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アシャが透明な筒のようなものの中で全裸で眠っている。その隣には、『運命』としか見えないもの、太古生物のようなもの、そうしてどう見ても『人』にしか見えないものまで眠っている。筒が開くと、アシャ以外は宙道を通じて、世界のあらゆる場所に放たれていく。運が良ければ誰かに拾われ、時に殺され時に育てられて生き延びていく。
「世界はとても不安定で、ラズーンなしには保てなかった」
アシャは筒から出されてすぐに、その体に宿った致命的な破壊力を確認される。研究がなされ検討がなされ、外に出すには危険すぎ、内に囲うには不安すぎると結論される。幼いアシャの昏い瞳を見ればわかる、少年は殺すにも力があり過ぎたのだ。『太皇』の監視下で、アシャは身柄を拘束されていたが、自身の在り方、世界の仕組みに絶望し、ある日ラズーンを離れてゆく。
「『人』がこの世界で生き延びるためには、『運命』の手の及ばぬ『氷の双宮』に退避し籠城するか、アシャが『人』を守ると決めるか、どちらかが必要だった」
『太皇』が淡々と説明する。
「だが、守るべき『人』は多過ぎて選別できず、アシャは『人』を救うことを望まなかった」
そうだろう。
情報量の多さに呆然としながらセシ公は思う。
今ならわかる。
あれだけの才能、美貌、地位を保ちながら、アシャが何一つ執着しなかったのは、この世界も自身も、全ては作り上げられた細工物だと知っていたからだ。見知らぬ技術によって作り出され、望まれて生まれたわけでもなく、愛しまれて育てられたわけでもない。
ただその力を暴発することがないように、十重二十重に見えない囲いで取り囲まれ、望んでもいないもののために羨望や嫉妬、憎しみを身に受ける命に意味はない、と冷え切っていたのだ。
「世界の覇を望む『運命』と太古生物に蹂躙され、『人』は消えていくのかも知れないと考えていた」
それもまた、世界が望むなら致し方あるまい。
「それが『星』の意志だった」
セシ公は水晶球の中で『枯れた泉』と呼んだ男のことを思い出した。
あれが何者なのか、どこから来たのかは知らないが、世界に属している気配ではなく、まるで箱庭のように焼け尽くされた地上を見ていた。あの男が『星』ならば、必ずしも『人』が生き残らなくてはならないと考えていなかったのかも知れない。
「『人』はもう、生き延びることができなかったのだよ」
『太皇』は優しく諭すように続けた。
そうだ、本当ならば、絶対的な力の下に、『人』は滅びていくはずだった。
「だが」
老人が手を振り上げ、降ろした水晶球を元の棚に戻していきながら、
「ユーノ・セレディスが全てを変えた」
「…え?」
目の前で示された、あまりにも多重で広大な世界の光景に圧倒されていた気持ちが、あまりにも身近な少女の名前に反応できず、セシ公は瞬きした。
「ユーノ?」
確かに彼女は色々な場面で活躍し、勝利の立役者にふさわしい。が、今聞いた世界の興亡に、世界の外れの小国、セレドの第二皇女に何ができたと?
「ユーノはアシャを『人』として扱った」
「…」
「アシャはユーノを愛した」
「あ…あ」
「だから、アシャは、ユーノを守ろうとし、ユーノが生きる世界を保とうとし、ユーノの意思に従おうとした」
様々なものがいきなり視界から剥がれ落ちた気がした。
「そう、か」
「そうだ」
『太皇』は棚に納めてしまった水晶球をまだ見上げている。同じように見上げながら、セシ公の脳裏にも『太皇』が思い出している光景が映し出されるような気がした。
雪の中、切り飛ばされた体を案じて包んでやる姿。傷つけられている舞台上の青年を助けようと駆け寄る少女。愛しい相手の姿を見つけて溢れ落ちる涙。焼け尽くされた地面に立って未来を思う気持ち。
あなたが、愛しい。
どうか、そのまま、生きていて。
それがユーノがアシャに伝え続けた願いだった。
それが、世界を救った祈りだった。
『太皇』が静かに視線を下ろし、セシ公を凝視する。
「アシャが『人』のために力を使うと決めた時、『人』の存続は定まったのだ」
ふいにどっと凄まじい量の汗が全身に流れた。
「どうした?」
「『人』が勝利した、として…」
セシ公は胸に広がる不安を堪える。
「今後、誰がラズーンを治める……?」
アシャではない、ユーノでは無理だ。かと言って。
視線を上げると、目の間の老人は、もう消えかけてでもいるように微笑んだ。
「私ではない」
「ならば」
「引き継ぎは済んだ」
「っ」
今度は一気に身体中が冷える。鳥肌が立つほどの寒気だ。
「不可能だ…っ」
「情報の対価は支払うべきではないのか?」
『太皇』は目を細める。
「仕組みも何も分かっていない、ここの管理だって」
「大丈夫だ。『氷の双宮』から民が出ていけば、この場所も全て閉ざされる」
私とともに。
「…『太皇』…そんな」
「幼い顔をするな。これらの仕掛けは夢物語だと思えばいい。よくある伝説の一つが加わるだけのこと。残されるのは、現実の国の運営だ……戦後処理と言うやつじゃよ」
よろめくように立ち上がってしまったセシ公を伴い、来た道を逆に導きながら、『太皇』は微笑みを深める。
「ラズーン四大公、セシ公の力量は十分に知っている。これでも安心しているのじゃ」
この世界を、頼んだぞ。
「…っ」
先行く背中から響く声に、セシ公は強く唇を噛んだ。




