心は自由
「リアム、一寸こちらへ」
ウソラは険しい顔でリアムを呼びつけた。
リアムはコツンコツンというウソラの足音に付いて部屋の外へ出た。
「何故、他人の仕事へ口を出すんだっ!!」
ウソラの前肢がリアムの胸を二度蹴った。
右前脚の蹴りでよろけ、次の二脚めでリアムは耐えきれず吹っ飛んだ。
背中から床に落ちたリアムは暗く黒い天井を仰ぎ見る。廊下の壁に灯った小さな蝋燭の灯りでチラチラと黒い影が動いている。
その視界に白いウソラの顔が入った。
黒曜石のように艶々と輝くウソラの両眼は、その石の持つ特徴のように鋭く尖り刺すようにリアムを見ている。
起き上がろうと持ち上げたリアムの上体が、ウソラの前肢にピタリと押さえ込まれた。
胸を圧され息が出来ず、リアムは苦しく喘ぎながら宙を仰ぐ。
「お前、シリシアン様に好かれているからって、あまり調子に乗るんじゃないよ」
さらに強い圧が胸にかかった。
リアムはウソラの脚を退かそうと掴んでもがくが、とても敵わない。
「私はシリシアン様にお仕えしてもう何十年も経つんだ。金と地位に目を眩ませて去っていった他の使用人達とはワケが違うんだからね。いいかい、永らく続く物事にはそれなりにちゃんと理由ってものがあるんだよ。何も知らない奴がしゃしゃって余計な口を挟むんじゃない、今度こんな真似をしたらちゃんと肺を踏み潰すからね」
息が出来ず朦朧とする意識の中でひとつだけ耳に残った言葉があった。
「わかったかい?」
リアムは返事の代わりに頷いた。
「本当は、お前みたいな賤しくてみっともない妖精がこの城に要られるわけがないんだ」
ウソラの脚がどいて、リアムは息を吹き返す。
ウソラの足音が遠ざかり扉の閉まる音がした。
リアムは浅い呼吸を繰り返し、闇に覆われた天井を眺めている。
「シリシアン様に好かれているからって」
ウソラの放った言葉の中で今、それだけがリアムの頭の中を占拠している。
好かれている?
嘘でしょ??
シリシアンは命(牙)の恩人だから、という理由だけで自分を側に置いているんじゃないのかな?
自分はただ、あの泥水に浸かるような暮らしから抜け出したかっただけだ。
その為にシリシアンを利用した。
ウソラの言うとおり、賤しくて醜い妖精に違いない。
そんな自分が、好かれているはずないじゃないか。
そう、この暮らしが快適過ぎて、確かに調子にのっていたのかも。
これからはでしゃばった事を言うのもするのもやめよう。
また、あの底辺の暮らしに戻るくらいならあの四足野郎の機嫌を取ることなんて容易いことじゃないか。
ここにいれば、雨風を凌げるし空腹に苦しむこともない。
それだけだ。
いや、それ以外他に何があるっていうんだ??
だいたいウソラはどうして、条件の良い他の職場に移らなかったんだ。
もし自分だったら考える間もなく、すぐに行くだろう。
だって、妖力を高めて長く生きて、いろんな場所に行って、広い世界のたくさんの綺麗なものを見てみたいじゃないか。
それで……いつか労働から解放されて、綺麗な物の絵を書いて留めて、誰かにそれを伝えたいな。
リアムはそこでまた自分の中に芽生えた不思議な感情に気づく。
誰かって、誰?
どうして伝えたいの?
チラチラと炎が揺れる度、壁に張り付く黒い影もまた状態を変え常にうごめくのだった。
*(ФωФ) {四足ツノ野郎め覚えていやがれ]




