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ラズーン 7  作者: segakiyui
6.ハテノトショカン

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2120000ヒット、ありがとうございました!

 奥へ奥へと吸い込まれる。

 『太皇スーグ』の白い後ろ姿だけを目印に、よろめく足で『氷の双宮』を歩み続けて、どれほどの時間が経ったのだろう。それともほとんど時間など経ってはいないのか。

 幾度か奇妙な扉を潜った。目の前を塞ぐ石壁のようなものが、歩みにつれて左右に、あるいは上下に分かれ、通った後に音もなく静かに閉じる。1枚潜るたびに、この世ではない別の世界に入り込むような気がして、好奇心は萎え、疲労感が這い上る。時に入り込んだ場所が大きく揺れ、胃袋が競り上がるような不快感に吐き気を催し、けれど吐くには至らず、また次の扉を潜った。

 『太皇スーグ』がようやく立ち止まったのは、ひどく高い天井と数十人の兵が整列できるような広間、中央に滑らかな台のようなものが競り上がっており、その上にパディスで見たような水晶球が載せられている前だった。

「こちらへ」

 呼ばれてのろのろと近づく。だらりと垂らしたセシ公の手の片方を、『太皇スーグ』が静かに掴むのも抵抗できないほど、強い疲労感だった。

 その手がそっと水晶球に触れさせられる、次の瞬間。

『はあっははははあっっ!』

「っっっ!」

 聞き覚えのある声が高笑いし、水晶球がヴン、と妙な唸りと共に明滅して、危うく咄嗟に手を払うところだった。

「…テ…ッツェ…」

 逃さぬように押し付けられた手の中、丸く透明な空間にいつかのように雨が降りしきっている。乱戦だ。泥を跳ね、血飛沫が雨と共に飛び散り、煌めく剣が汚れながらあちらこちらで叩きつけられている。

「何だ…これは…」

 あの水晶球は砕け散った。カートとテッツェの最後を見届けたはずだった。

「生きてる…? 生きている? 生きているのか!」

 叫びながら思わず水晶球に縋り付く。

「テッツエ! カートを守れ、そこでは遠い、カートは…っ」

 画面が動き、両目を見開き笑い続けながら泥まみれになって敵を屠るテッツェが、その背後に庇っている姿を映し出す。

 無数に突き立つ矢、振り下ろされる剣先に身動きもせず、何かを抱え込む背中。

「何をしている! 剣を取れ! まだ間に合う! そんな女など価値はない、カート、カートっ!!」

 セシ公の叫びは届かない。水晶球の中で、ジーフォ公は切り刻まれ、テッツェは仁王立ちになって攻撃を受け止めつつ、周囲で次々と『鉄羽根』が殺されていく。

「カート、頼む! 立ってくれ、戦ってくれ、戦えカート! 戦はお前の得意だっただろう……っっ」

 叫びながら、セシ公は気づいている。

 これは『既に』終わった出来事だ。

 ジーフォ公は南門前でアリオを守ろうとして戦死し、テッツェもそれに倣った。

「戦え……っ……カート……っ……なぜ……戦って…くれなかった……っ」

 2人が剣に刻まれ矢に貫かれて、次第に物言わぬ骸になっていくのを、セシ公は溢れ出す涙の向こうで最後まで見届けた。すぐ側に立つ『太皇スーグ』は無言のまま、戦いが終わり、戦場に立ち上がるものがいなくなるまで待ち続けた。

「カート……」

 水晶球は冷たく、すがりついた掌も体も凍りついてしまいそうな気がした。頭だけが加熱し、今にも途切れそうなほど必死に紡ぐ呼吸で、かろうじて意識が保てている。静まり返った空間で、セシ公の呼吸音だけが響き続けて………ふいに冷水を注がれた気がして振り仰ぐ。

「なぜ…」

 問いを待つように『太皇スーグ』は微笑む。

「なぜ、『あれ』とは違うのです……?」

 震える声でセシ公は尋ねた。

「なぜ……起こってしまった出来事が……見えるのですか。…なぜ、パディスの水晶球とは…違うものが見えるのですか」

 尋ねながら、体が勝手にがたがたと震え出すのが止められない。

「これは…何ですか」

「記録媒体じゃよ」

「キロク、バイタイ…」

 『太皇スーグ』は震えるセシ公の体をそっと支えた。いつ現れたのか、すぐ側に滑らかな椅子のようなものがあり、『太皇スーグ』の手を借りて、そこに座る。冷たく固いものかと思ったが、僅かに温かみがあり、無意識に息を吐いた。

「幾種類もあり、色々な場所にある……起こった出来事を、そのまま写しとる仕組みじゃ」

 同じような椅子に腰を掛けた『太皇スーグ』が、そっと指を天井に向けて差し上げた。濡れた頬を擦りながら見上げ、セシ公は息を呑む。入った時は気づかなかったが、壁一面に同じような水晶球が並べられ、天井に辿り着くほどひしめき合い、しかもよく見ると、並べられた棚のようなものが何層にも重なっている。

「これが…全部…」

 呟いて、すとんと腑に落ちた。もう一度、どこからか放たれている明かりに淡い光を反射させている水晶球を見渡す。手元にあるものより随分小さく見えるのは、遙かな高さにあるからだろうか。幾重にも取り巻く光の球が、世界のあちらこちらに置かれていたとしたら、『太皇スーグ』は視察官オペを使うまでもなく、世界の情勢を掴んでいただろう。

「なぜ…」

 この部屋に入って疑問しか口に出せない。セシ公は苦笑いしながら、問いを重ねる。

「これだけのものがあって、なお視察官オペを必要とされたのですか」

「情報を集めるだけではなく、『集めている事実』と『集めている仕組み』が必要だったのじゃよ」

視察官オペを選び、派遣し、世界を巡らせること自体で……何かを抑止していたと?」

「それもあろう」

 ただ、ここにあるのは。

 『太皇スーグ』が天井近くへ向けて指先を振った。壁から数個、水晶球が外されてカロカロと微かな音を立てながら、空中に道があるかのようにゆっくりと降りてくる。

「今ここにある世界だけではない」

 見てみるが良い。

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