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覇王の遺児 ― 信忠天下記 ―  作者: ゆちゃ
第2章

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14/15

14.交差

京の外れの寺は、夜の湿り気をそのまま抱えていた。


都の灯りは遠く、ここまでは届かない。

戸の隙間から入る風が、かすかに火を揺らす。

揺れるたびに、影が伸びる。

その影の前に座るのは


明智光秀。


視線は、入ってきた人物に向けられている。


戸を閉めた男は、音を立てないように一歩進み、そこで止まった。

距離を測っている。

不用意に近づかない。

光秀はその“止まり方”を見ている。

ただの使いではない。

そう判断するまで、時間はかからなかった。


「顔を上げよ」

短い。

男は一拍だけ間を置いてから、ゆっくりと顔を上げる。


灯りが揺れる。

その顔は、完全には照らされない。

だが、輪郭と目だけで十分だった。

光秀の視線が、わずかに細くなる。

驚きではない。

確認だ。


「……やはり、来たか」

その言葉は、確信に近い。

男は何も答えない。

ただ深く一礼する。

その所作が、やけに整っている。

戦場の者ではない。

だが、武家の礼だ。


「いつからだ」

光秀の声は低い。

責めてはいない。

測っている。


男はすぐには答えない。

わずかに視線を落とし、言葉を選ぶ。


「……山崎の後にございます」

嘘ではない。

だが、すべてでもない。

光秀はそれを理解している。


「誰の指図だ」

一歩踏み込む。

男の肩が、ほんのわずかに動く。

だが崩れない。


「……」

沈黙。

その沈黙の質を、光秀は見ている。

恐れている沈黙ではない。

守っている沈黙。


「二つか」

光秀が言う。

男の目が、ほんのわずかに動く。


「片方は、ここ」

光秀は自分を指さない。

だが意味は明確だった。


「もう一つは――」

そこで言葉をあえて止める。


男は、初めて視線を上げた。

その一瞬だけ、感情が浮かぶ。

消える。

だが遅かった。

光秀は見ている。


「……なるほど」

小さく呟く。

「面白い」

その言葉に、男は何も返さない。

返せない。


「名は、まだよい」

光秀はそう言って、視線を外す。

完全には信用していない。

だが、切り捨てもしない。


「伝えよ」

静かに。


「動くとな」

男は深く頭を下げる。

その角度が、少しだけ深い。

過剰とも言えるほどに。


戸が開き、閉じる。

音が消える。

再び、寺は静寂に戻る。

光秀はしばらく動かない。

やがて、ゆっくりと息を吐く。


「……信忠か」


織田信忠の名を出す。

否定も肯定もしない。

ただ可能性として置く。


「いや」

首をわずかに振る。

「秀吉か」


羽柴秀吉

それもまた、否定しきれない。


「……両方か」

結論ではない。

だが、最も現実に近い形。

光秀の口元が、わずかに歪む。



同じ夜。

京の屋敷。


村井貞勝は、先ほどの報を反芻していた。

座したまま、動かない。

だが思考だけが動いている。


「寺」

「人の出入り」


「名を伏せる」

さらに。

そこまで組み立てたところで、止まる。

違和感。

小さい。

だが消えない。


「……誰が、見ている」

ぽつりと漏れる。

情報は見つかったのではない。

見せられている。

その瞬間、貞勝の目が細くなる。


「釣りか」

言葉に出した時点で、半分は確信だった。


だが、誰が、何のために。

そこまでは、まだ届かない。



尾張、清洲城。


信忠は、灯りの前に座していた。

何もしていないように見える。

だが、その指先が一度だけ動く。


「掛かったか」

小さく。

誰にも聞かせない声。


背後の丹羽長秀が、わずかに目を伏せる。

「まだ」

短い応答。

信忠は頷かない。

ただ言う。


「よい」

一拍。

「動かせ」


長秀の呼吸が、ほんのわずかに変わる。

意味は分かっている。

もう一段、深く罠を張る



その同時刻、街道。


馬上の羽柴秀吉は、夜気の中で目を細めていた。

隣の黒田官兵衛が、静かに言う。


「糸が見え始めましたな」

秀吉は笑わない。

「見えておるのは、糸の影よ」

「引きまするか」

「まだだ」

即答。


「もう一つ絡ませる」

その言葉の意味。

信忠の網に、さらに絡める



再び寺。


光秀は、火を見ている。

何も動かない。

だが、その目だけが、遠くを見ている。

「……来い」

誰にともなく。

だが確実に。


見えない糸が、三方から引かれ始めていた。

だがまだ、誰もそれを完全には掴んでいない。


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