物か。光合成してるとでも思ってるのかな?」
「エルフはトイレ行かないと思ってました」
フェイだけじゃなくライリーと他の冒険者の皆さんも、何に驚いて何に同意してるの。
「何なの?まさかエルフに変な幻想抱いてるの?毎日食事してるんだからウ○コくらい出るよ」
「その顔でウ○コとか言うな」
「私個人に対しても幻想抱いてるの?」
同族だけの集落に住むことが殆どで他種族の多い街にわざわざ出て来て暮らすエルフが極端に少ないせいだろうか。
エルフに対する誤解と偏見が強いような気がするんだけど気の所為ですか?
ハーフエルフはたまに見かけるから、他種族と暮らすエルフもそこそこ居るはずなのだけど。
そして今回のは誤解の範疇を軽く超えていると思う。
「い、いや、そういうわけでは…」
「アルフレート。俺がこのパーティに入ってから二年、アルフレートがトイレに行ってるところを見たことがないぞ?」
ライリーが真顔で首を傾げた。
「あー…そういえばぼくもです。考えてみたら三年間見たことないです」
ぉおん!?フェイまで!?
うっぷす。自業自得!?
「あっ。…それは誰も私を気に留めないように気配遮断してから行ってるだけですよー」
だってなんとなく気恥ずかしいんだもの。
「む、無駄に超絶技巧な魔法のせいだった!?」
「エルフのシモの事情なんてどうでもいいでしょう。人族と変わりませんよそんなもん。いいから二人ともさっさと依頼票探すー!」
誰!?今ぼそっと「エルフのシモ事情のほうが気になる」とか言ったひと!
気にすんな!
…もう。
「こほんっ。劇的に減ってるね、火炎結晶の森関連の仕事」
変な方向へ向かいかけていたのが気まずく、無理やりだが話題を本筋へ戻す。
火炎結晶の森は近いせいもあり、常時かなりの数の依頼票が並んでいた筈だった。
まさかそれが皆無といっていいほどに減るとはさすがに思っていなかったよ。
「うわ、ホントですね。アルフさん、Eランクのボードのほうのも見当たらないですよ」
「アルフレート、CランクもBランクでも無くなってるぞ」
私の強引な方向転換に、年少組が付き合ってくれるのがありがたい。
しかし、アレだね。
もはやFランクの常時掲示の採取系しか残ってないわけよ。
みんな浮かれ過ぎじゃない?
このままだと多分十日後くらいから薬草や回復薬の高騰が始まりそう。あと日持ちする食料とかもね。
あーやだやだ。今のうちに回復薬の材料入手しておかなきゃ。
「こっちは駄目だね。ルドルフたちのとこへ戻ろう」
年少組を促してちょうどカウンタ前に居る二人のほうへ向かうことにする。
…何か揉めてるように見えて気が進まないんですが。
「ルドルフ!ダンジョンへ向かうのは適正ランクが判明してからということになったでしょう!?」
「この依頼を請ける冒険者がいなければいつまでも適正ランクすら判らず仕舞いなままじゃないか!」
「だからってウチが請けなきゃいけないものじゃないわ!」
うっぷす。
案の定、ダンジョン行きを諦めきれないルドルフの暴走らしい。
ギルド職員のキャサリンちゃんが言い合う二人の間で困った顔をしていた。
キャサリンちゃんは人気のギルド職員。
私のイチオシ娼婦ロザリンちゃんほどじゃないけどおっきなお胸がチャームポイント。
対応してもらってるときなど、ついついカウンター上に乗ってる胸を眺めてしまう。
いつもならこう長々と相手させたりしようものなら後ろに並んだ野郎どものブーイングをくらうこと必至なはずなのに、今日は皆ダンジョンに気をとられてるせいで何も起きやしない。
この街は比較的治安のいい地域だからか、高ランク冒険者はそれほど多くない。
実質的な最高位のAランクが三人ほど。
Bランクも私やルドルフを含めて十人程度しかいない。
なのでBランクが二人いるウチのパーティは、この街では三番手くらいらしい。
「ダンジョンは長期間放置できない。他のパーティが請けないなら俺達がやるしかないだろう」
「…ルドルフは絶対どうしても請けたいの?」
「俺達がやらなければアイツらが帰ってくるまでずっと放置されることになる。いつスタンピードが起こるか判らないんだぞ!?」
んんッ?ここで請けないと言ったほうが印象悪くなるような言い回し。私を言い包めようとしてるな?
ルドルフの言うことも、理屈としては間違っていないのだけど。
新しいダンジョンを放置すれば、魔物が溢れる危険があるからね。
ただ、それと私たちが今すぐ飛び込むべきかは、まったく別の話だと私は思うんだ。
「慎重と臆病は違うぞアルフレート」
「勇敢と無謀も違うけどねルドルフ。とにかく、私は自分の所属するパーティ全員が必ず戻れる仕事しかしない。私はその前提を変える気はないよ」
何とでも言うがいい。
私は冒険しない冒険者なのだ。
「とりあえず森に行く仕事は今のところなくなっちゃってたから今回はパーティでの仕事は無いってことでいいよね。みんなが森行っちゃって余ってる依頼、どれか請けとかない?」
キャサリンちゃんが嬉しそうに瞳をキラキラさせたのが目の端にちらりと映った。
そうだよね。依頼請けるヤツ激減で大変な筈だもんね。
もしルドルフがこのまま押し切るつもりなら、少なくともフェイとライリーは止める。経験の浅い二人まで危険に付き合わせる気はなかった。
さあ、リィナはどう出るかね。
「キャサリンちゃーん、私向けのオススメあるー?最悪ソロでもイケるやつー」
「はい。アルフレートさん向けのはですねー」
結局、私はフェイとライリーを連れ、オススメされた一角狼の討伐依頼を請けることにした。
戸惑うリィナと、こちらを睨み続けるルドルフを残し、三人でギルドをあとにした。
はじめまして。
よろしくおねがいします!
※大筋は変わりませんが読点や改行等、読みやすくなるよう手直しをしています。




