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促されてセシ公は先ほどの水晶球と入れ替わりに、目の前の台に置かれた水晶球を覗き込む。今度は『太皇』自らが水晶球に触れながら、何かの表題を読み上げるように呟いた。
「青い雨の時代」
堅牢そうな建物が並んでいた。路地も地道ではなく石造りだ。雪が降っている。ラズーンでは滅多に降らないが、知識としては知っている。奇妙な形のシャツとズボンの男が倒れている。手足が千切れているが、倒れている男の表情は静かだ。血も流れていない。慌てたように駆け寄る男が男の体を包み込む。
どうなるのかと思った時に、『太皇』が次の水晶球に入れ替えた。
「緑の海の時代」
真っ暗な夜空に1人の人間が浮かんでいる。海ではないようだし、空中に浮かんでいるようにしか見えない。もう一つ、キラキラ金色に光る小さな鳥のようなものが浮かんでいる。浮かんでる人間は身動きしていないが、金色の鳥は少しずつ闇を渡る。鳥を追うように必死に腕を動かすもう一人の姿がある。
「黒い蝶の時代」
闇の中、大きな黒い旗が炎に照らされつつゆっくりと回っている。何かの踊りか儀式なのか。音楽はない。旗に挟まれた通路を、黒い箱のようなものが、担ぎ手もいないようなのに動いていく。箱には男が乗っている。周囲に手を振り進んでいく。
「紅い鎖の時代」
大勢の人間が集まっている。舞台のような場所に、1人の青年がロープで括り付けられている。周囲の人間が彼を傷つけ、絶望と怨嗟の悲鳴が上がるが、周囲の人間は熱狂的な歓声を送る。幾本もの剣が刺さった体、右腕がちぎれそうにぶらぶら揺れる。人混みの中から少女が一人、駆け寄ろうとしている。
「白い花の時代」
打って変わって穏やかな日差し、少し見覚えのあるような街並みに見える。騎士なのか、整列して並んで剣を掲げている。道に白い花びらが撒かれている。花嫁だろうか、白装束の女性がまっすぐに立ち、道の彼方を眺めている。
「銀の月の時代」
白髪の少年と黒髪の青年が夜道を歩いている。少年はどこかふらふらとしており、足元が頼りない。青年が見かねたように背中に少年を背負う。鮮やかな月光、微笑みながら青年が何かを少年に話しかけている。
「薄紅の樹の時代」
炎に照らされた舞台の上で、白い衣装を着た2人の女性が舞っている。だがよく見ると、片方の女性はひどく美しい男性のようだ。男性は周囲の観客を見渡し、誰かを探している。1人の女性と目が合った瞬間、男性の頬を涙が伝い、炎の明かりに煌めいて流れる。
「水色の波の時代」
湖に刺さっているような奇妙な建造物から、太古生物のようなものが滑り出してくる。周囲を探り、やがてぬるぬると盛り上がって1人の少年の姿になる。不安げに辺りを見回しながら、少年は急いでその場を離れていく。
「紫の雷の時代」
あちらこちらの場所で人が襲い合い殺し合っている。空からも激しい光の矢のようなものが降り注いで、争い合う人々を焼いていくのが見えた。焼け野原になった地上を青年が1人彷徨い歩いている。やがて立ち止まって、小さく笑い呟くのが聞こえる。「そうだ、ここを『枯れた泉』と呼ぼう……ここからもう一度、始めるんだ」
『太皇』の声と共に現れた光景は、見知らぬものがほとんどだった。見たことのない衣装、街並み、女性はドレスを着ておらず、男性は剣を帯びていない。貧民層にも思えず、整った身なりなのに飾り物一つないものも居る。見覚えのある山も森もなく、川も湖も見当たらない。何をしているのか、何が起こっているのか、想像がつかず、理解ができない。
ただただ不思議な絵巻きものを差し出された幼い子どものように、セシ公は水晶球の中を眺め続けた。水晶球が入れ替わるたびに、周囲の壁を見上げ、それら幾百幾千、いや幾万とも知れぬ水晶球の中に、自分の全く知らぬ世界が、カートの居た景色と同様に記録されて残されている。
ハテノトショカン。
記録の保管庫。最果ての書庫。
「これら全て……起こった出来事の記録なのか…」
これほど多くの世界が、どこかにあると言うのか。
「……あまり遠くの世界ばかりでもつまらぬか」
『太皇』が静かに呟いた。
「では、これなら見覚えがあろう……金の草原の時代」
「…っ」
降りて来た水晶球の中、突然懐かしい笑顔が広がって、セシ公は胸が詰まった。
幼い笑顔、けれど誇らしげな表情はリヒャルティだ。幼い。まだ4つか5つ。子どもの剣では納得せず、バルカやギャティと共に一緒に訓練に加わりたがった。そこから先、次々流れ出す光景は、セシ公がよく知っている景色、セシ公しか知らないと思っていた場面もある。『太皇』の前に揃った四大公、太古生物の復活、『運命』の台頭、各地で起こり始めた不穏と動揺の情報、視察官が放たれ、世界より『銀の王族』が招集され、『羽根』の装備や訓練が強化され、アシャが行方不明になり……やがて、セレドから1人の姫がアシャを伴い現れる。
「これ…は…」
続く光景にセシ公は血の気が引くのを感じた。




