君のための祈り
「大昔の魔女が、なんかの拍子でかけちまった呪文だよ。どうしてそんなものをかけたのか、今じゃ誰も知りはしないけどね」
「!!」
リアムは言葉を失った。
ウソラはふざけているようでも、嘘を言っているような風情でもない、それはすぐにわかった。
そもそも、ウソラにはユーモアのかけらなどひとつもないから冗談は通じない。
正真正銘、本当にあるのか、そんな呪いが。
だとすれば、肝心なところを訊ねなければ。
「……その呪文を解くには、その……あれ、あれしかないっていうのも本当か? そのさ、き、キ、キ……」
リアムはキスと言うのがなんだか恥ずかしく、キ、だけを連呼するから、それは動物の鳴き真似のようにも聞こえた。
「なんだって?」
リアムの奇妙な発声にウソラが聞き返す。
「ええと、だから……あ、そうだ。呪いをその解くにはどうしたらいいのさ」
うまくキスという単語を発せずに逃げきったリアムだった。
「存在を強く望む者の誓いだよ」
「え? それはどういうこと?」
「月虹を見た者は、この世に存在して欲しいと誰かから想われていること。それがひとりでもいれば死を逃れられる」
想われている?!
そんなの無茶苦茶だな。
「誓いって、具体的になにかしなきゃ駄目なのか?」
「想いのこもったキスだ」
「想いのこもった……」
キスか、やっぱり、それなんだ。
リアムは指先に残るシリシアンの唇のあたたかくやわらかな感触を思い出す。
「そうだよ、だからお前の呪いは解けずにもうすぐ死ぬんだよ。だって、お前なんかを必要として、キスするやつなんて、この城にいるかい? いやこの王国にだっていやしないよね? ハハハ、やれ、これはせいせいする」
初めのうちはクスクスと控えめに嘲笑していたウソラだったが、そのうちゲラゲラと大口を開けて笑いだした。
リアムはそんなウソラを置いて、ぼんやりとした様子で歩きだす。
ウソラは心底嬉しそうに笑い、リアムの背中を見送った。
リアムは地下へ続く階段へと向かう。
胸の中心に、なにか大きな塊が詰まって苦しい。
食べ過ぎたときの胸やけにも似ているけど、だけどそれとはまったく全然違う。
いったいこの苦しさはなんだろう。
言葉に出来ない、形容もしがたい、自分ではどうすることも出来ないようなもの。
それはリアムの胸の内でどんどん大きくなって、更に圧迫し、喉を締め付けてくる。
リアムはそのつかえを取ろうと自分の胸を数回叩いた。
もちろん、空気がたまっているわけではないから、そんなふうにしたって楽にはならなかった。
胸を叩いていたその右手を今度は壁に当てる。ひんやりと冷たい石のデコボコを撫でながら螺旋階段を一段また一段と、ゆっくり下りていく。
始めはそんなふうにゆっくりだった。けれどそのうちそんな足取りが早くなる。
早まった足はやがて地を蹴るのさえもどかしくなり、階段から離れて浮きあがった。
リアムは素早く翅を動かして宙を行く。
空気を切る音は螺旋階段をくだり風を残した。
壁から突き出た燭台の炎を次々と揺らし、リアムはこの城でもっとも深いその場所を目指し飛んでいく。
そしてシリシアンの寝室の鉄扉までやってきた。
鍵の束から扉の鍵を選び鍵穴へ入れるが、その手が震えてうまく入らない。
「あー、もう!!」
ようやく扉が開くと、リアムは物凄い速さで寝室に飛びこんだ。
すぐに棺の鎖を外す作業に取りかかる。
しかしこれは静かに、シリシアンを起こさないように、音をたてず、そっと慎重にやらなければならない。
が、気を付けていたにもかかわらず、ほどいた重い鎖を石床に落としてしまい、これがガシャガシャガシャと連続する大きな音となる。
「!!」
リアムは鎖を抱き、その姿勢のまま留まり息を飲んだ。




