3年後ー準備
翌日から、彼が用意したチェックリストを消化していく、式の進行から、料理など、多岐にわたる、乙女チックな専門用語についていけず、適当にチェックしてみくちゃんに怒られる。そして、みくちゃんチェックよりも恐ろしいのは、ママーズの料理教室だ。
3年前から、運転と英会話ぐらいしか上達していないため、料理スキルはゼロに近い。しかも、彼の母親は料理教室の講師もできそうなほど、実の母親も舌を巻くレベル。こんな料理を食べていた人に、私の料理を食べてもらえるのだろうかと不安になる、そして、その美味しい料理もほんの少ししか食べれない。
食べれない原因は、ウエストだ。花嫁なら数か月前から準備するようだが、モデルの私には不要と思ったのか彼は考慮には入れていない。本当の事を言えば、ここ半年モデルのお仕事はお休みしている、会社のマスコットとしての役目も終わると油断して、申告しているウエストにもどらない為だ。しかも、私はお仕事で着た、特注ドレスが着たい! などとわがままを言ったせいで、みんな混乱している。
届いたドレスは、想像よりもかなり細く、見ただけで無理だとわかる。6月お約束の特集と言われ、3か月もダイエットしたのだ、褒めてやるぞ当時の私! そして今は激しく恨む! いくら息を止めても入らず、デザイナーさんと、お針子さんチームに出動を要請、お仕事もらっている側だったのに、なんて態度の大きなモデルと思われたかもしれない。一目惚れしたドレスの為だ、彼にはあとで謝ろう。
式場となるのホテルの前で、ウエスト補正チームの到着を待つ。
「みくちゃん、彼には終わるまで絶対だまっててね。」
「そんなに気にしないと思うんだけどなぁ。」
「私は気にするの! だって、私の写真机にかざってたんでしょ?」
「もう、隙間ないぐらい。」
「うぅ……。なんの羞恥プレイよ。」
「ネットで写真さらしてるんだから、それぐらい覚悟しないと。それに、まーちゃんが見てるかもって、他にもさんざんネットに上げてたんでしょ。」
「確かにそうだけど、机に置く? どんな仕事場よ。」
「アンさーん、なっちゃんに見せれる、オフィスの写真ありますか?」
「ありますよー。」
そう言って、通りかかったアンさんがパッドをもって歩いてくる。金髪に、強調された胸とヒップ、青い大きな瞳、こんなフィギアみたいなアシスタントがいて、3年も想ってくれてたなんて。どうしよう、式もまだなのに彼の事が信じられません。噂に聞くマリッジブルーってやつでしょうか。
アンさんにお礼をいって、パッドを受け取る。どうやら、動画のようだ。木製の重厚なドアを開けると、アンさんの声でプロモーション用ですので、そのままで、いう声。彼は机に座って、写真立てを手にとって眺めている、懐かしい彼の優しい目だ。部屋をゆっくりと回っていくと、壁に私が書いた彼の似顔絵が飾ってある、みくちゃんを見ると目をそらす。ゆっくりと机までいくと、確かに私の写真がずらっと並んでいる、多すぎるし誰か注意しないのだろうか、そして、彼が手に持っているのは、今問題となっている、ウエディングドレスの一枚。
「なっちゃん気を確かに。」
「大丈夫、あと二日食べなければ、なんとかなるから。」
「むちゃしないで、まーちゃんは、そんなにくびれフェチじゃないから。もしそうなら、アンさんに手ださないわけないじゃないですか。」
「そうですよ、私が誘ってもさっぱり……。」
「アンさん……参考まで、どうやって迫るわけ?」
「すこし、胸を強調した服を着て仕事場にいったりとか。」
「彼の反応は?」
「次やったらクビ。」
「鬼上司。」
「なっちゃんは、まーちゃんの怒ってるとこ見てないみたいだけど、基本怖い人だよ。」
「ボスは、今まで会った人の中で、一番怖いです。」
「そ、そうなんだ、どうしよう、ドメスティックヴァイオレットされたら。」
「それは紫かな、まーちゃんには優しんじゃないかな。」
「そうだといいなぁ。アンさん、彼って私の事、仕事場では、なんて言ってたの?」
「大好きなアイドルって言ってましたよ、イベントあるから週末は日本に帰るって。」
「こんな背の高いアイドルって、しかも綺麗系の写真ばっかりって、向こうの人だって気が付くでしょ?」
「私は、日本好きだったのでわかってましたけど。知らない人でも、すごい愛おしい目で、悲しそうな顔するから、深くは聞けなくて。最初は亡くなった恋人かと思ってましたが、写真が増えるので、みんな不思議がってましたね。」
