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覇王の遺児 ― 信忠天下記 ―  作者: ゆちゃ
第2章

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16/20

16.気配

朝の光は、まだ弱い。

京都の町並みは、完全には起きていない。

軒先に水が打たれ、冷えた空気が地面に貼りついている。

音は少ない。

だが、完全な静けさではない。

どこかで戸が軋み、どこかで人が息を吐く。

そのすべての中に、ひとつだけ異質なものが混じる。



歩幅は一定で、迷いがない。

その足音は、わずかに速い。

急いでいるわけではない。

だが、ためらいがない。


男は振り返らない。

ただ前を見る。


その男は細川藤孝。

表情は変わらない。

視線も動かない。

だが、内側は静かに動いている。


(早い)

一つの判断。

(もう一段、来る)

歩を止めない。

だが、わずかに呼吸を浅くする。

外に気取られない程度に。

角を曲がる。

視界が一度切れる。

その瞬間。

視線だけが動く。

背後。

誰もいない。

だが。

(いる)

確信ではない。

違和感。

だが、その質は重い。

藤孝は歩を緩めない。

むしろ、わずかに速める。

ほんの半歩。

それだけ。

その変化に、追う側が反応するか試す。

一拍、二拍。

背後の空気が、わずかに変わる。


(合わせたか)

藤孝の指が、袖の中で一度だけ動く。

だが振り返らない。

振り返れば、確定する。

確定すれば、相手も動く。

それを避ける。

そのまま進む。

寺の方向ではない。

逆だ。

(外す)

一度、完全に線を切る。

路地へ入る。

狭い。

視界が限られる。

足音が消える。

藤孝は止まらない。

だが、呼吸を一度だけ深くする。

その呼吸の変化。

それだけで、身体の重心が変わる。

角をもう一つ、曲がる。

その瞬間。

完全に気配が消える。


(消した)

追っていた側が、判断を誤った。

藤孝は、そのまま歩く。

何もなかったように。

だが。


(来ている)

今度は別。

視線を動かさないまま、周囲を測る。


(複数)

一つではない。

ここで、藤孝は初めて歩を緩める。

ほんのわずかに。

理由を作るため。


店先。

干された布。

それを一瞬だけ見る。

自然な動き。

だが、その間で測る。

誰が止まるか。

誰が通り過ぎるか。


一人。

通り過ぎる。

もう一人。

止まる。


(そちらか)

藤孝はそのまま歩く。

何もなかったように。

だが、内側ではすでに整理が終わっている。

そのまま、寺の方向へ進む。



同じ頃、寺の中。


明智光秀は動かない。

だが、意識は外にある。

(近い)

理由はない。

だが分かる。

足音ではない。

気配でもない。

流れが変わった。

その時。


戸の外、わずかな影。

止まる。


二度、叩く。

同じ間隔。

昨日と同じ。

だが。

(三度目がない)

光秀の指が止まる。

(違う)


「入れ」

戸が開く。

入ってきたのは、昨夜の男。

だが、わずかに違う。

深い呼吸。


(準備している)

光秀は見ている。

その奥。

もう一つの気配。

見えない。

だが、ある。



同じ刻、尾張。

清洲城


織田信忠は、何もない空間を見ている。

その視線の先には、何もない。

だが。

(重なった)

小さく、心の中で。

背後の丹羽長秀が、わずかに息を止める。

言葉はない。

だが伝わる。


信忠の指が、畳を一度だけ叩く。

トン。

それだけ。


だが戦が、一段進んだ。

ここ数日、体調を崩し気味で更新が遅くなってしまいすいません。

なるべく早く更新していけるようにがんばります!

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