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はじめての手紙


 リアムは棺に耳をあて、なかの様子を伺ってみる。頬と耳に棺の冷たい感触があたり鼓動が余計に速くなった。


 暫くそのまま様子を伺ったが棺の内からはなんの反応もない。幸いシリシアンは深い眠りについているようだ。


 リアムは棺の蓋をそっとずらして半分開いた状態でそのなかを覗いてみる。 


 シリシアンはぐっすりと眠っていた。


 整った顔に蒼白の肌は、着ている黒いガウンとの対比もあってか、起きているときよりも尚いっそう白く輝いて見える。


 クマのぬいぐるみのやわらかな腹の上に、組んだ両手を行儀よく置いて身動きひとつしない。


 リアムはシリシアンの頭のそばに膝をつき、しばらくその顔を見下ろし眺めていた。


 胸から喉をふさいでいたあのつかえがこみ上げてくる。奥歯を噛み締めるから耳の付け根が強ばり痛む。痛みを堪えていると自然と涙がたまった。


 それはすぐに溢れた。


 なにか、を含んだ滴がポタポタと落ちる。


 リアムは頬を伝うそれを袖の端で拭う。



 シリシアンは自分の存在を心から望んでくれた、この世界で、唯一、ただひとりの人。



 なぜ生まれたのか理由があるのかないのか、そんなことはリアムにはわからない。

 どうせいつか死にゆく労働力でしかない自分が、今、生まれて初めて、その存在を認められ喜ばれたように感じられた。


 それがとても嬉しかった。


 リアムはグシャグシャに顔を歪ませ泣くが、こみあげてくる嗚咽を必死に抑えるため口に手をあてる。


 何度か息を吸い込み、深く吐く。それで少し落ち着きを取り戻そうとした。


 シリシアンの額の髪を横にそっとよけ、あらわになったその緩やかな丘を見つめ、自分の顔を近づけるが、寸前で思いとどまりやめる。


「この方から死が遠ざかりますように。強く強く願います。お願いします。どうか、魔女のよくわかんねぇ魔法がとけますように」


 リアムはぬいぐるみを抱いたシリシアンの手の甲に唇をそっとつけ、心の底から真剣に願った。


 もしかしたら、この役目は自分じゃなくて、例えば母親のルルベラの方が順当かもしれない。

 訳を話せばすぐに飛んで来て、キスをしまくるだろう。


 だけど、自分だって……

 シリシアンのことを想っている、それを伝えたかった。


 リアムは棺の蓋を静かにもとに戻して、鎖をしっかり巻いて鍵をかけた。



 それからリアムはシリシアンの部屋へ戻ると、すぐに書棚へと向かった。


 『文字を学ぶ本』と背表紙にかかれたそれを見つけると、絨毯の上にドンと置き開いた。


 それからシリシアンのクローゼットへ行き、棚の引き出しから、黒いシルクのポケットチーフを一枚取り出した。


 次に向かったのは、その並びの一番端の棚だ。   

 その最下の引き出しから裁縫ケースを一緒に持ってくる。


 この端の棚は、シリシアンがリアムの私物を入れられるように用意した場所である。

 おもに手仕事用の生地や編みかけのレース、裁縫道具や糸やらボタンやら、そんなものが仕舞いこんであった。


 クローゼットの番人であるウソラは、シリシアンが提案したときには、勿論良い顔をしなかった。が、主の決めたことなら致し方がないと諦め、棚の中身を他所へ移すと渋々そこを明け渡したのだった。



 リアムは絨毯に胡座をかき、ポケットチーフに木枠を嵌めた。針に金色の刺繍糸を通して、文字の並んだページを凝視する。


 本の手本と同じかたちになるように、指先で文字を描いた。それは黒い布の上に白々と輝き言葉になった。リアムは少しずつためた妖力でそんな小さな魔法も使えるようになっていた。


 その光る文字をガイドにして、ひと針ひと針を金色の糸で刺していく。黄金色はその輝きできっとあらゆる邪悪をはね除けるだろう。実際に効果があるかはわからない、けれどリアムはそう信じていた。慎重に、間違わないように、しかし出来るだけ早く刺繍を仕上げた。


 最後の一針を刺し終え木枠を外すと輝く下文字は消え金色の刺繍だけが残った。綺麗にアイロンをかけ仕上げたそれを持って、リアムは再びシリシアンの寝室へ飛んでいった。


 また先程と同じく慎重に棺をあけ、寝ているシリシアを確認する。リアムはシリシアンのガウンの胸ポケットに黒いチーフをたたんで入れこんだ。


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