「それって、私にずっと会わないつもりだったんだよね。……ほんとママーズに感謝だな。」
「なっちゃん、来ましたよ。」
車を降りた女性達が歩いてくる、中央の女性はサングラスに、大きな黒の帽子、会ったことはないけど、この人がデザイナーさんなのだろう。
「あ、元カノ……チハルさん?」
「みくちゃん、ばれてるじゃないの。」
「すいません、あれ? なっちゃんなんで知ってるの?」
「彼の部屋で、写真が一枚だけ隠してあって。」
「あいつ。」
「あ、えっと、私が写真立て壊しちゃったら、そのまま焼いてしまって……。」
「とってあるところも、人に見られて処分するところも、なんかあいつあらしい。ばれてるなら、こんな派手は帽子かぶってくるんじゃなかった。話は後にして、さっさとやっちゃいましょう。」
チハルさんはテキパキと変更点を調整し、スタッフさん指示をだしていく、チハルさんは何度か専務と呼ばれていた。
「なつさん、これで何とかなるわ、おもったよりひどく無くて良かった。」
「すいません、本当にありがとうございます。」
「冗談よ、これを作った時が細すぎるのよ、こんなの着てるのみたら、あいつ心配するわよ。」
「あぁ、そうだったのかも。」
「それで、聞きたい事があるんでしょう?」
「そう、ですね。モデルのお仕事もらえてたのは、やっぱり彼が頼んでくれたからですか?」
「半分はそうかな。私はね、あいつをずっと裏切ったと思ってたの。私に辛い事があった時は、自分の仕事が忙しくても時間作って、連れだして励ましてくれた。それなのに、逆にあいつの仕事がうまくいかなくなったら、あっさりと別れちゃって。ケンに言われて、変わり果てたあいつに会いにいったけど、声もかけれなかった。年上なのに、なんで私にはあいつを支える余裕がなかったんだろうって、しばらくひきづってたの。」
「彼は、そんなふうには思ってなかったですよ。」
「そうね、突然会いたいって言われた時は、ちょと期待したけど。会ったら、なんか目でわかっちゃたんだよね。もう私じゃないんだって、話も、あなたをモデルに使ってくれ、二度と会わないとか言うし。カメラテストだけはするって答えたの。すごく正直に言えば、最初は微妙だった。あいつに頼まれてなければ、落としてた。」
「そんなに……。」
「でもね、細々と人気はあってね。もう現場を離れてかなり経つけど、趣味でデザインはたまに書いてて、ウエディングドレスを書いてる時に、あなたに着てほしいって、なんか思っちゃたんだよね。だから、このドレス、実は私の自費で作ったの。」
「……そうだったんですか。」
「スタジオで話題になったから、結局は出したけど。本当は、私みたいな現場離れた人間のわがままで、新作なんて作っちゃいけないのよ。それでも、なぜかこれだけは作りたかったし、あなたに着てほしかった。いまだになんでかはよくわからない、これを着て彼の隣に立ってほしかったのかもしれない。」
「それって……。」
「うん、一度は、自分がそうなるかもって想像したのを、貴方に押し付けてるだけなのかもしれない。自分の気持ちなのに、こんな歳なのに、よくわからない。それでも、私には出来なかったから、あいつを支えてほしいって気持ちは、今でもあるわ。」
「……がんばります。」
「そんなに、肩に力いれないで。二度と会わないって、私の事だと思ってたんだけど、先月、私の所に来て、貴方と結婚する! ってわざわざ言いに来たのよ。私は親かって、それと、あなたがこのドレスを着たいって言ったら、協力してほしいってね。」
「……それはちょっと、嬉しいけど、なんか先読みしすぎて、ちょっとイラっとしますね。」
「そうなんだよね、あいつたまにそういうとこあるよね。」
「なんか、勇気でました。3年も会ってなかったから、不安で。」
「ドレスも、あいつも、もうあなたのものよ、自信もって。」
「はい!」
「……そうだ、いちょう言っとくけど。あいつ、基本待ち、だから。」
「それって……もしかして、夜の?」
「そうそう、ちゃんと付き合うってなってからも、泊まりに行ったりしても、さっぱり来ないから。こっちからいかないと厳しいかも。」
「……そんな、私、どうしよう。」
「ドレスの時よりへこむのね。大丈夫だって、若いんだから、ほっといても来るかもしれないし。3年もじらされてるんだから。」
「おあずけされてるのは私ほうです、全裸で寝ても手だされないの、どうすればいいんでしょうか?」
「うーん、とりえずくっつくぐらいかな、私も歳だけとって、そっちの経験そんなないから。」
