魔法使いの森
文字か、確かにこれが読めたら世界はずっと広がるような気がする、とリアムは思った。
工場で働いていたときは、文字を読む必要もなく、数字と少しの計算と口頭の説明だけで充分だった。
型紙を作るのは他の妖精だったし、裁断も別で、リアムは目の前に置かれた布をミシンでただ縫えば良かった。
文字の書いてある何かを読まなければならない、という場面も必要もなかった。
コクリと頷くリアムを見て、シリシアンは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、識字の魔法をくれる部署へ行こう」
「え、なんですか? どこですか?」
リアムはまたもや、シリシアンに手を引かれ部屋から出る。
階段を1階ぶん下り、青い絨毯の敷かれた廊下を歩いていく。
廊下の突き当たりには白い扉があった。
白い扉から木の枝が突き出している。湾曲した枝には黒い蛇が巻きついていて、2人をじっと見る。
枝には『総務庶務部魔法課』という表札板がぶら下がっていたが、リアムはそれを読むことが出来ないから、蛇を警戒しソワソワする。
「噛みつくか? 毒を吐くか?」
リアムがそんなことを考え構えていると、扉は静かに内側へと開く。
「え」
扉のなかは森だった。
足元には柔らかな草が生え、新緑で縁取られた木々がざわざわと音をたて揺れている。
瑞々しくあおい香りを含んだ微風が廊下へ流れ出て2人の髪を揺らした。
「!」
え、なんで、も、森が?!
リアムは目をこらし果てしなく広がっている木々のさらに奥を見ようとした。
シリシアンはリアムの手を引き森へ入る。
歩くたび踏まれた草から、甘く爽やかな香りが立ち上る。
そのうち林檎の木に囲まれた黒い三角屋根の白壁の家が見えた。
「魔女ホウネルの家だよ」
「魔女の家?」
「ここまで通うのが面倒だって言ってね、家とこことを繋いでしまったんだ」
「おやおや、珍しいこと。何百年かぶりに、我が家にヴァンパイアの子がきなさった」
言葉遣いは老婆のように古くさいが見た目はうら若い人間の姿である。
黒いブラウスの襟元には大きな黒いリボン、黒いスカートの裾は長く地面をなでている。
黒髪は腰まであり艶やかだ。
黒づくめファッションか。シリシアンと同じセンスだな、とリアムは思った。
「今宵も良い月夜で」
「私の森は完璧。良い月夜以外はありえないだろうね」
魔女ホウネルはそう答えると、ふふんと鼻で笑い暫くシリシアンを眺めた。
「おまえを見ていると、人間だった頃を思い出すね」
にこり、とシリシアンが微笑むと、ホウネルは口の端で笑った。
「苦々しい、最悪の時代だよ」
「……すみません」
笑顔を引っ込めたシリシアンが本当にすまなさそうに目を伏せ謝った。
それを見たリアムは少し苛立つ。
おまえがなんであやまんだよ。
「おやおや、仲が良いんだねぇ」
ホウネルが魔法の杖で、繋がれたままのふたりの手を指した。
リアムは、シリシアンの手をパッと離し足元の草に目を落とす。
シリシアンはそんなリアムの態度に傷ついたようで、一瞬悲しげな顔をする。
「……ここらじゃ見ない顔だ。格好だけは立派だが、翅はみすぼらしくて、それに頭のなかは空っぽだ」
わざわざ言われなくても、言わなくても、とリアムは奥歯をギシギシと噛む。
「リアムに識字の魔法をかけて欲しいんです」
「ほう、おまえ、賢くなりたいかい?」
「……」
リアムは上目使いでホウネルを見て、シリシアンを見た。
「リアムは、ただ、本を読みたいだけです」
「何故? こんなちっぽけで浅はかな小賢しい妖精に、わざわざ知を与えるというのかい? 」
……(*`Д')/うっせえ、よ!