「わかりました、がんばります。」
「がんばれ、それと、式までご飯抜きね。」
「うぅ、やっぱり。」
彼にした所業に比べれば、二日程度で弱音は吐けない。しかし、なんでよ、朝夕付きの宿泊プランなのよ、ホテル内は誘惑が多すぎる。彼は確か数分で空腹感は消えると言っていたが、私は消えない! 食べれないとわかると、余計に食べたくなる。
翌日に本番を控え、リハーサルを終えると、することがない、座っていても食べれない披露宴のメニューしか考えられない為、みくちゃんとホテル内を徘徊する。
アンさんが会議室から出て来た所を目撃、式で使う場所ではないので、やんわりと質問したつもりが、見ない方がいいと目をそらされてしまう。みくちゃんも、目をそらすので、入ってみると、そこにはずらっと並んだパソコンと、椅子から落ちそうになるほど疲弊した彼のような男性が5人ほど、いや二人は女の人かも、何をしていたのかは、説明されなくてもわかる。
「みなさん、彼の部下ですか?」
「そうです、大丈夫です、ほぼ終わりですし。ちゃんと医療スタッフもいますので。」
「それは、ちゃんととは言わないでしょう。あれ、タクちゃん? 久しぶり!」
「お久しぶりです社長。」
「もう、社長じゃないよ……なんで、ここにいるの? 東京のベンチャーで仕事してるって言ってたよね? もし彼を見つけたら、真っ先に連絡くれるって、いってたよね? なんで、なんで、彼のチームで仕事してるの?」
「なっちゃん、待って。」
「あ、ごめん。」
「創立メンバーを、いきなり尋問しないでください。」
「ごめん、ちょっと空腹と色々重なって。一年以上も、彼のとこで働いてたの?」
「まだ予備スタッフなんで、戦力になってませんけど。……すいません、約束破って。最初は知らなかったんです、社長の代わりにボスの発表聞いて、すごい感動して雇ってもらえるように何度もメールしたり、会いに行ったりして、みくに紹介してもらって、やっとバイトで入れてもらって。」
「そうなんだ。……みくちゃん、なんで手繋いでるの。」
「付き合ってるの。」
「はぁ!! 聞いてない!!」
「言えないでしょ、言ったらまーちゃんの事もばれちゃうし。」
「そりゃ、そうだけど。」
「大丈夫、わたしはなっちゃんと違って、マスコット要素無いから。」
「そういうことじゃないでしょ。全然気付かなかった……。っていちゃつくな!」
「明日結婚するのに、別に私のイチャイチャぐらい気にしなくたって。」
「……明日……。」
二人の目線が後ろを見ている事に気が付いて振り返る、アンさんがバツにした腕を素早く隠すのが見えてしまった。
「アンさん?」
「はい、なんでしょう?」
「彼は、今日何時ごろ着くのかな?」
「それは……、早くには?」
「今更、日本語の細かい所が分からない振りしてもダメですよ。今、何処に、いるんですか?」
「勘弁してください、ボスに怒られます。」
「……アンさん、私ね、明日、結婚する人の声を一週間聞いてないんです! 今すぐ電話してください!」
「今は、香港で会議中ですので……。」
「香港? 今すぐ電話して!!!」
「わかりました!」
アンさんが電話をかけたのを、見計らって取り上げ、スピーカーにして机に置く。
「ハロー。」
彼の棒読みな声が、スピーカーから流れる。
「ボス、ナツさんがお話したいと。」
「そうか、今そこに?」
「ナツです!」
「なにか問題ですか?」
「いえ、そんな、たいした事ではないのですが、今日は何時ごろ戻られますか?」
「明日の朝になると思います。」
「……そうですか。」
「式には間に合う予定です。」
「あの、ちょっとでいいので、式の前に練習を、したいのですが。」
「練習ですか、何のですか?」
「その……キスとか……。」
電話先から、オーという複数の人の声がして、バタバタとなにかしている声がする、どうやら向こうもスピーカーにしていたようだ。
「……ごめんなさい。」
「いえ、余裕が無くて、電話も出来ずに、すいません。」
「お仕事中にすいませんでした、明日、お待ちしてます。」
「なるべく早く着くようにします。」
電話が切れた時には、空腹は消えて、不安が膨らんでいた。3年前は、彼とどんな言葉で会話していたのだろう、敬語交じりのビジネス会話では無かった気がする、彼の求める婚約者はどんな人なんだろう。3年前のあの部屋の続きが始まると、期待していたのに、ちゃんと話せるかどうかもわからない。離れてしまっていた時間は、埋まることは無いのだろうか。




